与太郎文庫
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1977年12月05日(月)  PRAD《印刷入門》 発題:販促の拠点

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19771205
 
 発題:販促の拠点
 
 きょう発足して、年内に四回の例会が予定されておりますが、この期
間はおそらく総論に当たるかと思われます。だいたいの方向が定まった
ところで、来年からは一定のテーマによって各論が展開されることが望
ましいと存じます。
 各論に際して、私は個人的な見解とともにデザイナーとしての経験か
ら、つとめて具体的なノウ・ハウを披瀝するつもりです。ただし一方通
行ではなくて、私自身が未だ知らざること、かねて疑問の点などを、明
らかにしながら、皆さんのご意見や、それぞれ異なった分野からの専門
的なアドバイスをいただきたい、というのが本心であります。
 このあたりの呼吸を、ご理解いただいた上で、今から数十分、そのあ
と皆さんとともに懇談いたします上で、話の糸口となるような材料を求
めて、とりとめのない話をさせていただきますので、どうかおつきあい
願います。
 
 怒れる男たち
 
 きょうお集まりいただく方が、はたして何人になるか今まで予想でき
なかったものですから、率直に申しますと準備しにくい点がありました。
 もし九人のメンバーであれば、私の役目はピッチャーであり、十人な
ら最初の打者といえるかもしれません。そんなわけで私の予想は当りま
せんでしたが、アメリカ映画《十二人の怒れる男たち》を引きあいに、
はじめてみようと思います。
 十五年ばかり前の作品で、ヘンリー・フォンダの製作主演によるもの
です。
 題名から想像されますと、まるでアクション劇みたいですが、これが
何とも地味な映画でして、興行政策上、日本だけかと思ったら、原題も
《12 Anger Men》というわけで、要するに凝った作品なんです。悪く言
えばピンと来ない、玄人ごのみのテクニックで徹底した映画です。
 
 全篇そのほとんどが、陪審員室のセットで撮影されておりまして、十
二人の陪審員が、有罪か無罪か全員一致するまで議論するわけです。
 はじめ十一人が有罪といい、二枚目のH・フォンダがひとり無罪を主
張するわけです。被告の生命を、わずか数分で決定するのは早すぎる、
もっと時間をかけて検討しようじゃないか、というところからドラマが
展開するわけです。ひとりひとりを逆転していって、最後に全員一致で、
被告の少年を無罪にしてしまうので、やっぱりアメリカ映画なんですけ
ど、地味で重厚な映画です。
 ヒューマニズムなどと申しまして、そういう良心的な意図だけで、か
りそめにも映画産業の一端に参加できるかどうか、私が、きょう取りあ
げたのはその点なんです。
 さきほど申しました、玄人ごのみのテクニックの一例を挙げますと、
せまい陪審員室をカメラがゆっくりと、ひとりひとり十二人のアップで
一巡する──何でもないようですが、大きなカメラがレールに乗って、
照明係やその他のスタッフとともに、せまいセットの壁を取ったりはず
したりしながら作業しているわけですね──こんな面倒くさい台本を書
かせたのは誰なのか、少くとも、出資者や株主ではないでしょう。しか
し脚本家や製作者の単なるひとりよがりと断定していいかどうか。
 芸術的良心、というものも現代では説得力がありませんね。商業的な
裏づけがなければ、世に出ないシカケになっています。しかし、だから
こそ、ヒューマニズムや芸術的良心は、現代もっとも求められているは
ずです。
 不道徳なもの、非芸術的なものが、かならずしも目的を達しない、と
いう点から、私たちのテーマである宣伝販促についても、あらためて考
えてみたいと思うのです。
 
 現代のユダ
 
 ちょっと思いついたんですが、陪審員が十二人というのは、あるいは
宗教的な発想かもしれませんね。つまり十三人目が被告で、ユダに擬し
てある? どなたか専門のお立場から、ご教示いただきたいものです。
 先の映画に関していえば、興行的にもまずまずの成果をおさめたよう
で、さもなければ、怒れる十数人の株主という結果になったかもしれま
せん。
 その場合のユダは、もちろん製作者であります。非難は監督から脚本
家、カメラマン、照明係におよびます。
 
