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……て書くと、なんだかわがままな恋人のようで いい感じじゃないの。 恋人が女名前ってのもどうかと思うけどまあいいわ。
や〜〜〜〜〜っとカラーが上がりましたけど とっても長い道のりだったわ。
点滅するモニタをなだめすかしつつ 取り込みたがらないスキャナも御機嫌取りつつ 時々動かなくなるポインタをだましだまし…… それってもしかしてすでにもう 可愛いモニタだけの問題じゃないような気もするわね。
とにかくモニタを一心不乱に見つめても 自分が何色を塗っているのかわからないのよ。 大袈裟な、と思うかも知れないけど 黒と濃紺、茶色なんかの区別はまったくわからないんだもの。 顔の中身なんかは その色の濃淡で表情が違って見えてしまうのよ。
プリントしてみると 可愛いモニタで見ていたのと色が全然違うのは まだ許せるとしても (それを許せるあたくしもどうかしてるわね) キャラの表情がまったく違っちゃうのは許せない。
一成はイっちゃってるし、 更紗は惚けたおばかな子供みたいだし。
顔色もどうも変だと確認すると 影の部分にシアンが入っちゃってるじゃないの。
肌色にシアンは御法度なのよ。 よっぽど才能のある、絵のわかった人が わざと効果として使うならともかく あたくしごときがその御法度を破ったら キャラはただのゾンビ。 そうでなくても貧血寸前。
こうなったら情報の表示をさせて 各色のパーセンテージを いちいち確かめながら塗るしかないわ。
それでも全部のドットを確かめるのは不可能だし、 何度も何度もプリントアウトして発色を確かめる。 気に入らない部分を塗り直す。 プリントアウトの度に、 タブレットのペンをなくして捜しまわる。 とうとうペンを握っても ポインタがぴくりとも動かなくなる。 これはいよいよパソコンごとお逝きになったかと思ったら 握っていたのはだたのシャーペン。 これでポインタが動いたら 心霊現象だわ。
何度もプリントアウトしていたので 紙が切れる。 印刷した感じを見るには一番高い紙、 光沢紙を使わないとわからないのよ。 ひと袋10〜20枚しかないんだから こんなやりかたしていたら いくらあっても足りないのは道理。 締め切りは迫っている(というより過ぎている)のだから 買いに行く暇も頼んでいる暇もない。 しかたないので、ふたまわりも大きな紙に出力。 なんて燃費が悪いのかしら。
怒濤の一人戦争をしている所へだんなが覗きに来て 「そのキャラの唇、変だよ」
なんだか可愛いモニタにひっぱりまわされて いつもの色塗りの仕方を忘れちゃったのよ あたくし。 それであれこれ色を塗り直しているうちに なぜだか唇だけがどんどんリアルになっちゃった。
「そのライトの設定じゃ、そこに影はつかないでしょ。 そこまでリアルに書いてその影は変だよ」
だってドコが変だかわかんないん。
よくあるじゃない、 ひとつの文字を何度も書いていると それがとっても変な形に思えて来て それがほんとにその字なのかどうなのか 疑問が生じちゃう事って。
そんな感じかしら。くすす。 って、笑ってる場合じゃないのよ これは表紙、 コミックスの顔なんだから。
「画像を逆さまにしてみなよ、そしたらわかるよ」 とのだんなの言葉に従い、上下、左右と色々反転。 色付けする段階になって デッサンを裏から見るという手法を使うハメになるとは あたくしほんとにプロかしら。
……どこが狂ってて どうなおせばいいのかわからない……
おかしな絵、もしくは絵が崩れる時というのは そういうものなのよ。 自分ではわからないのよ。 時間がたてば変だとわかるんだけど その時はいいと思って描いているんだからわからないのよ。 そして時間はないのよ 今。
「その角度、そのライティングで唇のそこにそんな影は出来ない。 そんな表情は人間には出来ないって」 「逆さまにしても自分でわからないんじゃダメだね」
そう言い残してだんなはご飯を食べに ダイニングへ行っちゃった。 うちは自分の事は自分で。 (あたくしのご飯はだんなが。)
ちょっと待たれい、 そこまで言って直してくれないとはどういう了見よ この狼藉者〜〜出あえ出あえ とか わけのわかんない事を叫びつつ とりあえず唇ばかりがリアルになっちゃったからおかしいのよ 漫画絵なら多少妙な影でもそれらしければいいんだから と ひとり格闘していたら しばらくしてだんなが戻って来たわ。
「ごめん。 そんな影がつく表情は人間には出来ないなんて言って悪かった、 こうすればできるよ ほら」
そう言ってだんなは 絶対もてそうもないスケベおやじが あややみたいなすこぶる可愛い女の子に バレンタインチョコをもらったような顔をしたわ(当社比) つまり「鼻の下が伸びた」状態なわけなのね。
そして「そんじゃ。ラーメンがのびるから」 と言い残し、ふたたびダイニングへと去って行った。
ラーメン作りつつ、鏡に向かって どうしたらあの不条理な影ができるかと 一生懸命 研究してくれたのに申し訳ないけど あたくしは 一成に そんな顔をさせたかったわけでは 決してないと思うわ。
とにかく唇を全部消して 頭も空にして 一からやり直し。 なんとかスケベおやじは脱したと思われるけどどうかしら。 だんなの点検は受けずに編集部に提出しちゃったけど。
最後のプリントアウトを終えて さんざん手を焼かせてくれたこのモニタを切る時 これでお別れねと思うと悲しくなっっちゃったじゃないの。
パソコンというものは他の家電製品とはなんだか違う。 ものすごい愛着を持ってしまうものなのね。 本体はハードディスクなんだけど やっぱりパソコンの顔はモニタ。 パソコンがこんなに普及する前は モニタこそがパソコン本体だと思っていた人も多いはず。
このモニタもパソコンも3台目なんだけど 寿命が尽きるまでつきあったのは始めてだわ。 今までは 買い替えた時、養子にもらわれて行ったから。
別れがたいわ。
いっそ中身を出して外側だけインテリアボックスとして使用、 というのもなんだか 死んだ恋人の剥製を飾っているみたいでいやんかしら。 っていうか、こういう性格だから あたくし なかなかモノが捨てられなくて どんどん部屋が散らかって行くんじゃないの?
引越しに合わせて買い替えようと思うわ。
今までありがとう 可愛いモニタ。 よく働いてくれたわね。 引き取られて行く時にはピカピカに磨いてあげるわね。
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