与太郎文庫
DiaryINDEXpastwill


2003年11月30日(日)  舞い踊り滑る人々

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20031130
 
《NHK杯フィギュアスケート「男子・ショートプログラム」20031129》
 17:00〜18:00
 いつも不満に思うのは、「滑った、転んだ」ばかりの実況解説だ。
 亡き友、佐々木敏男との電話で「三遍まわってワン、それがどうした。
ロシアがいいね、あれは帝政時代の遺産なんだ」とも伝えた。
 なによりロシア・バレーの下地があり、クラシック音楽の最後の牙城
が、革命後も引き継がれたのだ。しかし革命後のソヴィエトは、なんら
至上のものを生み出さなかった。
 
 日本のコーチは、音楽的素養がなさすぎる。
 引退した選手が、次々にコーチとなるから、メンデルの法則によって
閉鎖的因子が優性遺伝するのだ。
 レパートリーや曲目が、限られていて平坦である。本来は、意欲的な
新曲を委嘱すべきなのだ。ファッション・センスもよくない。
 
 選手たちの表情がさえないのは、振付や曲目に共感がないからだ。
 まちがえなければいい、という臆病さが、すべてをダメにしている。
 飛ぶぞ飛ぶぞ、回るぞ回るぞ、というような素振りが続くと、音楽の
流れとは無関係な準備運動ばかりになる。
 音楽自体のストーリーを無視すると、会場の人々との呼吸が合わなく
なってしまうのである。舞踏家や演奏家と聴衆が、おなじ呼吸にいたる
ことが重要なのだ(このテーマは、別にくわしく論じておきたい)。
 
 それにつけても、佐々木敏男の笑顔には華があった。彼のスケートを
見たわけではないが(映像が記録されているわけでもない)いつ会って
も、全身に生の歓喜があった。生前の未亡人が語ったように、彼こそは
少年の心のままにふるまっていた。
 三十三年前、彼に「モダンダンスでも、やったらどうか」とすすめた
ことがある。ビートルズの《イエロー・サブマリン》を聞いて思いつい
たのである。彼は即座に納得して、二組のレコードを持ってかえった。
そして(高校時代とおなじように)早朝のランニングを始めたという。
 しかし、すぐに断念したとみえて後日談がない。
 想像するに、ふるい仲間やコーチに「おれ、これからモダンダンスを
やるんや」と告げたところ、みんな「ふん」と笑って取りあわなかった
のだろう。いま思うに、むしろ母君の人脈をたどって、日舞の専門家や
前衛舞踏家(たとえば花柳幻舟やヨネヤマ・ママコ)にめぐりあうべき
だったのだ。
 余談ながら、彼の小学校時代の同級生には中村玉緒がいたから、その
父の先代・雁治郎とか、夫の勝新太郎など、およそ新奇なことにはビク
ともしない人たちが、手をのばせばとどくところにゴロゴロしていた。
 カツシンは俳優である前に、長唄・三味線の大家(杵屋勝丸)であり、
この本芸によって、中村錦之助や石原裕次郎のような、映画だけの俳優
たちとは一線を画していたのである。
 
《NHK杯フィギュアスケート 「アイスダンス・女子フリー」NHK》
 19:30
 夕食とともに女子プログラムがはじまる。
 番組表に「目指せ・表彰台独占!▽村主、恩田、太田のメダルは?」
とある。いかにも結末のわかるようなタイトルはつまらない。
 案の定、メダル候補の外国選手が(あとから)転倒してくれたので、
日本人二人が表彰台に立った。これを“逆転勝利”というのはどうか。
 かつて“銀盤の妖精”ことジャネット・リンは、ころんで銅メダルを
取ったが、いまでは転ばなかった者だけが生きのこるらしい。
 おそるおそる滑っているのを採点して、なにが面白いのか。


 佐々木 敏男   Figure 19400303 京都   19991017 59
♀Beatrix Schuba Figure 19510413 Austria /1972札幌五輪 1位
♀Magnussen,Karen Figure 195..... Canada /1972札幌五輪 2位
♀Lynn,Janet   Figure 19530406 America /1972札幌五輪 3位
♀村主 章枝    Figure 19801231 千葉  /2002SaltLake五輪 5位
♀恩田 美栄    Figure 19821213 愛知  /2002SaltLake五輪17位
♀太田 由希奈   Figure 19861126 京都  /200212..全日本選手権 4位

