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『私が語りはじめた彼は』 三浦しをん (新潮社) - 2004年09月15日(水)

私が語りはじめた彼は
三浦しをん著出版社 新潮社発売日 2004.05価格  ¥ 1,575(¥ 1,500)ISBN  4104541036
「彼」のなにを知ってるのか? 「私」のことさえよくわからないのに…。闇を抱えつつ、世界は今日も朝を迎える。男女と親子の営みを描く、「ミステリ+心理小説+現代小説」という連作短篇。『小説新潮』連載を纏める。 [bk1の内容紹介]
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エッセイ集『人生劇場』の次は小説ということで最新刊に挑戦した。
しをんさんの人間の奥底まで見抜く洞察力は若手作家の中では群を抜いている。
冒頭の2ページがとってもセンセーショナルである。
読者はどう言った展開が待っているのだろうかとページを捲る手を休ませることが出来ないのである・・・

内容的には女性関係の絶えない大学教授の村川という男にまつわる様々な人々を連作短篇で描く。
本作を読めば、しをんさんの最も際立った才能はその心理描写の的確さにつきるであろうことが自ずからわかる。

女性作家だが各篇とも視点は村川に人生の歯車を狂わされた男が描く・・・
第2章(「残骸」)で妻が村川と関係してるのがばれたシーン。
『亭主に隠れて男とこそこそ逢い引きするのは陰険じゃないのか!』
『こそこそなんてしてないわよ。私は先生と真実愛しあってますもの。ただあなたが鈍感で気づかなかっただけじゃない!』
『なにを浮かれたこと言ってんだ、おまえは!』
私は湯飲みをつかんで食卓に叩きつけた。入っていた茶が飛び散って私にも真沙子にも娘にもかかった。飛沫のぬるさが、滑稽さを象徴する。ほとんど子どもの喧嘩だと思ったが、止まらなかった。怒りで脳が活性化し、快感を覚えるほどだ。

私は単なる恋愛観だけじゃなく、親子の関係にポイントを置いて読まれたら得るものが大きいような気がする。
第3章(「予言」)では離婚して新しい家庭に入った村川を息子が訪れるシーン。
『帰る。お邪魔しました』
俺は立ちあがってすたすたと玄関まで歩いた。父が追ってきて、
『秋からは九州の大学に移るんだ。それまではここにいるから、また遊びに来なさい』
と言った。もう二度と来ねえよ。俺は振り返らなかった。ドアが閉まる寸前に、部屋から女の子が『パパ、パパ』と無邪気に呼んでいる声が聞こえた。なにがパパだ。おまえの父親じゃねえだろ。


上記は村川が会話を交わすシーンであるが本作において彼の登場シーンはほとんどない。
だからこそより謎めいていて深遠な話となって行く・・・

村川教授に対しては読者の性別・年齢・環境によって捉え方が違ってくるものだと思う。
果たして彼は幸せだったのか?あるいは不幸だったのか?
私的には少しでも村川教授に対して“浅薄さ”を感じた読者はしをんさんの確かな手腕に脱帽した証じゃないかと思う。

本当に恋愛って難しい。
他人には滑稽に見えることでも当人たちは必死であるからだ。
あと、登場人物すべてが滑稽に感じられる方って本当に幸せな日々を送ってるんだなあという少し達観した気持ちにもなったことは書き留めておきたいなと思う。

幅広い視点と綿密な構成。
やや純文学風な文体。
三浦しをんって非凡な作家である。
本作を読む限りしをんさんの作品って純文学とエンターテイメントの融合的なものかなと思ったりする。
その心地よさを知った読者は次々と彼女の作品を手にすることであろう。

評価8点
2004年81冊目


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