2002年06月14日(金) |
眠りの代償。処方箋。 |
仕事のない日々はスベテ眠っていたおばかさんなあたしが直面したひどく現実的な朝。
7:33am
やばい。 やばい。
お薬がなくなってる。 今日のお昼のルボックスがどうしても足りない、50mg、たりない。
「SSRIは継続して飲まないと意味がありません。」
常識。 目に見えて減っていく皮膚科の軟膏と抗アレルギー剤のほうにばかり気をとられていたら 気がついたらこちらを見落としていた。 こまめに通っている(筈だ)から大丈夫だと信じ込んでた。そうしたら ぜんぜん足りてない。 毎日の雨に外に出るのを怠った罰ですか、これは。
いらないお薬ならいっぱいあるのに。
→→→→→ ソウシテあたしハ仕事ヘト出カケテユク。殺人的ナ人込ガ待ッテル。
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それにしても二週間ごとに通わなければならない病院が二ヶ所あるというのは ちょっとばかり酷なスケジュールなんだな、と経験してみてはじめて知った。 子どものために日々あちこちの病院通いを繰り返していたというあるお母さんの そのエネルギーに、脱帽。
母親失格なんてかなしいことを言わないで。 あなたは十分すぎるほどがんばっているのに。
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8:25am
家を出てゆく。きっと出てゆく、 着るものが決まらなくてスカートを二枚、重ねてはく。 白のコットンの三段ティアードスカート、 その上に、ペチコート。 それからまた、黄色の小花のフレアーギャザー。 裾からちらっと白のピコフリルがのぞくのは見逃してね。 これだけ重ね着をしていると、たとえば誰かに「カネコ系」と言われても笑って認めてしまいそうだ。 腕に巻いたウッドビーズのブレスレットは、桃象さんの色だよ。 今日こそ遅刻すまいと決めたのにもう遅刻が決定している。 ダークレッドの靴で歩き出す。 そうして バスを待つあたしの背後から ふわふわとそいつはやってきて、もう、すでに。
「 笑ってとあなたは言う、赤い靴で踊ってと囁く、それでも紫陽花は散ってしまった 」 (こっこ「水鏡」)
家を出てから、たったの4分と半分かで。 喰われてしまった。
たとえば昨日の夕刻すぎにサッカーの試合に見とれてた兄が おやつ用に作っているのを忘れてたカップメンがのびちゃうくらいの時間。
それが、
あたしの、正気の時間?
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とくん、とくん、とくん。
心臓が波打って揺れる。
それが胸骨の奥から喉のほうにせりあがってきたら、そろそろ、危険信号。
とくん、とくん、とくん。
指折り数える。
とく、とく、とく。
時計の秒針を見くらべる。
とくとくとくとくとくとくとくとく。
………もう、収拾は、つきません。
あきらめて
朝の電車の中で一睡もせずに窓の外を凝視している「あたし」のことを きっと誰かが憎んでいる。眠りたいのにラッシュアワーで押しつ押されつ、 もう、めったうち。
「ランチョンミートにでも何にでもしてください。」
「こっぱみじんに」
「 AS YOU LIKE、すべてあなたのお気に召すまま。」
………ああ、でも、できることならせめて、胃にやさしい味にしてね。
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10:00
信じられないかもしれないけれど それでもあたしは笑うの。 それでもあたしは冗談を言うの。 そうしてフロアを笑いで満たすの。 着々と仕事をこなしながら。
「そういうふうにできている」
決まってしまった役割を捨てることのなんてむつかしいことだろう。 あらかじめ無茶だったかも知れない誰が決めたともわからないその役割の采配。 それをこなせずに食み出してしまった自分を責めて止まないひとの、 なんて多いことだろう。
べつに、あなたは、わるくないのに。
なのに。
もしもせかいがほんとうに劇場の舞台だったのなら 悪いのは演出家なのよと笑ってあたしも言えるのに。
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15:07
日本が試合してたこともきちんと知ってるわ。 だって、上司とそのことをお話したもの。 まるで以前から興味あるふりをして きちんと笑いも交えてお茶を飲みながら話をしたし その緑茶をきちんとした手順で入れたのは ほかでもないあたしだった。
そうして、18:32 日本が勝ったことも知ってる。 病院の待合室のテレビはいつもつけっぱなしになっていて 選手のコメントが次々とうつしだされてた。 駅の前ではユニフォームをひっかけた男の子たちが大騒ぎしていて いつもなら関係もなさそうなおじさんやおばさんまでが通りすがりに言葉をふらせてた。 四年前の役員合宿、さいごの夜にちょうどぶつかったアルゼンチンとの試合、 お酒そっちのけで映りの悪いテレビを一生懸命調節してみた負け試合のあとの がっくりして部屋へひきさがっていったみんなを思い出して ほんのすこし、感慨にふける。
ここまできたんだね。
22:30
韓国がスタンドをまっかにうめて、あの祝祭のエネルギーを波打たせてる。
はためく大韓旗。
アジア、
そして勝利。 勝利。
勝利。
うれしいのはうれしい。 あんなふうに沸き立たないにしても あのひとのように叫ばないにしても 歓喜の声を、あげないにしても
ね?
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だけどそれをよそ目に見ながらお薬をのむあたしも、いる、の。
いいかげんな私への、今日のおへんじ。 おくすりがかわってしまいました。 結局いちにちじゅう抱え込んでしまったぐらついた不安感を持って 寝ても、醒めても、背中にかみついてたままのあいつを連れて帰り際にドアをたたいた ある精神科の今日の最後の患者さん。
パキシル20mgをあたしにあげる。 ロヒプノールもあたしにあげる。 見慣れたメイラックスもまたあげる……?
おかしい色が違うと思ったらミリグラムが倍量になっていた。 見慣れたはずの白くてひらべったい精神安定剤は なぜかサーモンピンクの色になって、お薬袋からざざっと出てきた。
青いシート。 薄橙色のシート。 ピンクの錠剤。 色とりどりのカラーパレットがそのうちできるかな。
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世界をぶったぎったようにあたしもぶったぎって あっちとこっちで別々の顔をして分裂したまま暮らしていけたら プラナリアのように足元からはんぶんに別れて同じものがあっちとこっちに サヨウナラする、あんなふうに びょうきのわたしとびょうきじゃないわたしがいるみたいに今日も過ぎてく。
沸き立つ現実からチョキチョキと切り取られたひとがたが ひらりらと風に舞ってビルのあいだを駆けめぐって鴉につつかれて
ときおり降る 雨に湿ってた。
今日はあと1時間と15分残ってる。
あたしは、どこへいけばいいんだろう。
6月14日、22:45 まなほ
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