与太郎文庫
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2009年09月10日(木)  役者酒場 〜 続・杉ざか屋の客たち 〜


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 役者酒場 〜 続・杉ざか屋の客たち 〜
 
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 早川 昭二 〜 杉ざか屋の客たち 〜
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 うそかまことか 〜 from Awa Library↓ last updated page 〜
 
(与太郎の記憶では、およそ請求書が届けられた記憶がない)
 この女将が、売掛台帳を付けて、請求書を書く姿は思いうかばない。
 客たちの名刺も、ろくすっぽ整理していなかったのではないか。
 
 あるとき「誰だ、こんな店を見っけてきたのは?」と聞くと、誰かが
「浅井さんだ」と答え、さらに聞くと、あの店この店も浅井さんだった。
 そこで内藤さんが「ここの女将も楽じゃないよな」と同情していた。
 
 とても気のつよい女将が、さすがに浅井さんには催促したそうだ。
「あんた、えぇかげんに払うたらどうや」
 浅井さんは悠揚せまらず「こんどのボーナスでえぇか?」
 
「ほんまに払うてや」と念をおすと、すこし考えて訂正したそうだ。
「こんどのボーナスは先約がある」「ほなら、つぎのボーナスかいな」
「そやな、えーと、いっそ退職金でどうや」「あほかいな!」
 
 女将は怒って口を利かなくなったが、それでも新しい客をつれてくる
ので、追いかえすわけにもいかない。浅井さんの分は取れないまでも、
新しい客がいくらか置いていくので、細々まわるのだ。
 
 古い客が女将をからかって「昔の男って誰だったかな?」と聞くと、
いばって「北村 英三やわさ」と答える。「あの男は、面食いやったで」
というと「わては名器やさかい」とやりかえし、たいがい客は黙りこむ。
 
 しかるに、ひとり殿山 泰司が横を向いて、笑いをこらえていた。
「名器だってさ、ふっふっふ」
 なにか思いあたることでもあるのだろうか。
 
 “ミッちゃん”という手伝いの女性がいたが、とくに彼女を張り合う
気配はなかった。しかし彼女は、役者たちの盛衰を知っていた。
 戸浦 六宏が「栗塚 旭が出てこなけりゃ」とこぼすのを慰めていた。
 
 真先に浅井さんの訃報を伝えてくれたのも彼女だった。
(ただし、彼女は店を替えて、勝むらのカウンターを任されていた)
 与太郎が女づれだったので、くわしい話は聞けなかったが。
 
 おおむね無粋で、不機嫌な男がやってくる酒場だった。
 血気さかんな俳優たちが演劇論を始め、取っ組みあいになったりする。
 役者同志が、熱っぽく演劇論を交すのに我慢できない客もいた。
 
 その夜、ホリデーバーガーが満席になったので、マスターの佐々木が
同級生の中沢 博司を隣の杉ざか屋に案内した。
(弊衣破帽 〜 パッチンの武勇伝 〜 XP2004)
 
 そこに運わるく、佐藤 慶が勢いにまかせて演説していたらしい。
 そこで、パッチンが腹にすえかねて、佐々木を表に連れだした。
「いまから、あのエラそうな役者をブン殴る。お前は自分の店に戻れ」
 
 ゆきずりの一見客が、いわば常連客を殴ろうというのである。
 おどろいた佐々木が「アホなことすんな」となだめて連れもどした。 
(この件は、映画《さらば友よ》さながらに、友情あふれる一幕に続く)
 
 数年後、ほかの店(キンコンカン)で、与太郎に出会った佐々木は、
思わずカッとなって殴りかかったのだ。事情は分らないまでも、ママが
面白がって、成行きを見守った。(同窓会仁義に詳述)
 
 会えなかった常連客に大島 渚、しばしば石堂 淑郎の名も聞かれた。
 常田 富士男は、すごい美女(モデル・恵子?)を連れてきた。
 ぐうぜん居合わせた客人など、他の店と記憶が交錯しているはずだ。
 
 南座の真向いの広場、向って左隣にホリデー・バーガーが開店した。
 平井 文人デザインのDM(19720702)のアドレスは、つぎの通り。
 京都市東山区大和大路四条上ル(南座前)075-561-1289
 
…… ホリデー・バーガーおよび杉さか屋の跡地を通りすぎ、南座に面
するパーラー・菊水で小憩(君子、南面ス)。── 悪友四重奏
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20010920
 
〔〕 居酒屋(初稿タイトル)
 
 居酒 〜 酒の飲みようの変遷(四)〜
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19790216
 柳田文庫 〜 木綿以前の事 〜
 
 居酒屋・杉さかやの客たち
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20050923
 点鬼簿 〜 与太郎の過去帳 〜
 
 演劇酒場 〜 杉さかやの客たち 〜
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20050506
 ドット 〜 花街の客たち 〜
 
── 《役者酒場:杉ざか屋の客たち》
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19970917
 敗者の条件 〜 アイーダ先生との対話 〜
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20090910
 ↑ 居酒雑考 ↓ 早川 昭二 〜 杉ざか屋の客たち 〜
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20010114
 
…… 草稿のなかで、愛着のあるパロディや小噺に《イランのばか》、
《傾老の日々》《杉さかやの客たち》、音楽自伝に《双竜外伝》などが
あり、いずれ匿名のホームページにでも連載するかもしれない。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20001210
 解題 〜 文学よ、さらば 〜
 
