与太郎文庫
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2009年02月02日(月) |
甘党家族 〜 アンコつばきに花が咲く 〜 |
http://jp.youtube.com/watch?v=jRHAelENVUY&feature=related ── 高田 ひろお・詞/佐瀬 寿一・曲/子門 直人・唱 《およげ ! たいやきくん 19751225 キャニオンレコード》 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090202 0.餡子対決 峠に、饅頭屋が建っているそうな。 その向かいに、なぜか鯛焼きの店があるという。 この寒空に、三十分も並ばないと買って来れないというのだ。 「その鯛焼きには、尻尾まで餡子が入ってるんだろうな」と父が聞いた。 「いや、そうでもないが、とにかく客が並んでいる」と息子が答えた。 「どんなものか、食ってみたい」と云うと、このたび並んで買ってきた。 まさか古新聞ではないにしても、ただの紙袋に投げこんである。 ペーパー・タオルに包みかえ、あまり期待せずに、食ってみる。 何の変哲もないが、ほどよく甘く、舌に残らず、なかなかのものだ。 しまった(晩飯の前に食うんじゃなかった)と思ったが手遅れだ。 ついつい親子三人で、一個づつ平らげてしまった。 いつになく甘いもの談義がつづいて、これぞ餡子の効能か? 1.老人と旨み 父は京都そだちだが、母と子は修学旅行で京都を訪れている。 そこで、はじめて名物の「八つ橋」を食べたという。 焼く前の「生八つ橋」は、大人になってから食べたそうだ。 京みやげが「生八つ橋」を売りものにしたのは、1960年以後である。 東京時代の父が、下宿の女主人に献上したら、とても喜ばれた。 お礼に「ぜんざい」が返ってきたくらいだから、推して知るべし。 ところが、母の知りあいに「生八つ橋」を好まぬ人もいるらしい。 土地柄かといえばそうでもない、と息子が語った。友人が家を建てた 祝いに「生八つ橋」を持参したら、老人が現われて礼を云ったという。 結局、老人は旨いものに目がないらしい。 幼いころに旨かった駄菓子や、老いて初めての味にも敏感なのだ。 (↓)関口 知宏《中国鉄道大紀行 20071108 24:10-24:25 NHK》 …… 若者が缶入りの日本茶を差しだす。だまって受けとった老人が、 一口のんだ。缶を見つめて、二口めをのんだ。そして三口めに呑みほし た。それでも老人は、そっぽを向いたまま、遠くを眺めていた。 若者が、笑顔で立ち去ろうとすると、老人も立ちあがって云った。 「なんだ、もう行くのかい。もっとゆっくりすればいいのに……」 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20071108 祖父ありき 〜 関口家の人々 〜 2.神武以前 このあとも、甘いものを食べながら、はてしなく話題がひろがる。 新井先生に桃を贈ると、夫人がその農家を知りたいと云ってこられ、 金谷未亡人は絵を描いてこられた。果実の女王が桃なら、王様は葡萄だ。 新井夫人の感激も、その年の出来栄えによるもので、毎年おなじでは ないから珍重されるのだ。いわんやワインにおいておや……。 …… 善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや《歎異抄 第三条》 西欧は葡萄酒、イタリアは果実酒、ドイツは麦酒、英国はスコッチ、 アメリカはバーボン(玉蜀黍)だが、日本文化は米の酒を生みだした。 神武天皇は、米と酒によって“東征”を果たしたのではないか。 歴史教師の河原くんは、若いころ経済学に傾倒していたが、定年後は 農耕に興味を抱いたそうだ。極上の桃は、ふだん農家と仲良くしないと 譲ってくれないとかで、道で会えば(あの彼が)先にお辞儀するという。 3.餅は持屋 むかし藤井くんが集金に行くと、駄賃(チップ)を呉れる老人がいた。 奇特で有難いことだと、金谷先生に話したところ、その謎が解けた。 「さすが饅頭屋のご隠居や、ゆったり人に喜ばれながら生きてきた人や」 祖父の故郷にネット販売の和菓子屋があり、十年前ためしに注文した。 おそるべく不味く、よそ様に贈らなくてよかった、と安堵したほどだ。 以下、文明堂のカステラ、広島の紅葉饅頭、アンコは餅屋(つづく)。 …… 息子と議論するたびに、どうして短気になるのか不思議に思った。 http://q.hatena.ne.jp/1233229608#c141901 有無気物 〜 黄蜀葵と山芋 〜 …… 京都観光のみやげとして菓子類を購入をする人は96%にのぼるが、 そのうち八ツ橋の売上は全体の45.6%(生八ツ橋24.5%、八ツ橋21.1%) を占め、京都を代表するみやげ物と言える。── (Wikipedia) (20090203)
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