HIS AND HER LOG

2006年07月16日(日) 聖母のしろいばら


「何しに来た」
「スパイ、かな」

そう言って、にこ、と微笑んだのは、白い薔薇の花束を持ったつぐみだった。思えばスクアーロと彼女は数時間前までやはり同じ建物の中、今ではひどく損壊されてしまっている中学校にいて、戦いこそしなかったがお互いに敵対すべき立場にたっていたというのに、その数時間後には、まるで当たり前のようにヴァリアーの泊まるホテルに手土産まで持ってやってくるのだから、彼がいぶかしむのも無理はない。つぐみは争奪戦のときに着ていた白いワンピースを着替えていて、今は黒いスカートをはいていた、恐らく、倒れた獄寺隼人に駆け寄った時についた血が原因なのだろう、とスクアーロは考え、回想した、爆風の中からあの男が出てきたときのつぐみの顔、その瞳の色、駆け出すはやさ、彼女によく似合う真白を汚す男の血液。
仲間であるベルフェゴールの安否を気づかうことよりも、そんなことばかりが胸中を占め、スクアーロはひどくいやな気分になっていた、そしてそれを知っていたかのような明日のカード、このことについては何の恨みもなかったが、彼の高まった感情の吐露は全て剣をもって山本になされるに違いなかった。
だから、つぐみの来訪は予期せぬ事態であり、スクアーロをとても困惑させた、その激情は全て、彼女に向けられたものだったからである。スパイ、と笑ったつぐみを見て、彼は言葉をなくし、彼女をめちゃくちゃにしてしまいたくなった、夜に溶ける服を着て、あとはその手に持つ薔薇を捨てれば誰にも見つからないかもしれない、獄寺隼人にも、雲雀恭弥にも、そう、顔に傷を持つあの男にさえも、と人知れずたぎる熱を彼は感じていた。

「冗談よ、彼のお見舞いに来たの」

スクアーロの思考をさえぎってつぐみは花束を差し出した。

「は、誰のことだあ?」
「ほらあの子、ベルフェゴール、ひどいんでしょう?」

傷、とそう続けて、花束を受け取らないスクアーロを置き去りにつぐみは部屋の奥に歩き出した、見知った家とでもいうように、立ち止まることなく進めるその足に、スクアーロはまた困惑し、しかし放っておくわけにもいかない気がして、彼女のあとを早足で追った。

「何でお前がベルの見舞いに・・・」
「だって気になって、あの子、壊れてしまいそうだったから」
「はあ?ベルが壊れてんのは元々だ、最初からあんなだったぜえ」
「そうかもしれないけど、ぎりぎりで保っていたんだと思うわ、でも、もう限界のはず」
「何で分かるんだよ?」
「少し、似てるから」

ガチャ、と鍵もかかっていないドアを開け、つぐみは部屋の中に入っていった、その目の前には、治療を受け終わったベルフェゴールの横たわるベッドがあり、彼女はそれに近づくと、サイドテーブルに花束を置いた。
スクアーロは、何となく追いかけて部屋に入ることがいけないように感じて、開け放したドアに背を預け、横目でつぐみを見ていた、後ろから見ると、黒いジャケットとスカートに身を包む彼女は喪服を着ているようだった、しかし、彼がつぐみから受ける白いオーラが消えているわけではなく、むしろ、彼はいつもよりはっきりと、それを視界に収めていた。そして、ひどく救われたくなった。

ベルフェゴールに手をのばすつぐみを見ても、スクアーロはあの時のように嫉妬することはなかった、なぜなら、それは迷い子に対する聖母の愛撫だったからである。


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ハチス [MAIL]

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