与太郎文庫
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2009年11月27日(金)  一票の格差 〜 One Man-One Vote 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20091127
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html
 
 Ex libris Web Library;越山 康
http://www.chikura.co.jp/ISBN978-4-8051-0563-4.html
── M. L. バリンスキー/H. P. ヤング/越山 康・監訳/一森 哲男・訳
《公正な代表制 〜 ワン・マン―ワン・ヴォートの実現を目指して 19871110 千倉書房》
http://booklog.jp/asin/4805105631
 
 越山 康 弁護士 19321220 東京 静岡 20091127 76 /19620326 ベイカー事件
 
── 成城学園高等学校、東京大学法学部卒業。司法修習生時代の1962
年、参議院選挙でのいわゆる「一票の格差」をめぐる訴訟を全国で初め
て提起し、最高裁判所大法廷まで争うも敗訴した。その後も弁護士活動
を通じて20件以上の提訴を起こした。1972年と1983年の衆議院選挙につ
いて、最高裁判所で違憲判決を得ている。羽織・袴と口髭を生やして出
廷する姿が、彼のトレードマークであったという。── Wikipedia
 
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4315502308
── 越山 康《一票の価値 〜 議員定数と国民の権利 198511‥ 教育社》
http://a.guideme.jp/pcgroup.php?kwid=579030
 
── アメリカが大きく変わるきっかけとなったのが、1962年3月26日
の「ベイカー事件」判決である。この時、連邦最高裁が、「憲法の平等
保護条項(日本でいう「法の下の平等」)の下、(裁判所は)州議会の
再配分を審査する権限があり、政治問題として理解してはならない」と
述べた。この事件は差戻し判決で具体的数値には言及しなかったものの、
議席再配分について初めて裁判所の門戸を開いた画期的な判決で、アメ
リカにおいて「20世紀の二大判決」の一つと言われている。(ちなみに、
もう一つは、公立学校教育における黒人差別を違憲であると宣言した
「黒い月曜日」判決[1954年5月17日]。)
 
 そして、このベイカー判決が日本にも影響を与えた。昭和37年3月に
出た「News Week」誌にこの判決が載った。それを読んだ日本の裁判官
が、裁判所で修習していた一人の司法修習生に、「アメリカではこんな
判決が出たそうだ」と言って、その雑誌を渡した。その雑誌を渡された
司法修習生こそ、日本の定数是正訴訴訟の「元祖」として有名な越山康
弁護士であった。越山弁護士は、早速、昭和 37年7月に施行された参議
院選挙(最小最大比4.09倍)につき選挙無効訴訟を起こした(この事件
は昭和39年に最高裁で「合憲」を理由に棄却された)。
http://www.doyukai.or.jp/kakusa/040426koen.htm
 経済同友会「一票の格差是正推進委員会」講演会より
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050912 民主主義の幻想 〜 少数票の価値 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050831 投票率の幻想 〜 棄権は危険か 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19581003 予算会議の反省
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19620326 いどのかたゐ 〜 遠きみやこにかへらばや 〜
 ↓一票の格差
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%B0%EC%C9%BC%A4%CE%B3%CA%BA%B9
 
http://d.hatena.ne.jp/aedlib/20091127
── 竹内 康《小論集/書簡抄 20091127 阿波文庫》
 
(20100906)
 


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