ジョージ北峰の日記
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2005年05月04日(水) |
オーロラの伝説ー続き |
ステージでは人の声とは、とても思えない程、張り・厚みのある声で、テノール歌手がイタリア民謡を披露していました。会場は静かになり人々は美声にうっとり耳を傾けたようでした。美しい女性、美しい音楽、強いアルコール、それにこの時点では知る由もなかったが、何か向神経性薬物が盛られていたのか、その夜、私の理性は何処かに吹き飛んでいました。彼女は愛称キャシーと言いましたが、野生的な赤色の目で私を正面から射るように見つめ、「カナダへオーロラを見に行くのですか? あなたは“オーロラの伝説”を知っていますか?」と唐突な質問を投げかけてきました。「少しは。しかし本当は北極圏の自然、歴史、生物界の秘密等に子供の頃から興味があってー今回のウイルスの発見も私の北極圏に対する興味と無関係ではないと考えているのですよ。」と、私が答えますと、彼女は何気ない風に笑顔を見せ「一人旅は気をつけたほうが良いですよ!私が見張り役として、一緒に行きましょうか?」と悪戯っぽい表情を見せ、小声で囁いた。この時、彼女の頬が少し赤く染まったように見えました。その初心(うぶ)な横顔の美しさと、全身からあふれる成熟した女性の雰囲気がアンバランスで、それが又たまらない魅力で私は心底から彼女に参ってしまいました。 「本当ですか?」、本来の私なら決して言わないそんな軽率な言葉を思わず嬉しそうに発していました。 その夜、私は彼女と会い、踊って、話している間に、どうしたことかとても切なく、制御出来そうもない恋心が胸の奥で竜巻のようにうずき始めていました。だから、彼女の誘惑を意図したともとれる、囁き(ささやき)でさえ、私にはどれ程、優しく、素直で、心地よい響きに聞こえたか想像していただけるでしょうか。どちらかと言えば慎重な人間に部類する私が、こんなに簡単に軽率で舞い上がってしまったことは、本当に今から考えても理解出来ないことでした。 少なくともこの国では、私の研究が成功する日まで、恋心などは心の奥深くに仕舞ってっておこうと堅く決心していましたから--。 しかしその夜の私は違っていました。何故か人が、いや異性が無性に恋しく、理性の箍(たが)がはずれ、卑しい欲情の坩堝(るつぼ)に火がつこうとしていたのです。 その理由は、私にも分かりませんでした。単に目前の彼女が、美しく妖艶な魅力を発散させていたからかもしれません。いや、予想以上に私の研究が高く評価され、気持ちが驕(おご)り昂(たか)ぶり、舞い上がっていたからかもしれません。そして気の弛(ゆる)が自分のあるべき本来の姿を忘れかけさせていたのかも知れませんでした。 一瞬“魔がさした”と言うことだったでしょうか。
私の心臓は高鳴り、精神の働きが鈍っているように感じていました。 久しぶりのアルコールに酔いが回って意識が朦朧としているのだと思っていました。 彼女が「外に出ましょうか?」と優しく囁いてくれた時までは記憶していました。しかしそれから後のことは、何が起こったのか今でもさっぱり記憶していません。彼女に寄り添われて歩きながら、朦朧とした意識の中で体が雲に乗って、ふわっと浮き上がったように思いました。私は不覚にも眠ってしまったのです。 その後のことは、本当に何が起こったのか、今でも説明は出来ません。 ただ不思議な夢を見ているような気分でした。その夢とは--- 私は、古代エジプト王朝時代の宮殿のよう石作りの壁や柱に、何の恥じらいもなく生々しいとも言える男女の絡みや、勇ましい戦争の模様が彫刻され、壁や天井には色鮮やかな色彩がほどこされた王宮の一室に案内されていました。中央の玉座を示す椅子に、先程とは違って王女の風格・威厳を示すキャシーがゆったりと着座していました。私は彼女のすぐ傍の豪華な席に腰掛けていました。 周囲では、透け手見える衣装を着た召使の女や凛々しい鎧を身に着けた男が、それこそ至れり尽くせりのサービスをしてくれていたのです。 部屋の中央には、やや高くなったステージがあり、不思議な音色にあわせて、まさにギリシャ彫刻で見るビーナスのような、均整の取れた肉体美の踊り子が、透け見える薄い衣装、日焼けした小麦色の肌も露(あらわ)に、時には緩くなまめかしく、時には激しく腰を振り、男心を揺さぶり挑発するような官能的な踊りを繰り広げていました。私は、まるで千夜一夜物語の主人公になったような気分でしたが、一方恥ずかしさも手伝ってか少し戸惑っていました。
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