ぼんやり日記
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先日、ライフセンター(キリスト教の専門ショップ)で ゴスペルシンガー岩渕まことの2枚組ライブCDを買った。 その中に“父の涙”という名曲も含まれていた。
それを聴きながら、自分の父のことを思いだしていた。 もうそろそろ父のことをきちんと考えてもいいような気がした。 私は父が大好きだった。いつも精一杯父を愛していた。 父は完全な人だと思っていた。 頭がよくて、いつも正しくて、何でもできて私を可愛がってくれる人。 実際はかなりの気分屋で、猫かわいがりしてくれていると思ったら 突然怒り出してその度に私は身を縮こませた。 それでも父が好きだった。顔色をうかがいながら抱きつきに行った。
いろいろあって父が亡くなった。 その当初は泣いてもいい気がして泣いた。 数ヶ月すると、もう泣く必要がないと思って泣きやんだ。 父のことを考えなくなった。 友人との会話の中で「私はファザコンだから」と言ったり 母と父の昔話をすることはあっても、特別感傷的にはならなかった。
父が死んだのは過去のことで、父と私は遠く離れている。 思い出の一つであり、すべては解決済み。そう思っていた。 でも、そうではないこともうっすら気づいていた。 私は、いまだに父の死に直面できていない。 父の期待に応えることができず、失望させたまま 受け入れられないまま、父が死んでいったことが恐ろしかった。 父に受け入れられなかった自分を、自分も受け入れられない。
昨夜、父のことを考えた。 涙が出てきた。23年ぶりに父のことを思って泣いた。
教会で牧師先生がよく言われる。 「あなたのお父さんのイメージはいかがでしょうか。 怖いお父さんですか、優しいお父さんですか。厳しいお父さんですか。 寛大なお父さんですか。そのお父さんのイメージが、そのまま 天の父なる神様のイメージとダブるのですよ」
私の神様のイメージ。 大きくて暖かくて正しくて、でもやっぱり恐い。 とがめられそうで、責められそうで居心地が悪い。 本当はそうではない事は知性でわかるのだけれど。
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