カエルと、ナマコと、水銀と
n.446



 体温が下がる

=体温が下がる=

夏の気配から一歩、身を引いた。すると、不思議なことに光が渦を巻き始める。白熱灯のような暖かい光が、ひとだまのように揺れ始める。私は、自分自身がまるで一匹の蛾になってしまったように思えた。光に吸い寄せられるように、ふらふらふら、と出店から出店へと歩いていく。大して何を買うわけでもない。ラムネソーダを一本だけ買って、ビー玉の転がる音を楽しみながら見て回るだけ。「そこのお兄さん!酎ハイどうだい!?」「安いよ、安いよ、一回三百円だよ!」「ハハハ」「だからさ」「ねえ」「どうだい?」「あした、あ」「ったら、どう?」「う。いや、そん」「ハハ」「ハハハ」「アハハハハ」「おい、おま」「いつかさ、でもさあ」「としたよ!」いつの間にか、喧噪までもが渦を巻いてしまっている。私は、雑木林の中で一人だけ鳴くのをやめたセミだ。寿命を知ったカゲロウだ。私は、再び歩き出した。お面屋さんの前で立ち止まってる男の子をのぞき込み、焼きイカを買い、射的をするカップルを眺める。次第に、私の意識は私を離れいていく。私の視線は、空高くへと据えられた。そこから見る景色には、光と暗がりが共存している。私の身体は、今も祭りの人混みを練り歩いている。金魚すくいを抜け、ヨーヨー釣りで青いヨーヨーを取り、ふと目を離したときに私は私を見失ってしまった。
やがて、人が少なくなり、出店の光が一つ、一つ、と消えていく。出店を解体し、若い男たちが軽トラックに積み上げていく。そのうち、一台、一台とトラックも去っていった。祭りは終わりを告げた。
身震いして、両肩をさすった。

2005年05月20日(金)
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