“サイナラおじさん”こと淀川 長治は、不朽の名作《風と共に去りぬ》
を35回も観たそうです。わたしの中学時代にも「単語は35回出くわ
したら、かならず覚える」と説いた英語教師“ゲジゲジ”がいました。
 
 あなたの“X回説”をどうぞ。(はてなアンケート・スタイル)
“三文役者”こと殿山 泰司は、はじめてのホステスに出合うと「君は
何回通ったら、オレのものになるか?」と真顔で聞くそうです。
 
 彼女が、冗談だと思って「そうね、十回かな」とか「五十回ね」とか
答えると、彼はせっせと通い詰めるのだそうです。
 そしていよいよ約束の回数を達すると「さぁ、行こう」と腕をとる。
 
 この話を《漫画読本 1965‥‥? 文芸春秋》に書いていたので、酒場
で会ったとき、聞いてみた。「あれは、ほんとうですか?」
 すると、彼は、大きくうなずいて、語り始めた。
 
「あの話を、梶山 季之に教えてやったんだ。すると……」
 ここまで云いかけたところへ、小松 方正が入ってきた。
「ぼかぁ、ひどい目に会ったんすよ」
 
 このとき与太郎は、ぐうぜん殿山 泰司に会ったので、二つの話題を
思いついた。本命は新藤 兼人・監督《裸の島 19601123 近代映画協会》
解散記念作である。
 
 百姓夫婦を演じるため、主演俳優はコエタンゴ(肥桶)の運び方から
学んだという。当時、社会派カメラマンを自任する与太郎は、ぜひとも
確認したいことがあった。
 
 つまり役者が肥桶を担ぐより、百姓が演技をかつぐ(!)ほうが能率
的ではないか。すなわち、ドラマとドキュメンタリーの分岐点は、どこ
にあるのかという命題である(もちろん瞬時に考えはまとまらなかった)。
 
 これに答えられるのは、若い監督よりも、年季の入った役者にかぎる。
 しかし、いきなり議論を吹っかけるのは野暮だから、さきのホステス
落花論から迫るのは、われながら絶妙の趣向だった。
 
 ただし現実は、つぎのような、オチのない実話に陥ってしまった。
 
 役者酒場・杉ざか屋に、小松 方正が入ってきた(1967ca 詳細別記)。
 殿山 泰司に与太郎が質問して、絶妙の対話が始まろうとしていたの
に、彼は傍若無人に割りこんで、大声で語りはじめた。
 
「こないだBK(大阪放送局)で、のっぺらぼうの女に会ったんです」
「ほぅ、そうか」殿山さんは愛想よく合槌を打つ。
「まっしろけの顔に、目が二つ、鼻の穴が二つ、これでおしまい」
 
「誰だい、その女は」「誰だと思います?」「誰だって?」
「都 はるみでさぁ、のっぺらぼうのずんべらぼうなんです」
「ほぅ、そうか」殿山さんは愛想よく驚いてみせた。
 
 この話は、こちらでも触れている。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19970523
 創世紀元一六五八年 〜 ノアの箱舟・洪水の季節 〜
 
 小松 方正が、撮影所の休憩室に入ると、まるで落語に出てくるような、
のっぺらぼうの女が座っていた。よく見るとスッピンの都 はるみだった。
 鼻の穴だけが二つ空いていた。(厚化粧の女 20051202-2006)
 
 のちに桂 三枝が《舟歌》の八代 亜紀を、ビート たけしが《どうにも
止まらない》の山本 リンダの厚化粧を揶揄った例は、聞き苦しいだけで、
面白くも可笑しくもなかった。
 
 川上 宗薫も、当時こんなことを書いていた。
 西洋の売春婦は、街灯の下で遠目だと、彫が深くて美女に見えるが、
いざ寝てみると、まるでジョン・ウェインだ。《月刊小説》?連載)
 
…… 小松 方正氏(こまつ・ほうせい=俳優、本名小松 豊成=こまつ・
とよしげ)11日午前9時10分、敗血症のため東京都新宿区の病院で死去、
76歳。長野県出身。自宅は東京都渋谷区代々木5の45の3。葬儀・
告別式は17日午前10時から東京都渋谷区西原2ノ42ノ1、代々幡斎場
で。喪主は妻・ゆりゑさん。
 1959年映画デビューし、敵役を中心に活躍。大島 渚監督の独立プロ、
創造社創立に参加し「無理心中・日本の夏」「絞死刑」など数々の大島
作品に出演した。
 映画の代表作はこのほか「神々の深き欲望」「心中天網島」「竹山ひ
とり旅」など。テレビドラマやバラエティー番組、洋画の吹き替えでも
活躍した(20030711 共同通信)。
 
 殿山氏は、何度も「コマツ・ホーセイ」とフルネームで相槌を打った。
あるいは与太郎が話しかけやすいよう、さきの話の続きを催促したのだ。
(20210805 追記)
 
♀都 はるみ(1979)参照。
 
── 藤井 亮蔵 & 出口 竜彦《喫茶店の経営 〜
初めて喫茶店を経営する人のための秘訣集 19791001 日東書院本社》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4528000415
  
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