与太郎文庫
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1978年02月08日(水)  PRAD《印刷入門》 序章:色のイロハ

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19780208
 
【昭和53年2月8日(水)/第10回例会】
 
 色彩の好みや、配色のセンスについて個人的な意見を述べることは、
いかにも容易で、なんの制約もなさそうです。
 そのわけは、色彩学としての理論体系というものが、20世紀にはじめ
て試みられた次第で、その実用化はもとより応用についても実はまった
く未完成だからでしょう。印刷や写真技術の急速な発展につられて、あ
わてて登場した分野だと思われます。
 
 ■ 色彩学の年譜
 
1905 アメリカの画家マンセルが48才で《マンセル色標》を創案。
1909 ドイツの化学・哲学者オストワルトが57才でノーベル化学賞を受
   賞。このとき彼は、色彩学に着手していなかったかもしれません。
1918 マンセル、61才で死す。
1923 オストワルト、71才で《表色系》を発表、マンセル理論との関連
   はうかがわれません。
1929 アメリカで《マンセル色標集》が出版。すでにマンセル死後11年。
1931 国際照明委員会《標準表色表》を決議、標準光源を規定。
1932 オストワルト、79才で死す。
1943 アメリカ光学会《修正マンセル表色系》を発表、のちにJIS規
   格準拠。アメリカの紙器会社CCA《ジャコブスン編カラーハー
   モニーマニュアル》を刊行、オストワルトの表色表にもとずく
   手引書として、工業製品の分野で活用される。
1965 日本印刷学会《印刷・製版における標準色照明》を制定。
 
 ■ マンセルとオストワルト
 
 マンセルは、画家としての立場から、色をとらえたかったようです。
フランス印象派の旗手、モネがその第一作を発表したころ、マンセルは
17才でした。パリ留学の際に、その作品を見たと思われ、何らかの影響
を受けたことは推察できます。マンセルの名は、画家としてよりも色彩
学の創始者として後世に伝えられることになりました。
 オストワルトの場合は、高名な化学者あるいは哲学者として、その晩
年に色彩学を手がけています。余技といえるかもしれません。
 彼の業績のひとつは、紙製品の寸法を完成させたことです。古代の黄
金率をもとに、A判・B判のサイズを定めて今日の印刷物を支配してい
ます(後述)。
 マンセルとオストワルトの色彩理論は無彩色の評価で、大きな相異点
がみられます。無彩色とは、白から灰色を経て黒にいたる諧調で、マン
セルは印象派の画家とおなじ立場をとっています。つまり無彩色は実在
するか、という疑問です。
 アメリカもしくはフランス風とドイツ風のちがい、ともいえるし、画
家と学者、あるいは世代背景の点でも、すべての点で両者は対照的です。
 マンセルは円によって、オストワルトは三角形によって、それぞれの
理論を説明することができます。
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 ■ マンセルの色相還
(色相の10進法分割)
 
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 ■ オストワルトの24色相
(純色+白+黒=100)
 
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  色の三属性  明度   彩度    色相
色   有彩色  明るさ あざやかさ 色あい
 彩  無彩色  明るさ ××××× ×××
 
 色の調和や配色についてはカッツ(独)やムーン&スペンサー(米)
の理論があり、公式化が試みられている。
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【昭和53年2月15日(水)/第11回例会】
 
 色を分類して、それぞれに名前と番号を与えただけでは、まだまだ実
用性にはほど遠いと思われます。しかし少くとも電話や通信で、特定の
色を指示伝達することだけは可能になったのです。
 つぎに必要なのは《色の再現》です。それには、光の種類によって変
化するという性質があり、反射光と透過光によるちがいも生じます。
 素材そのものや、表面の状態も、租滑によって異なります。
 印刷という部門に限れば、インキの成分である顔料と油の比重関係(
沈み、と通称されます)、紙の吸収量(吸いこみ)、乾燥や褪色の度合
いなどは、永年の経験に頼っている始末です。
 カラー印刷の多色刷を例にとるなら、撮影時のラィティングから、反
転現像によるポジフィルムをもとに、赤青黄黒の4色に分解して、すこ
し修正して得られたモノクロポジを、ネガフィルムに複写し、さらに4
枚のアルミ板に腐食させ、水をはじかせながらインキを流しこんで必要
な部分だけが、ゴムローラーに転写するところで紙を圧着させ、ようや
く刷りあがります。
 単純に追ってみても8工程、転写回数は数えきれないほどです。
 見たまま、見えるままを再現しようとするなら、これらのすべてを一
定以上の水準で管理しなければなりません。
 もう一方の重要な媒体としての映画やテレビジョンに至っては、いっ
そう複雑な工程とともに、磁気的、電気的な発色システムがとって代り
ます。
 このシンポジウムで、販売促進のための知識として色彩を考えるなら、
他にも準備すべきことがありそうです。
 たとえば心理学からみた色、精神分析における色彩など、受け手に属
する効果を議論するには、まだまだ神秘的な分野であるにもかかわらず、
不確実な判断が横行しているのが、実状かもしれません。
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 追記(20031022)
 通説では、国際規格がA判だけで「B判は存在しなかった」という。
 しかし、AからZにいたる規格だったから「A判」と名づけられたの
である。(いつごろから、この矛盾に気づかなくなったのか)
 「古代の黄金率をもとに」は誤り。
 《ゲーテとの対話》に、晩年のゲーテが色彩論に強い関心をよせてい
たことが、くりかえし記述されている。
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── PRAD《印刷入門 19780401 aedlib》
   協力:土井工芸社/オールビューティK


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