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■ 湿った空気
=湿った空気=
「うっしゃ。これから花火大会はじめます。いいかー」 「おー」 「あ、あんま派手なことすんなよ。捕まったらそいつが自腹な。いいかー」 少しだけ疲労が出て、ベンチにぺたりと座り込む。5、6人の輪になってライターを奪いつつ激しい光を発している。音と煙と光と。打ち上げる花火と違ってそれはすぐそばにある。光に浮かび上がったそれぞれの顔を見る。少し火薬臭い湿った空気を吸い込んで、空を見やった。暮れかけの空。夕焼けにカラスの間延びした泣き声。吸い込んだ空気がゆっくりと抜けていく。 「おーい。吉牟田。おまえもやれ!」 「おーけい、おーけい」 立ち上がった瞬間現実感が戻ってきて、純粋に花火を楽しんだ。光。夏の盛り。湿っていて、上の方にあがれそうもない空気の中。ちっぽけな光をともして楽しんでいる。遠くの方で他の組が笑い声をあげている。光が渦を巻いている。煙が白く照らし出される。電灯が瞬いた。蛾が螺旋を描く。電灯が少し長目に瞬く。目を閉じて、音を聞く。空気を吸う。夏を体に刻みつけようとする。暮れきった空。手元に残る、花火の燃えかす。遠くの方に放り投げて、大きく伸びをした。ああ、っと声をあげながら。 「くらえ、必殺ヘリコプター」とか言って、花火をくるくる回して近づいてくるヤツ。「一気に十本行ってやるぜ」とか。いろいろと。遠くを見ると、光が戯れ。肩の力抜いちゃっても、別に大丈夫な気がした。暑苦しいくらいの空気が確かに俺らを包んでいた。身を任せてしまえ。波に乗るクジラのように、リラックスしてしまうんだ。 ふらっと、後ろを見てみれば。 「落ちた」と。 「お? 西小野。おまえは何をやってるんだ?」 「ん? 線香花火。ちっとだけ、いい感じかなっておもってさ」 少しだけみんなからはずれて。光が滲んでいて、顔が滲んでいて、輪郭が浮かんだり消えたりして。声が少しだけ曇っていて。 「どう? 調子は?」 「まぁまぁ」 言葉は対していらないんだと思う。意味のない言葉を並べて、意味なく答えて、でもなんとなく心がつながっていて。肩の力は抜けきったままだ。もう一度大きく空気を吸い込んでみた。なんだか、照れくさくて、怒ったような顔をしてみたり、空を見上げてみたり。あぐらをかいて腰を下ろす。疲れ思った以上にたまっている。 線香花火をともす。くるくると光の球が溶けだして弾けて。頼りなく揺れるそのたまがいつ落ちるかと。手元に伝わる微かな振動。震える線香花火。パチパチえばったように弾け飛ぶ。いつか、落ちるんだ、と思う。ぽとりと落ちて、地面で熱を失って、光を失ってゆっくり消えていって。見つめている。きっと、その光は落ちる。落ちて消える。見つめている。微かに自分の頬が照らし出されているのを感じる。微かにすぐ隣に西小野があぐらをかいているのを感じている。 何が溶けだしているか分からない濁った水の中で俺らは生きているのだと思う。不透明で、距離が測れなくて苦労する。海水のように濁っている。どれほど分かっているのだろうかと思う。遠くの声。どれほどつながっているのだろうかと思う。 「あっ」 そんなこと考えている暇ないな。俺は充分楽しいし、みんな好きだ。ぱちぱちした球は落ちて横たわる。 「落ちちまった」 西小野が少しだけ笑う。 「おー、打ち上げ! やるぞ」 叫び声に振り向けば、すでに一発目の打ち上げ花火が火を噴いていた。皆ぽかんとその火の噴水を見つめている。ほんの2、3秒。でも、そこには夏があった。その間の中に夏が集約されて、弾け飛んだ。動き出す。声があがる。走り回る。笑い声があがる。光の戯れが。空を思いっきり見上げてやった。 「北斗七星ってマジでひしゃくに見えるよな」不意に西小野が空に言葉を向けて。 「おお? お、あれか。おまえ北極星の探し方とか覚えてる?」 「ああー。なんかあったな。覚えてない」 「じゃ、あれが北極星でいいや」 「あん? どれだ?」 「あれ」 「ああ、あれね」 「そう、あれ」 きっと繋がっていると思う。どこかでちらりと星空を見て、間違った北極星を見つめて。そんなもんだろうな。湿った空気は僕らの間に入り込んで隙間を満たしているんだ。心地よい安心感がある。星星は命名に輝いていて、冷たい光を与えている。月。電灯。花火の暖かい色。 「やっぱ夏だよな」 無言のままで繋がっている。
2003年07月10日(木)
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