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■ (日記) 同情貧乏
気功師&霊視能力を持つ友人(H)が付けてくれたアタシのあだ名がどうも(同情貧乏)だそうだ。 「マキちゃんは自分が最悪の貧乏なクセに、ちょっと余裕が出るとエエカッコシイのところが有るから、万年貧乏なんだよ・・・」と、のたまう。 そういう(H)だって決して人の事は言えない。 彼に限らず彼の女房も同じ同情貧乏なのだ。
「貧乏で有ることに誇りすら持ってない?」とヒニクを言う人も居る。 貧乏結構じゃないですか・・・。と、開き直りたいくらいだ。(笑)
アタシや(H)夫婦達の共通点はお金を自分の物だとは思っていなく、天からの借り物(預かり物)だと思っている。 殆ど素通りばかりで留まってはくれないが、一時(いっとき)喉を潤してはくれる。 お金は天から流れてくる、生きるためには必要不可欠な水のような物で、自分ばかりが溜め込むと水はよどみ、即腐り、自分よりも下の位置で喉を乾かせ口を開けて待っている人々には行き渡らくなる。 (流しそうめんのようなものでもあるの・・・かな?) まぁ、ともかく常に流してないといけないようだ。
もしも自分に今日明日明後日くらいの余裕が有れば、今現在余裕の無い人に回すのは人の役に立つのだから自分自身も気持ちが良いではないか・・・。 例えばアタシは滅多に現金が無い人間なのでww、現金を人に渡してあげる事は出来ないが、たまに余裕が有る時などは、このアタシがすら人にお金を貸した事も有るし、ホームレスらしき人なんかを見つけると、わざと500円玉や大盤振る舞いの時などは1000円札などをその人のすぐ近くに落とし、気付かないフリをして遠ざかったりもする。 その落とし方が中々難しい・・・。 ホームレスに「あっ、落としましたよ」などと言われては元も子もない訳で・・・・・・。 コンビニに行けば、五円玉や一円玉は(ケチ!)必ず募金箱に入れてくる。 そんなものが廻り回って、形を変えてアタシのところに又帰って来てくれて、生き長らえている気もする。
お金には人々の様々な念や思いが込められていて、お金自身もプライドを持っているそうだ。お金にはちゃんと意識があるらしい。 なので欲の手垢で汚れたお金なんかはとても悲しがっているそうで、そのお金達が良い使い方をしてくれる人を探し回っていて、人を喜ばせたり人の役に立つように使っている人の所に辿り着くと、お金も大変居心地や気持ちが良いので仲間を呼んで再びそこへ戻りたくなるそうなのだ。
アタシはこんなに人様に心配や迷惑ばかりかけている貧乏人だけど、人々がアタシを必要としてくれる事がとても嬉しい。 アタシと会いたがってくれる人が居る事自体がとても嬉しい。 これでも物品やお金で恩義を返せない分、何とか人の役には立ちたいと思ってはいるのだ。
今日どうしてもアタシの店で飲みたい人が居るとして、でも今日は支払うお金が無いからツケにして欲しいと言われる事もある訳で・・・・・・。 そうするとアタシは気心の知れた人なら「全然良いよ」と言うし、家に誰かが遊びに来てくれれば、喜んで有り合わせの材料でご飯も作りご馳走する。 (江戸の恩義を長崎で・・・ってな感じである) 店が暇で食べ物が残った時などは、ホームレスに食べさせてあげたらどんなに喜ぶだろうなぁ・・・などとも思う。 アタシ等夫婦じゃ食べきれないし、捨てるくらいなら人を喜ばせた方が食べ物もアタシも満足だもの・・・。
「ツケを踏み倒されたらどうするの?」と言う人も中には居るが、一応人を見ているし、もちろん初めての人にはサスガにツケはさせないし、万一踏み倒されたらそれまでだ。 踏み倒したり人を利用しようとした方は、多分裏切られた方よりもっともっと心が痛むと思うのだ。 だって、自分の方がアタシよりは金持ちな訳で、こんな明日をも知れぬ貧乏人を踏み倒す訳だから、さぞや自責の念に苛まれ、後ろめたい気持ちに陥る事だろうと思うのだ・・・。その苦しさを味わえばそれで良いのではないかとも思う。 又、そんな事すらも平気になってしまうような心持の人なら、アタシではなく何れ神様が叱ってくれると思うし・・・。
幸い、ツケを踏み倒された事は過去二度ほどしかないし(それもエポックの頃の話)アタシの周りには誰もかしこも心優しい同情貧乏ばかりなので、今のところ期日が来ればありがたい事にちゃんと支払ってくれている。
アタシは昔から、決して欲どうしいケチンボではなかったが、アタシも美味しい物を食べたり遊ぶ事は大好きなので、自分の娯楽欲のために随分無駄遣いした事や贅沢をした事もある。 滅多に持ちなれない物を持つと、ついつい嬉しくなってパァ〜〜ッと使っちゃうタイプだからだ・・・・・・。 でも、お金に対してこんな気持ちも持てるようになったのは、同じ同情貧乏の人々から進められた、凄く良い本たちに沢山出会えたお陰だと思う。
2009年09月17日(木)
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