きのう、夢をみて 夢のなかでわたしはもう二度と会えない人に会っていて それはとても穏やかでうれしい時間だった。 クリスマスと聖歌と。
ほんとうのところわたしはうたをうたえない。 そのひとはうたをうたうひとだった。 知らない賛美歌を歌っていて 喉を詰まらせているわたしは そのひとがうたを引き継いでくれてとてもうれしくて それで二人で歌った、それだけの夢。 古い古いピアノの前で。
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ふたつめの夢のなかで わたしはみんなと空を飛んだ そこはけして安全な場所ではないのだけれども 手をつないで大きな木を囲んだらもうだいじょうぶだった 灯台の灯が直視できないくらいあかるく燃えあがりはじめて 輪の向こう側に友達がいることに気がついたわたしは ああそういえばじぶんはいつもこうであったと 両隣を見渡して、そうしてふかく納得する。 教室の向こう側にたぶんいつも誰かがいた。
それからわたしは 自分が血まみれなことに気がついて目をさました。
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お洋服に火をつけて燃やそうかとたびたび思い どこまでそれが本気なのか自分で見極めがつかないけれども もしも、それがほんとうになったら わたしはひどく泣いて悔やむかもしれないけれども 一方でどこかがひどく解放されて楽になって もうこれで誰もわたしを非難できないのだと 陰鬱な満足感をおぼえるだろうという気はする。
かわりに何を身に付けたらよいのかは さっぱりわからないだろう。 借り物のような衣服は、あなたがたの気に染まる衣装ではあるだろうけれど そうしてかつてのわたしが身につけていたものであるかもしれないけれども 今のわたしには まるでそれは 裸同然のような気がする。
それでも火をつけて燃やそうかとたびたび思う。 わたしはしょせんだれかの 人形であるかもしれないとぽつりと思う。
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夜のあいだの電話と、事実上のパソコンワークを ほぼ完全に禁止される、という最後通牒を家人よりいただく。 そもそもわたしには電話をかける自由はありません。 おかしいかもしれないけれどそれが現実なので そういうしかありません。
用件がなくて悲鳴でもなくて ただそれだけのために電話をかけることをしたのは 前にはあれはいつのことだったか もう忘れた。
電話の音はわたしを凍りつかせるのだった。 たくさんの意味での非難をこめて 凝視され否定されることを意味しているので わたしは自分の居所さえかんたんに うしなってしまう、呼び出し音のひとつで。
つめたいつめたいけたたましく鳴る電話の音。
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15日を境目にしてそらの色が変わりました せみの声はつくつくほうし、 確実に夏が追われていくのを わたしがじっと見ている。
いろいろなものが少しずつ重たくなってきて 傷つけることをやめられなくて 足音がこわくて物音がこわくて 笑顔になれない自分なんか小さく小さく ひっぱたいてこわして。
……好意だけを楯にしてわたしを侵し続けるひとたちには つかれた。
もう聞きたくないと何度うったえても 愛とか恋とかいうことばを理由にして くりかえされる視姦のような侵食 どろどろと なぜそんな暗いところに わたしはゆかなくちゃ いけないの
ふるえている よごされる よごれる お日さまで浄化できないなら 水で浄化できないなら いっそ炎でも血でも なんでも
……………。
もう消えてもいいですかってかみさまに聞く、 目を瞑ったら こぼれてゆくさるすべりの紅い花芯 手のひらにすくって舞い上げて そのなかで踊っていたかった そのなかで
おやすみなさいをそらに放とう
8月18日、正午 真火
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