>>
 華のある滑りでシニア挑戦 フィギュアSのホープ太田
 
 女子フィギュアスケートで、昨季は世界ジュニア選手権などジュニア
の主要2大会を制した太田由希奈(京都醍醐ク)が、今季からシニアに
挑戦する。京都・同志社女高の2年生。「ダンスが大好き」と笑う16歳
の表情は、氷上でつややかな女の顔に一変する。
 「リンクに降りたとき、華がある。音楽に合わせるのではなく、音楽
を感じているんです」と浜田美栄コーチ。小さな顔に長い手足。恵まれ
た体形に加え、バレエで鍛えたしなやかな表現力は、国内でより、むし
ろ海外での評価が高い。
 今季は30日からのスケートカナダ(ミシサウガ)、11月のNHK杯(旭川)
とグランプリシリーズに出場する。そのため、8月には米国コロラド州で、
ダンスなど3週間の高地トレーニングを積み、ジュニアより30秒長い自
由演技をこなせるように体力強化に励んだ。
「踊るんじゃなく、演じるという気持ちでリンクに立てるようになった」。
精神面でも大きな手応えを感じている。苦手のジャンプも、恐怖心から
抜け出し安定感が増した。休日には日本舞踊を鑑賞するなど、表現力を
磨く努力も怠りない。
 新しい複雑なプログラムの習得、加点方式の新採点方式への対応など、
不安材料はある。だが「自分のために滑るだけ」と太田。12月の全日本
選手権(長野)に照準を合わせ、「大人の滑り」を目指している。(了)
[ 共同通信社 20031017 6:53 ]
<<
 コーチの濱田美栄は同志社大学商学部卒だというから、佐々木敏男の
曾孫弟子くらいにあたるのではないか。昨年の全日本選手権での選曲は、
プッチーニの歌劇《トゥーランドット》より。
 
 深夜テレビ
 
 三隅 治雄《芸術劇場“日本とASEAN加盟国による壮大なアジア舞踊絵
巻公演”20031130 22:00〜00:15 NHK教育》
 22:07 創作舞踊“バサラの女・カルメン2003”ビゼーの名曲と日本舞
    踊の融合
 23:34 舞踊・長唄“馬盗人”馬を盗んでひともうけ(略)
 
 《カルメン》とあれば、観のがせない。
 ただし“バサラの女”と銘打っているのは、もともと歌舞伎の日舞の
振付で、その仕草や身振りは江戸時代の風俗によるらしい。
 原作は、ジプシーの習俗そのものが悲劇のもとだから、異文化の様式
を融合するのはどうか。
 愛や恋が、つねに普遍的な人類共通のテーマであるとか、音楽は世界
共通の言語だという(陳腐な)意見は、そろそろ潮時ではないか。
 
 途中で《ハバネラ》か琵琶で演奏されたのはまだしも、ロドリーゴの
《アランフェスの協奏曲》が挿入されたのは、なんのことかわからない。
この調子だと、最後にカルメンがサン=サーンス《瀕死の白鳥》で死に
たえるのではないか?(さすがにそうはならなかったようだ)
 
 いいにくいことだが、お茶お華とならんで、封建時代そのままの家元
制度を継承し、その恩恵にどっぷりつかっているような芸術家たちが、
ジプシーの習俗に共感できるはずがない。
 日舞の題材が現代人に迎えられなくなったのは、もとの美学を失った
からだ。日本画の技法で《最後の晩餐》を描くようなものだ。
 
 この公演には(少なくとも百人以上の)キャスト&スタッフが関与し
ている。初稽古の日から初舞台の日が近づくにつれて、それぞれ内心で
「こんな出しもので、いいのだろうか」と考えはじめたにちがいない。
(こういう場合、内輪の陰口が辛辣なことは想像を絶する)
 現代の芸術家は、起業家でもあらねばならないので、計画を途中放棄
することができない(ドタキャンは最悪の契約違反である)。彼らは、
すべての関係者からスケジュールを買いとっているのだ。しかしながら、
芸術上の失敗は違反ではないから、何とでもごまかせるのである。
 もちろん観客も、おなじ考えである。つまらないものを観せられても
拍手するかわりに、開演時間が遅れることだけは許さないはずだ。
「帰りの電車がなくなったから、タクシー代をよこせ」というならば、
これはもう競馬場のファンと変らない。      (Day'20031201)


与太郎 |MAILHomePage

My追加