『ぼんくら(上・下)』 宮部みゆき (講談社文庫) 《再読》 - 2004年12月16日(木)
国民的作家・宮部みゆきの最近の現代物の作品にはいささか落胆させられるものがあるが、時代物にははずれがない。 もちろん“時代小説専属作家”のような“しっとり感”には欠けるかもしれない。 しかしながら現代小説では描けない人情をミステリーに巧く融合させて読者に提供してくれている。 まるでパズルのように寸分の狂いもなく、登場人物すべ主役から脇役に至るまで実に魅力的に描かれている。 脇役ひとりひとりを主人公とした話を読みたい気持ちにさせられた方も多いんじゃないかな。 宮部さんは読者が時代小説に何を求めているのかを熟知しているのであろう。 舞台は江戸深川。 物語はいきなり疾走感のある文章で始まり、読者は否応なしに釘付けになる。 江戸深川の長屋(通称・鉄瓶長屋)で殺人が起こりすぐに差配人・久兵衛が姿を消す。 新しく来た27歳の若輩者の佐吉が来るや、次々と店子が出奔していくのである・・・ 物語は最初の五編がプロローグ、六編目の「長い影」が本編、最後の「幽霊」がエピローグと言って良いだろう。 物語の本筋は抜きとして、何と言っても少年2人の描写が素晴らしい。 美少年・弓之介と暗記少年おでこの2人である。 前者は平四郎の甥、後者宮部ファンにはお馴染みの茂七親分ところで仕えている。 主人公である同心の井筒平四郎の平凡さ=ぼんくらさも心地よい。 いや、ぼんくらさ=“人間味のある”と解釈するべきであろうか・・・ 平四郎は物語のエスコート役として本当に適任者である。 美少年・弓之介と暗記少年おでこの2人の少年を巧みに引き立てている。 あんまり詳しく述べると未読の方の興趣をそぐこととなるのであろうが、本作の物語の奥深い所にある部分は決して明るくない。 しかしながら個々のキャラクター造形の巧みさで完全にカバーしているのである。 現代物では人の見えない醜い部分の描写に長けた作家であるが、時代物においてはサラリと書いているような気がする。 たとえ悪人であろうが、舞台が時代小説ならば許せる。 少し寛大となった気分でページを閉じる読者が大半であろう。 このあたり宮部氏はすべてお見通しである。 あと女性が読まれたらお徳とおくめ、おふじと葵のコントラストなどいろんな生き方を考えさせられることであろう。 印象的な文章がある。宮部さんのメッセージだと受け取りたい。 世の中はそれほど優しくできていない。 私たち読者も、少しは周囲の人を顧みる必要があるのかもしれない。 “ほんの些細なことが大きな事となっていく。” 読者である私も日常に生かしたい教訓である。 ご存知の方も多いかもしれないが、続編『日暮し(上・下)』が刊行された。 またまた平四郎ファミリー(敢えてネーミングさせていただきます)と再会出来る嬉しさ。 宮部みゆきはサービス精神満点の作家である。 本作は未読の方には是非手にとって欲しい時代ミステリーの傑作である。 鉄瓶長屋の店子となった気分で肩肘張らずに読んで欲しいと切望したい。 評価9点 オススメ 2004年112・113冊目 ...
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