みちる草紙

2001年12月15日(土) 銀座にて

仙台事業所の所長代理に就任するE氏が、新幹線で岡山から上京した。
一緒に食事でも、と誘われ訝ったものの、どうせすることもない休日だし
お付き合いしてもいいか、と(20分遅刻しながら)東京駅で待ち合わせた。

E氏には、仕事の上で日頃何かと世話になっている。そして今後アタシが彼の
サポートを仰せつかったのだから打ち合わせは必要だ。そう自分に言い聞かせた。
『東京はどこも知らんけ、どっか連れてって下さいよ』
そこで銀座へ向かい、7丁目の“ライオン”に入ってビールと料理を頼んだ。
次々杯をあけ酔いつつも生真面目なE氏は、業務の話に熱弁をふるう。
最近スランプに陥っていたアタシには、E氏の励ましが何より有難かったが
仇敵の話題になると激昂してしまい、ビールをお代わりしても酔いが回らない。
夕方4時頃から飲み語り、気がつくと11時を過ぎていた。閉店である。

人波でごった返していた通りはいつの間にかひっそりとし、夜気が頬に冷たい。
ここからタクシーで帰るとどのくらい?いいえ、まだ終電がありますから。
『このまま朝まで飲もうか…』いつ帰ろうとアタシに門限はないので、同意する。
隣のビルに朝までやっている居酒屋があり、場所を移して飲み直すことになった。
相変わらず業務の話が続くが、次第にE氏の表情が緩んでくるのが分かった。
E氏は離婚歴のある独身である。彼が岡山から転勤し、仙台勤務の所長代理に
抜擢されたのも、有能さに加え、その身軽さもあってのことであろう。
ぽつぽつと、妻と別れた顛末を酔いに任せて語り始めた。世間では珍しくもない
夫婦両家の諍いと親権争いが軸となった修羅場劇を、この人も経験していた。
『後悔は子供のことだけやけど、女房には一切未練はない。早く再婚したい』
来週より、彼は仙台での新しい生活を、全くの一人から始めねばならない。
しかしアタシには何も言えず、目を伏せてE氏の視線を逸らすしかなかった。
果たして孤独な人間は、図らずして同類を嗅ぎ分けるものなのだろうか。

朝の5時になり、夜が明けきらず凍てつく銀座の通りを、地下鉄の駅へと向かう。
『今日は有難う。月曜の午前中、一度東京に戻って顔を出しますよ』と言って
仙台へ発つE氏に、重い瞼を必死にこじ開けながら別れを告げ、電車に乗った。
不思議に何の感慨もない。寧ろ仕事のことに思いを馳せながら、暖かい車中で
揺られるうちに、いつしか眠りにおちていた。


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