hyuニッキ

2006年12月25日(月) クリスマス話3前編(?)


その日は、朝から本当に忙しかった。
深夜と早朝のミサ。救貧院や孤児院での奉仕活動は日が暮れるまで。
「ごめんなさいね。疲れたでしょう?」
と、自身もまた働き詰めのシスターは苦笑しながら詫びた。
「いいえ、私は大丈夫です」
「そう? でもホント、あなたがいてくれて、助かったわ」
毎年のことなんだけど、こんなにも忙しかったかしらと呟くシスターに、
お役に立ててよかったです、と微笑んで答えて。



クリスマスまでには帰るって、言ったのに。
暮れた空に白い雪が舞う窓の外
いつまでも現れない待ち人の姿を探しながら呟いた。
忙しいクリスマスの1日が終わり、皆はささやかな食事の後の緩やかな時間を過ごしている。

遠征に出た彼を見送ったのは、もう2ヶ月も前。
「クリスマスまでには帰るから」と言って。
滅多に手紙なんて書かない人だから、便りはない。
――便りがないのはよい知らせ、なんて、よく言ったものだ。
だって、こんなにも不安で、寂しい。

部隊の中では最年少で、しかも辺境へと出かけた彼。
上のものたちの期待は顕で――自分は演習で、そんな遠くにまで行ったことなどない。

上からの期待・・・そんなものよりも、一緒にいたいと言った彼は、だが、
上司に引きずられるようにして、連れて行かれた。
クリスマスまでには帰るから、と真摯な瞳で、言い残して。
任務が長引くのは、よくあることだけれど・・・でも・・・。

「寒い・・・」
鎧戸を閉めて、当所なくしばらく家の中をうろついて
寝支度を始めた者達に、おやすみなさいと告げて。
1度、自室に戻ったけれど、落ち着かなくて。
今日はクリスマス。
子供たちはプレゼントをもらい、どんな人々も施しを受けて、
感謝と歓びの内にいるであろうはずだ。
「・・・何もいらないのに・・・」
毛布に包まって、居間の暖炉の前に座り込み、ゆらゆら揺れる炎を見つめた。
温かな炎のそばにいるのに、酷く寒い気がした。
――クリスマスまでには・・・
そう言った、彼の声。眼差し。
涙がこぼれそうになった。
心配で、心細くてたまらない。

鎧戸が風にガタガタと揺れた。
外は、雪が降り、風も随分と強そうだ。

扉を強く叩く音がした。
こんな時間に、訪れる者などないはず。
そうだ、ならば、これは、きっと・・・!
約束通り、彼が帰ってきたのだ。
嬉しくなって扉に駆け寄りノブを握るのももどかしく急ぎ開いた。
だが、そこに立っていたのは、見慣れぬ男達。
雪の粉と、凍える様に冷たい風が吹き込む。
不吉な予感に胸がざわめいた。
「あの・・・」
それでもなんとか、何事かと問おうと口を開きかけたが、差し出されたものに言葉を失った。
見覚えのある、剣。
瞬時に、全身の血の気が引いた。
「彼に身内はないと聞きました」
彼の安否を知らせる相手は、自分しかいない。そして
「宛名があなたになっています」
と、もう1人が差し出したのは、手紙だった。

しわくちゃで、煤けて、赤黒いシミのついた汚らしい紙切れ。
だが確かに、そこには自分の名がよく知る文字で書かれていた。
「嘘・・・」
沈痛な面持ちの男たち。早鐘のように打つ鼓動が耳をふさいで。
嫌な予感がしていた。
胸騒ぎがしていた。
そして全てが、1つの真実を示して。
声が出なかった。
音を立てて、何かが壊れてしまった気がして。

どうして。
この日、人々はプレゼントをもらうのではないのか。
なのにどうして。
自分は、彼を奪われなければならないのか。
クリスマスまでには帰るから。
そう言った彼は、心から、それを望んでいたのに。

ガタッ
鎧戸が立てた音に、びくりとして顔を上げた。
目の前には、暖炉の炎が揺れ踊っている。
夢・・・
だが、うるさく騒ぎ立てる鼓動も、息苦しさも頬を伝った涙も、現実の感触。
とにかく、早く帰ってきて欲しい。
一刻も早く、無事な姿を見せて欲しい。
切実にそれだけを願った。

その時ふと、玄関で物音がして、また鼓動が跳ね上がった。
慌て立ち上がりかけて、凍りつく。
やっと抜け出した悪夢とあまりに似た感覚。
確かめるのが、怖い。
それでもじっとしていられなくて、数瞬おいて、すぐに覚束ない足取りで玄関に向かった。

声がした。
別の地区で奉仕に当たっていた、司祭が帰ってきたのだった。
安堵と落胆が混じり合った嫌な感覚が胸を去来し渦巻いた。
部屋の戸口で立ち尽くしていると、
出迎えた修道女に上着を脱いで荷物を渡した司祭と目が合った。
「おや、起こしてしまったかな?」
問われ、首を振る。
「じゃあ、まだ起きていたのかい? こんなに遅くまで・・・疲れているのだろう?
無理はよくないよ。それとも眠れないのかな?」
暖かくやさしい笑顔を向けられて、何も言えず俯いた
「どうかしたのかい?」
「・・・なんでも、ないんです・・・」
優しくされると、なぜだか居た堪れなくなって
おやすみなさい、と告げて暖炉の前に戻った。
毛布に包まって、座り込む。
ただ、薪が爆ぜる音を聞き、炎が踊るのを見つめて。

クリスマスまでには帰るから――

彼の声が、何度も胸の奥にこだまして。
「早く、帰ってきて・・・」
約束をした。
だが、そんなことは、もうどうでもいいから、とにかく逢いたい。
嫌な夢も、不安も、杞憂だったと、思わせて欲しい。

時間は、ひどく曖昧な歩みを見せていた――。


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