与太郎文庫
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2004年07月04日(日) |
アリス&キャロル 〜 金色の昼下がり 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040704 >> 真夏の白昼夢 〜 恋文としての童話《不思議の国のアリス》 〜 一八六二年七月四日。「この日付けはアメリカの歴史にとっても、 文学の歴史にとっても記念すべきものである」(W・H・オーデン) アメリカの七月四日は独立記念日であるが、一八六二年というのは特 定の意味を持たない。しいていえば、南北戦争勃発後二年目ということ であろう。ポトマックもミシシッピも暗雲がたれこめていた。 (略) 三十歳の数学教師、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは、友人の ダグワースと、学寮長リデルの三人の娘をボートに乗せて、ゴッドスト ウまでのささやかな遠足を試みた。このときのことを、三人娘の真中の アリスはつぎのように回想している。 「あれは夏の午後だったと思います。あまり暑かったので、私たちはボ ートを岸に近づけ、ようやく干し草の積んであるところに日陰を見つけ ました。そこで私たち姉妹は、いつものように『何かお話しをして』と せがんだのです。あの、めったにない面白いお話は、その時はじめて語 られたものです」 (一八九八年三月一日付「セント・ジェイムズ・ガゼット) (略) あの、幸福な夏の日からちょうど三年目の七月四日に、当時の人気画 家ジョン・テニエルの挿絵を入れ、本文の量も倍近くにふやした初版が、 宗教書を多く出していたマクミラン社から出版された。題名は『不思議 の国のアリス』と変えられた。このとき、ルイス・キャロルという筆名 も考案された。名前のチャールズ・ラトウィッジをラテン語読みにカロ ラス・ルドヴィカスとし、その順序を逆転して、響きのよい英語読みに 戻したのである。 (略) ドジソンはこの年、十三歳のアリスに求婚して、彼女の両親から拒否 され、六十六歳で死ぬまで独身生活を送った。生前、『アリス』は各国 語版を含めてミリオン・セラーとなっていたが、かれは最後まで自分が 「キャロル」であることをみとめようとはしなかった。 ── 紀田 順一郎《世界の書物 19890320 朝日文庫》P319 << → 《七月四日の米日列伝 19920323 歴史研究》 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19920704
Tenniel,Sir John 挿絵画 18200228 London 19140225 96 〜Dropping the Pilot,” Carrol,Lewis 作家/数学 18320127 England 18980114 65 籍=Charles Lutwidge Dodgson 〜《不思議の国のアリス》 ♀Ridel,Alice Pleasance 18520504 London 19341115 82 ハーグリーヴズ夫人 (Liddell=リデル←リドル)〜《不思議の国のアリス》のモデル パブリックスクール校長・牧師、古典学者 Ridel,Henry Georgeの次女 Auden,Wystan Hugh 詩人 19070221 England 19730928 66 〜《怒れる海》 紀田 順一郎 書誌評論 19350416 神奈川 /籍=佐藤 俊
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