 11月25日(金)三木記念ホールで全日本CMコンクールの映写会があり
まして、ご同席の吉藤さんに誘われて、観てまいりました。
 数秒の作品から、数分におよぶコマーシャルを、絶えざる連続映写で
眺めるわけでして、実のところ私は、一時間もしないうちに疲れはてて、
吉藤さんとともに会場から逃げだしました。
 秀作であればあるほど、瞬間的な集中と緊張を迫られ、駄作であれば、
その数秒が耐えがたい重圧となってくるのです。つまり、それほどのエ
ネルギーを秘めているのが、今日のコマーシャルなんです。
 せっかくですから、私たちの観た作品だけでもご紹介しますと、大別
してつぎの四つのグループになります。
【 国際版 】アメリカについでイギリスのものが多くわがナショナル、
ホンダ、トヨタなど堂々たる貫禄ぶりです。たとえばゼロックスなど、
日本版とイギリス版の二種類があり、その対照は興味あるものでした。
【 日本全国版 】一部の準国際版ともいえる作品の他は、おなじみの
コマーシャルばかりですが、欧米の作品と異なる点は、計算されたユー
モア、というような面で何かとりちがえているのではないか、と思われ
ます。
 この点は、かりに“情感の設計、訴求の技術”と呼んでおきましょう。
【 日本地方版 】山陽・中国地方のものは、幸か不幸か観られなかっ
たのですが、前述のとりちがえが、より強く感じられました。ローカル
色というものが、意外に共通していること、むしろ予算の限られたテロ
ップの作品に活路があるように思われました。
【 発展途上国版 】たとえば、台湾・韓国などで放映されているもの
らしいです。聞きなれない言語や、極彩色でのアニメーションなど、と
きには観客の失笑もありましたが、私にはむしろ、ひたむきな情感とし
て映ったものも少なくありません。
 
 情感と訴求
 
 情感の設計、と申しますのは、ドラマ性といっていいでしょう。人間
の興味や好奇心を引きだす技術ですね。心理学的な順序で、観客に好ま
しい余韻を与えるためにたとえば起承転結とか、序破急のような様式が
設定されるわけです。
 表現としてもユーモアであったり、喜怒哀楽の状況をわずかな時間内
に説明するわけですが、それ自体は使いふるされた、あるいは誰でも知
ってる世界ですから、何がポイントになるかというと“意外性”ではな
いでしょうか。
 あっと驚かせるもの、しみじみと納得させるものなど意外性ひとつに
絞ってみても、多くの手法があります。今日のコマーシャルに関してい
えば、いかなる意外性も絶えずくりかえされるべきものとして考えねば
なりません。計算されたユーモア、というものが、こうした反復性を考
慮しているかどうかが、当面の課題でしょう。
 もうひとつの課題としては、技術というものが、それ自体ひとつの主
張になり得るように思えます。
 たとえば色調の統一です。ひとつの作品を、一貫した色調で表現する
ことはもちろんですが、そのためには、いわゆる適正露光というような
観念を捨てることもあるわけです。光学的に忠実であることが、かなら
ずしも正しい結果をもたらさない、個有の感覚を与えられないという問
題です。
 そこで、最近のテレビ映画《アンタッチャブル》などセピア調という、
往年流行した色調を採用しています。カラーフィルムを使って、わざわ
ざモノクロ時代の再現を試みている例です。
 もうひとつの例では、最近の新着映画《ニューヨーク・ニューヨーク》
も、どことなくセピア調を思わせる色彩です。いずれも、ストーリーの
時代性を強調した結果であると思われます。
 こうした単純な目的のものだけでなく、もっと人間の深層心理にふみ
こんだ段階で、黄色っぽい画面とか、青っぽい画面が登場するのは、き
わめて当然のなりゆきでしょう。意図的に作りだされた色調というもの
は肌の色や空の色、すべての事物を忠実に再現することよりも、カメラ
マンあるいは色彩監督の、冒険を優先していると思われます。こうした
ケースは、色彩にかぎらず、他の分野、たとえば音の世界でも同じ事態
が想像されます。
 彼らを、ひとりよがりのユダども、というべきか、あるいはコマーシ
ャルそのものが、人類にとってユダではないのか、われわれ販促の担当
者は、謙虚な姿勢と大胆な発想で事に当りたいものです。
                     阿波 之雄(19771205)
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▲ マイクロ・ニューズレター(はがき新聞)の形式見本。郵送費その
他のコストを下げるのが主目的であるが、虫メガネを必要とするほどに
小さな文字の羅列が特殊な効果をもたらす。この見本では約四千字、は
がき表面の下半分を加えると六千字の情報伝達が可能。
── 《PRAD No.2 19771205-19780629》
── 販促懇談会 PRAD 12月例会 19771205

── ユダはイエスが選んだ「十二使徒」の一人で、十三人目の弟子な
どではありません。13が不吉とされるのは、イエスが捕らえられた夜
の「最後の晩餐」に集まったのが13人――つまりイエスと十二使徒―
―だったから。
── 《反銀英伝・設定検証編 5−B 銀英伝の宗教事情(2)》
── http://tanautsu.duu.jp/the-best01_02_05_b.html














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