『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年07月12日(金) 庵にこもりて

氷でいっぱいの
ほとんど水みたいにうすいカフェオレという
わたしにとっては定番の夏ののみものを左手に、ひるまから
日記などぽつぽつ書いてみる。

今日の今の今、
わたしはここなんかにいるはずじゃなかった。
図書館でたくさんの雑誌を抱えてかけまわっているはずだった。
なのに、ここにいる、
それが、

「おまえはダメ人間」

耳の裏側あたりから囁かれている気がしてどうしょうもない。
ひねりつぶしたくてもひねりつぶせない、自分のなかに棲んでいる小さな生きもの。
灰色の影をしている。アクマでもいい。でもそんなに善良じゃない気がする。
ただ、あたしに寄生しているのにあたしを削りとって薄っぺらにして殺そうとする
まるであたしみたいにばかでおろかな、小さな生きものが
ささやく。

何かひとつのことしかわたしはできない、らしい。
バイトをするなら、それだけ。
絵を書くなら、それだけ。
一日に、一週間に、ただひとつのことだけ。
ちょっとだけいつもと違うことをして、
ちっともムリなんてしていないと、そのときは思っているのに
次の日、効果覿面に、からだはうごかなくなる。

かなしい。

むなしい。

おひさまが雲に隠れてさあああっと世界が薄日に薄れていくとき
わたしの影がうすくなっていくように、自然に、ありのままに、
世界から消えられたらどんなに楽ですてきかな?
もう、誰にも迷惑はかからない。
行くはずの仕事にゆけなくて職員さんの立ててて居る作業計画を滞らせることも
行く先々に皮膚のかけらをばらまいて床を粉っぽく白くしてはお掃除させることも
家人に、わたしが口に入れられるものについて頭を悩ませさせることも
そのくせじわじわと減っていく体重のことも
もうなんにも、誰の手も煩わせないで、いい。

きのうは日が暮れて、夜になって、
このあいだ病院に行ったのはいつなのかどうしても思い出せなくて
家中をオクスリを探してまわっていた。
精神科のじゃなくて、皮膚科のオクスリを探してまわっていた。
オレンジ色の、抗アレルギー剤。
どこにもなくて
自分の記憶が信じられなくて
めちゃめちゃに混濁していて
今日と昨日と一昨日と先月とか、そういうのの記憶がぜんぶ
ごちゃまぜになっていたりすると
元来、記憶力のよかったわたしはとたんに不安になっていく。
このまますこしずつ、自分は崩壊していくんじゃないだろうか、
そう、おもって。

さいごにこの日記を見たら
6月19日付でひとりで出かけたという記載がのこっていて、すこし、安心した。
そのあとに、二週間分をいちど、家人に頼んでもらってきているから、それなら。
おおかたの計算は合うだろうから。

でも。

一日に二回処方されているオクスリを
朝に起きていられずに飲まなかった日が多発しているというのに
どうして手元には、二日にも満たない量しか、ないんだろう。

(おもいだせない)

きっとどこか知らない片隅にねじこまれて
どぎついオレンジのシートの錠剤が
いつか、発掘されるにちがいなかった。
そうであることをむしろ祈っている。


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日常生活のルーティーンがすこしずつくずれて崩壊してだめになっていく。
今日も結果的にバイトを無断欠席してしまった
眠るまえに飲んだ睡眠薬ひとつぶ、
なぜかこういう日にかぎって後ろ髪を引くように効いてくれた。
目覚し時計をとめて、でもべたりと横になって
出かけてゆく手順を思い出せず、そのまま。
元気なときはすこしの倦怠感もおぼえずにこなしていた
途方もなくたくさんの、外出前の手続きのことを考えて、
もうとてもだめだとおもう。

そして投げ出す。
正気でいられるかもしれなかった一日のはじまりを。

わたしがおはらいばこになる日も、ちかいかな、とおもう。

それは自分の意思ではないけれど、「ひきこもる」ということばが似合う
そんなような生活に、段々に近づいていって、取り巻かれるような、気配。
パラサイト、とか、ひきこもり、とか、フリーター、モラトリアム、とか
新聞の字面にそんな文字が踊るたびに笑ってしまうようになった。
その数字の一端をなしているのが、このわたしなのだと思って。

(………だって、笑うしかないではないか。)

絹糸みたいにほそい、糸を、たくさんあつめて
わたしをこの地面につなげておいてくれている
一本の綱のなかに
契約、という重々しいひびきのものは、一役も二役もかっていて
それがなければもうここにはいなかった可能性も少なからずあり、けれど
今日のこの気だるげな薄く雲のかかった夏の空の日のしたで
わたしはひとり、うちのなかにいて、
ひとりを味わっている。

そばに誰もいない
音を立てるもののない
他者、というものにあんまりに過敏なものには
貴重な、ひととき。
ひとりでないとき。うちのなかにいる家族といえども
わたしの神経はささくれだち、つねにスタンバイしていると
気がついたのは、いつだったのだろうか。
父の、母の、兄の、誰の、どんな発言も行動も見逃さぬように
自動的に戦闘態勢のスイッチが入り、そうしてわたしはピエロにもなる。
それだから。

うちのなかを漂うこのしずけさに、
明日の保証をなくしていく不安とうらはらに、
安堵をかんじているわたしも、いる。

生と死は、せなかあわせになって
日々、わたしのことを、取り合う。


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きのう、あまり話をしたことのなかった先輩がてがみをくれた。
うれしかった。
わたしをつなぐために縒り合わされた絹糸は
たよりないけれど、でも、
気がつかない場所からそっと手をさしべてつよさを加える
みえない、とうめいなひとすじを、なにかが、だれかがくれている
そんなことも
たくさん、たくさん、あるのだろう
そう思って

うれしかった。

どうもありがとう。



2002年7月12日 生きることをさぼりぎみの夏のまひるに、記  まなほ
  


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