ジョージ北峰の日記
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2005年08月07日(日) オーロラの伝説ー続き

  VI
 さて、私は確かに知らぬ間にラムダ国へ招待されていました(拉致という言葉を使う方が正しいのかも知れませんが--)。その屈辱(?)に対し、私が殆ど反発らしい抵抗を試みていないことに、読者の皆さんは不思議に思われることでしょう。その理由(わけ)については私自身、今振り返って考えてみても、“催眠術にかかっていたのではないか?”と思う以外、よく分からないと言った方が正しいかったかも知れません。 
 当時、私は拉致されたという被害者意識より、むしろ積極的に、自分は元々ラムダ国へ招待された、と好意的に考えていたのです。それに私自身、好奇心旺盛な人間でもありましたので、未知な体験については、科学者としてより、むしろ一人の人間としての興味のほうが強かったように思います。
つまり“この国が地球上の何処に存在し、 又どのような文明・文化が特徴で、どのような時代背景から生まれてきたのか?”等について興味が湧いてきたのです。
 ラムダ国は私が目指していた北極ではなく、赤道近くと思われる群島の一角に建設された地下国家で、周囲には美しい珊瑚礁があり、コバルトブルーに輝く海に囲まれていました。上空からは、人間には住むことが出来ない熱帯植物に覆われた孤島にしか見えなかったと思います。しかし地下には、近代的な設備を備えた壮大な都市国家が建設されていたのです。その造りは、世界史で習った古代エジプトやギリシャの都市国家に似ているような印象を受けました。
建築物は、私の感覚からは想像以上に大きく立派で、大理石のような美しい石がふんだんに使われていました。もちろん、壁や天井には鮮やかな色彩で戦争やこの国の日常生活の模様或いは宗教的な色彩の濃い絵が描かれ、又都市を支える太い柱には現代的で抽象的とも言える彫刻が施されていました。
だが回廊や部屋の壁の一部は何がエネルギー源なのかよく分かりませんでしたが、明るく輝いていて、それがまた全く違和感もなく、地下といえども、まるで自然な白日の下で生活しているような錯覚を覚えたほどでした。
つまりこの国は、古代の文化を大切に継承する一方で、私の想像をはるかに超える近代科学技術を所有しているように思えたのです。
 私に与えられた研究室は、これまで私が所属してきたどんな研究所より、はるかに優れた設備と充分な数の助手が用意されていました。
私のラムダ国での研究テーマは表向き“体外受精による、生物の品種改良”だったのですが、実際は、あのウイルス(NP-H12)を使った“人間の改造実験の遂行”でした。いかに興味深い研究とは言え、人間のゲノム(遺伝子)に人工的変異を起こさせる研究には、本来絶対に賛成出来ないと、(私は)考えていましたので、パトラに「この研究は人のするべきことではないように思います、人道に反するのではありませんか」と反対意見を述べました、が、彼女はそんな言葉には耳を貸そうとしませんでした。私が「それなら、あなた方の希望に沿う別の研究者を探すべきだ」と言いますと、彼女は困惑した表情を浮かべ「いずれ、あなたに本当のことをお話しますが、今は黙って私の命令に従って欲しいのです。これは強制ではありません、ただあなたが私の命令を従ってくれなければ、最悪のシナリオとして私が死を選ぶしかないのです」と落ち着いた、しかし懇願するような口調で話すのでした。
 ある夜のこと、私は科学者としての自分の信念とラムダ国が求める研究に対する疑問、一方この国での研究者としての自分の恵まれた状況、さらに美しいパトラに対する思い、離れて久しい懐かしい故国への思い、又いつ元の世界に復帰出来るのか? など等、漠然とした不安、つまりとても簡単には解決できそうもない不安の数々が、次から次えと浮かんでは消え、心悩まされ、どうしても寝付けませんでした。
 私が、密かに地下の要塞から真っ暗闇の通路を通って外へ抜け出ますと(特に監視人も配置されていませんでしたので)、其処は入り江になっていて、海岸の月明かりで鮮やかに輝く白い砂浜が最初に目に飛び込んで来ました。 そして背後には熱帯の木々が、やはり月明かりで黒いシルエットの様に浮かび上がって来るのです。
さらに前方では白い波がゆっくり打ち寄せる様は、まるで北斎の浮世絵を見ているような、強烈な印象を受けたのでした。
 
 


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