| 2002年10月18日(金) |
一日の終わりに降った雨 |
嵐みたいにしずかな日だった。 昨日の夜 わたしはひとりで国道沿いのまっくらな道にずっと立ってた。 ひとりじゃないけどひとりだった。 ………そう思う。
一日の終わりに わたしのうえに 降ってきた見えない雨は かつて、友達だった子と その子が私に伝えようとした 宗教だった。
よくある話なのかもしれない。
没交渉だったひとからあるときふと電話がきて 久しぶりにごはんでも食べないと誘われて 実はそれが、政治や宗教の勧誘だったなんていう、ことなんて。 キャッチセールスみたいな目的で、昔に結んだ「ともだち」のえにしを 使われてしまうようなことなんて、
よくある話なのかもしれない。
その可能性を思いながらも もしかしたら違うかもしれないのに、と 出かけていったわたしが ただ、ばかなのかも、知れない。
……だけどわたしはそうやって彼女を疑いたくなかったから。
もしも違っていたらものすごく失礼な話ではないかと思って、 宗教かな政治かなと思わず考えてしまった自分をとてもいやだなと、思ってた。 そうして出かけていった。
そうしてただ その予感があたっただけの話。
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見た目でわかる病気を抱えて お薬をたくさん持ち歩いて 精神科に通っているようなこの「わたし」は そういうひとから見れば 攻めるところのたくさんある とても"かわいそう”で"救ってあげなくてはならない"存在なのかも知れない。
……だけど。
そうやって押し売りされる神様はいったい どんな神様なんだろうとわたしは呆然とおもっていた。
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かみさま、とわたしはよく言うけれど それはどこにいるのでもないかみさまだって前にここで言った、 ような気がする。
わたしを守ってくれるかみさま? サトくんを守ってくれるはずだったかみさま?
ちがう、それは。 そのかみさまは きっとなにもしてくれない。 わたしはそう思っている。
このかなしみをすべて引き受けるのはじぶん。
そうして わたしがずっと抱えているこの病気をすべて引き受けるのはじぶん。 誰のせいでもなくて、誰が悪いわけでもなくて、 痛いのも苦しいのも自分が醜く思えて仕方なくてのたうちまわるのも 誰のせいでもなくて、そうして わたしは病気でここに生きていることを不幸とは思われたくなかった。
それがまっさらな善意からうまれでた言葉なのかも知れなくても (きっとそうなのだろうとは思ったけど) あなたはそんな病気を抱えちゃって不幸でしょうと優しい顔で まったく知らないひとから言われたくはなかった。
わたしが病気でなかったら わたしはここにいいない それは、はっきりしているから。
それだけならまだよかった。 だってわたしは 生きのびているもの。 降ってこない雨のかわりにファミレスなんかで一時間も 元友達だった知らない彼女と、本当に初対面の人を相手にぽつんと座って 正気を失うほど泣き続けていやというくらい 自分に自分で涙を注いだとしても それでも わたしは車に轢かれることも誰かに攫われることも 溜め込んであるお薬に手を出すことも、なく、 この朝もこうして 目を覚ましたもの。
……ただ。
死後の世界というあるのかないのか判らないような場所のことを話題にして いなくなってしまったサトくんのことを あの、やさしいひとのことを その人たちの思う死後の世界というかたちでひとくくりにして語られるなんて それだけは、まっぴらごめんだった。
そのひと死んだ今も成仏できなくて酷い思いをしているんだから早く救ってあげなくちゃ ほんとうに成仏できるのはこの仏様を信じてた人だけなんだから その人の死に顔、苦しそうだったでしょう?
確信に満ちて彼女達は私に言った。
それだけは それだけは
わたしは許すことができない。
今ここに生きているわたしのことをどう取り扱おうとかまわない でも、もういなくなってしまったあの人のことを 涙を流すことも名前を呼ぶこともできないあの人のことを 確信に満ちた顔で踏み荒らすような行為だけは わたしは許せなかった。
あの、がらんどうの部屋の中で、ひとりで、 お棺のなかで眠っていたあなたのことと なすすべもなくて無力にほほえんでいたおばさんたちや、いとこや、 こみ上げてきた涙のことも 届かないと判っていても、それでも 必死な思いで摘んだ花のことも
すべてがあっさりと踏みにじられていく。
笑顔で。
すべてが無効で、 すべてが無力で、 懸命に押し出すたびにあっけなくぱちんぱちんと弾けて割られていく わたしのなかのたいせつなことばを見ながら わたしはもう泣くことしかできなくて ばかみたいにもうそのお話だけはしないでくださいと何度も何度もくりかえした。 見ず知らずのあなたがたにあの人のことを説明したくはありません。 たぶん真っ赤な目で二人を睨みつけてそう言って それはほとんど憎しみに近かったと、おもう。
うまく表せることばがどこにもみつからなくて いくら書いても、ただ、 めちゃくちゃになっていくだけみたいな気がして 転がり落ちているみたいな気がして
……この嵐をどう言ったらいいんだろう
わからない。
ただ こんな人たちもせかいにはいるのだとまざまざと目の前で知りました。 泣きたくても泣けないわたしのことを そっとしておいてくれる人たちだけが今までわたしの身の回りにいたけれど それだけではないのだということ。
わたしのおとむらいはあの人には届かない。 それと知っていて 呪いが融けるのをただ待ってた。 いつかあの人の笑っている顔を思い出したかった。 すべて自分のためにすること、そう知っていて、 それでもやらないではいられなかった、たくさんの悼み。
そのわたしにはとてもたいせつなことが いとも軽々と知らない人の話のひとつとして扱われていくのを ただ、彼女達の信じるものを強化していくひとつの材料にされていくのを わたしは目の前にしていて
わたしは無力で
ひとりじゃないけど、ひとりだった。 荒れ狂う嵐みたいに ひどく暴力的にしずかな 夜だった。
まなほ
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