仙台事業所の所長代理に就任するE氏が、新幹線で岡山から上京した。 一緒に食事でも、と誘われ訝ったものの、どうせすることもない休日だし お付き合いしてもいいか、と(20分遅刻しながら)東京駅で待ち合わせた。
E氏には、仕事の上で日頃何かと世話になっている。そして今後アタシが彼の サポートを仰せつかったのだから打ち合わせは必要だ。そう自分に言い聞かせた。 『東京はどこも知らんけ、どっか連れてって下さいよ』 そこで銀座へ向かい、7丁目の“ライオン”に入ってビールと料理を頼んだ。 次々杯をあけ酔いつつも生真面目なE氏は、業務の話に熱弁をふるう。 最近スランプに陥っていたアタシには、E氏の励ましが何より有難かったが 仇敵の話題になると激昂してしまい、ビールをお代わりしても酔いが回らない。 夕方4時頃から飲み語り、気がつくと11時を過ぎていた。閉店である。
人波でごった返していた通りはいつの間にかひっそりとし、夜気が頬に冷たい。 ここからタクシーで帰るとどのくらい?いいえ、まだ終電がありますから。 『このまま朝まで飲もうか…』いつ帰ろうとアタシに門限はないので、同意する。 隣のビルに朝までやっている居酒屋があり、場所を移して飲み直すことになった。 相変わらず業務の話が続くが、次第にE氏の表情が緩んでくるのが分かった。 E氏は離婚歴のある独身である。彼が岡山から転勤し、仙台勤務の所長代理に 抜擢されたのも、有能さに加え、その身軽さもあってのことであろう。 ぽつぽつと、妻と別れた顛末を酔いに任せて語り始めた。世間では珍しくもない 夫婦両家の諍いと親権争いが軸となった修羅場劇を、この人も経験していた。 『後悔は子供のことだけやけど、女房には一切未練はない。早く再婚したい』 来週より、彼は仙台での新しい生活を、全くの一人から始めねばならない。 しかしアタシには何も言えず、目を伏せてE氏の視線を逸らすしかなかった。 果たして孤独な人間は、図らずして同類を嗅ぎ分けるものなのだろうか。
朝の5時になり、夜が明けきらず凍てつく銀座の通りを、地下鉄の駅へと向かう。 『今日は有難う。月曜の午前中、一度東京に戻って顔を出しますよ』と言って 仙台へ発つE氏に、重い瞼を必死にこじ開けながら別れを告げ、電車に乗った。 不思議に何の感慨もない。寧ろ仕事のことに思いを馳せながら、暖かい車中で 揺られるうちに、いつしか眠りにおちていた。
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