それは真夜中のできごとで わたしは久しぶりの オクスリなしの眠りに早々と落っこちて そうしてほんの3時間か4時間で そこから這い出してきたところだった。
あついお湯に全身をひたして 石鹸の泡だらけになる。 夏が終わった 冬がくる そう思ってどういうわけか少し安心してた。
はさみをこの手から手離して、もぎとって、封印して数ヶ月。 約束をやぶるのが怖いから わたしはかみそりを手にしなかった。 つまりは、腕も足も剃らなかった。 夏中、きっと女の子達はいろいろな方法でこの細い体毛を刈るのだろう。 だけどわたしはそうすると、また余計な場所も「切ってしまう」ような気がして だから、年齢には似つかわしくない行為かも知れないけど かみそりを手にするのをやめた。
長袖とタイツで隠せばいい。 どうせ弱い肌だから 直射日光にさらさないで 覆う部分をいつもよりすこし増やせばいい。 そうかんがえて、
だから
この夏のあいだ いちどもサンダルははかなかった。 大好きだったけど いちどもはかなかった。
だけど今日 なぜだろう、もう大丈夫かなとわたしはかんがえてかみそりを手にした。 するすると肌の上をすべらせて、削り落としていくわたしのいちぶ。 ふわふわと落ちて行く、細い細いたよりない毛のかたまり。
するする するする する
手はごく自然に、すっぱりと潔くすべり 刃はわたしのあしくびの肉のあいだに挟まって 赤い血がながれた。
自分の血が赤かったことを、フシギな気持ちで思い出して見ていた。 ぷくっとふくらんで、しずくになって、 それはいつか先輩が言っていた 赤いビーズの珠のようだった。
そのうち珠はこわれて流れていった。 止まらない。 手を伸ばしてティッシュを一枚しゅっとだして 傷口らしいえぐられた場所をおさえてあかを吸い取った。
そうして
ぷくり、 ぷく、 するする、
また流れだした、わたしのあか。
痛みはかんじなくて、 でも数回それをくりかえしてだんだらに赤くなったティッシュに もういいかげん止まるだろうとたかをくくって わたしはぺたぺた台所のゴミ箱に行ってそれを捨てた。 それからいつもみたいに眠る前のお茶を入れて ミルクを加えて電子レンジに入れてスイッチを押した、ミルク温め、弱め、 1分と35秒。
けれどふと下を見たら ばらばらと飛び散るみたいにパジャマの裾のあちこちについてしまった あかいにじみのあとをが電子レンジのオレンジのひかりに照らし出されていて わたしは少し途方にくれてしまった。 ベージュのパジャマの裾の、右足と左足に、点々と、あかいあと。
それは真夜中のできごとで わたしはちっとも そんなつもりじゃなかった。
こんなつもりじゃなかった。
血がとまらない。
そうして、わたしは、また、 あかにとりつかれている自分を、あたまのうしろがわのほうに、みた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一昨日の夕方に北野武の「Dolls」をみた。 このひとの映像と唐突な語り口は わたしの呼吸とおかしなシンクロをするらしくて わたしはなかなか帰ってこられない。 だから、昨日も、今も 唐突にばらまかれぶちまけられた暴力的なあかや 乱舞する色とうつろな目と空気とがわたしのなかに残っていて そうしてわたしはむしろ 戻ってくるよりも、「Doll」になりたいと思っている。
人形は生と死の両方ともをいっぺんに「生きて」いるのだとすなおに思う。 さしずめ せかいに口をあけているエアポケットやマンホールの蓋や そのようなものに食べられかけ足をとられているひとというのも、また、みんな、 Dollsになりかけた なかばひと、なかばにんぎょう、 そんなような存在なのかもしれないとずっと考えている。
せかいからはみだしかけた、ひともまた。
するすると出て行くあかは またひとあし わたしが「Doll」に近づいた証であるような気がして それはまったくの錯覚と左の側で思いながらも 右の側では、うつろによろこびをおもっている わたしが真夜中に 息をしている。
すうすうと ふきぬけている 秋の風に 眠る前のお茶は とうに冷えてしまいました。
10月15日、早朝 まなほ
|