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■ パリ・ロンドン旅行記 後記
最初からハプニングというのか、 旅慣れしていないために、どうしようという事実にぶち当たったが (それより前に実は友人を迎えに行くのに遅刻した/爆) もっといたいと思った。 ただ、泣けるほどではない。 もう帰るんだ寂しいよねと口で軽く言え、互いに残念がる。 それはそれでいいものだ。
思えばちゃんとしたツアーは海外3回目にして初めてだった。 最初は自力で目的地に行き、 次はツアーではあったが、終日フリーだった。バロンダンスとケチャダンスのオプションを付けはしたが。 そして今回が1日フリーで 後は全部最初から組み込まれていてバスで移動するもの。
普通逆だろ?! と自分自身ツッコミいれたくなるが 初めてでも一人でリュック背負って行く人は行くので こんなものなのかもしれない。
驚いたことはいっぱいある。 スケールの大きさ。 よく造ったよなという驚き。 ほんの触りだけれど垣間見た、王の優雅な生活。
フランスで現地添乗員が言っていた。 貧富の差は日本より激しいだろうと。 片や大邸宅に住んでいて、片やその大邸宅の屋根裏暮らし。
物乞いをしている人も見た。 ガイドブックには親子で引ったくりやスリをしている場合もあると 書いてあった。
日本の存在も考えた。 街中に走っている日本製の車や日本の会社、看板。 日本人だからか、なんとなく嬉しくなると同時に すごいことだよなあと実感する。
中にはアジア系を嫌いな人もいると思う。 人種差別からか、何か他に理由があってかわからないが そういう人がいて、変な態度取られてもしかたないだろうな という気持ちで旅行へ行った。
ツアーというせいもあっただろうが、 幸いそういった人たちとは出会わなかった。
長く滞在すると、事情は変わってくるのだろうか。 もっと良い面も見えてきただろうし、 その分悪い面も見えて実感するのだろう。 上っ面だけ見て、その上でのコメント。 それは承知しているつもりだ。
メニューがわからず、アルファベットを下手糞な発音で ゆっくりと読んでも嫌な顔一つせずに付き合ってくれたフランス人 (いや、それが当たり前なのかもしれませんが 人に寄っては日本でもする人いるじゃないですか)
ロンドン半日自由で調子に乗って歩いていたら 道に迷って青くなっているところに、 声をかけてくれた初老の女性。 (彼女は日本語も少しできるらしく カタコトの日本語を交えながら、どの道にいるのか教えてくれた。)
渡す金がわからなく、小銭を見せたら コレとコレだよと必要な分を出し、ちゃんと確認させてくれた人。 (いや、これも当たり前かもしれませんが、嘘付くこともできるわけで…)
私たちがその場で返せるのは 心からの「メルシー」か「センキュー」という言葉だけ。 見返りを求めない、そんな優しさに景色だけでなく また来たいという思いを強くさせる。
ツアー参加者も様々。
姉妹で参加している人もいれば、 一人で参加した人もいる。 夫婦だか親子だかわからない組み合わせ+小さな子供もいれば、 金持ちっぽい夫婦とその友人の3人という組み合わせもある。
飛行機の中では2ヶ月に1回は海外に行っているという老人にも会った。 パスポートを見せてくれたが、 ほぼ埋まっている。
ブラジル、リベリア、ウガンダ・・・・・・
はっきり言ってどこにあるかわからない国名も多数あった。
人それぞれだということも実感する。
旅行に行くと、考える。
長続きしないのが私の難だけど、
どうしたい? どう生きたい? どう在りたい?
理想と現実はギャップがあるだろうけれど、
嘆いているだけでは始まらない。
少し前までは、自分が行けるとは本気で思っていなかった。
でも、行けた。
世の中にはスゴイと思う人は沢山いる。
書いていて思い出した。
もう長いこと会っていないけれどK先生と呼ばれている人。 「私は肩にホクロが3つ並んであるから、そういう人は 人の2倍も3倍も努力しないといけないのよ」
あっけらかんとそう言っていた。 そんな迷信その人からしか聞いたことない。 でも、そう思うことで努力し続けてきたのかもしれない。
ダメでもすぐには諦めない。
これを実践したら、私も少しは変われるだろうか…。
*思いついたことをそのまま書いたパリ・ロンドン編も これで終わりです。
2003年01月21日(火)
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