誘い
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M君とのことがあってから数日後。 4月の終わりの土曜日。 バイトまで時間があったので一度帰宅し、そろそろバイトに行こうかという夕方の時間。 電話が鳴って出ると、母からでした。 用事を頼まれ、急いで済ませていると、また電話が鳴りました。 もう、出かけないとバイトに遅刻するのに・・と思いつつ、また母親だろうと思って電話に出ました。 少し不機嫌そうに「もしもし?」と電話に出ると、一瞬の沈黙の後
「亞乃さん、いらっしゃいますか?」
と言われました。 その声に、ドキンとしました。 でも、まさか・・と思いつつも
「私ですけど・・・」
と答えると
「おーー・・良かったぁ〜」
と相手はホッした声を出しました。 確信が持てなかった私は、「え?」と聞き返しました。
「あ、ごめんごめん。Kですけど。」
K先輩でした。 もう、私の家には電話できないとあんなに言っていたのに、どうして?と驚きました。
「すっげー、緊張したーーーー」
K先輩は出たのが母親か私か、分からなかったのでわざと名乗らなかったのだと言いました。
「俺、実はこの間もお前に電話してさ。お袋さん出たから思わず切っちまったんだよ」
とK先輩は言いました。 そう言えば、母に数日前に
「(電話に)出ると切れるんだけど、アンタ(の友達)じゃないの?」
と言われた記憶がありました。 その後、M君からの電話があったりしたので、彼だったのかもしれない・・と勝手に思っていたのです。
「え?電話くれてたんですか?」
と私が驚いて聞き返すと、
「ああ。っていうか、お前もさ。この間、電話くれなかった?」
と逆に聞き返されました。 この間、M君の電話が話中の最中に、私は抑えきれずにK先輩の家に電話して、お姉さんが出たので切ってしまったのです。 でも、私はそれを正直にいう事ができませんでした。
「いえ、かけてませんけど」
悪いとは思いながらも、K先輩が私の家にかけるのとは違い、切ってしまう理由がK先輩の家には無いので、後ろめたくて嘘を付きました。
「ああ・・じゃぁ、誰だろうなぁ。なんかお袋にさ、最近、そういう電話があるんだけど、アンタじゃないの?って言われてさ」
とK先輩はすんなり、私の嘘を受け入れてくれました。 K先輩もお母様に同じような事を言われてるんだと思うと、少しおかしくなりました。 と同時に、それは何回かあったかのうように聞こえ、何かが引っかかりました。 私が電話をして切ってしまったのは一度きりで。 私以外にも、K先輩の声が聞きたい女性が居るのかもしれない。 そんな事を思いながら、「そうなんですか・・・」と答えました。 そして、ふとバイトに行く時間だという事に気付き、
「あ、あの、なんで電話くれてたんですか?」
と我ながらマヌケな聞き方をしてしまいました。 でも、嫌な思いをするかもしれないと分かっていてまで、私に電話をくれた理由が本当に思い当たらなかったのです。
「ああ、そうそう。お前さ、GWってバイト入ってんの?」
と聞かれ、
「え?なんでですか?」
と聞き返してしまいました。 K先輩の
「なんでって・・・」
という、苦笑しているような困ったような声に、私は自分がまた失言をしていることに気付き、
「あ、すみません・・・えっと、休みの日もあります」
と答えました。 「いつ?」と聞き返され、私はシフト表を見ながら答えると
「その日は、俺がバイトだわ・・あー・・・じゃぁさ、GW明けの日曜は?」
と聞かれました。 日曜は当然のようにバイトが入っていましたが、もし誘いであれば、何が何でも休もうと思い、
「休めますけど・・・」
と答えました。
「え?休みじゃなくて?」
とK先輩に聞き返され、私は困ってしまいました。 まだちゃんと誘われても居ないのに、とんだ勘違いだったらどうしよう?とドキドキしながら、
「ん〜・・・っと、前もって言えば休めるんです」
と嘘を言い直しました。 実際、休みを取るのは社員の人に凄く嫌な顔をされるケースが多いので、大変だったのです。
「そっか。いや、特に何って訳じゃないからさ・・無理しなくてもいいよ」
私の嘘を見透かしているかのように、K先輩に言われ、慌てて私は
「いえ。無理じゃないです。休みます」
と思わず、「何が何でも休んでやる」かのように、強い口調で言ってしまいました。 すると、K先輩はその勢いがおかしかったのか
「そんな力んで言わなくてもいいよ」
と笑いました。 私は途端にムキになった自分が恥ずかしくなり、言い返す言葉が出てこなくなりました。 そして、笑ったままK先輩は
「じゃさ、休み取れたら連絡してよ。あ、そっか。お前、夜、電話できるか?」
と言いました。 心配されて、そうだ。夜、家から出れるんだろうか?ということに気づきましたが、
「大丈夫です。何時ごろなら居ますか?」
と聞き返しました。
「あー、大体、9時過ぎには家に居るから。もし、それで居なかったら、相当遅いと思ってよ」
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