ゼロの視点
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2007年11月02日(金) 靖国神社

 どんどんやる気が落ちている私ゆえ、本日のスタートは昼過ぎにホテルのロビー集合。MGと私達夫婦に、昨晩お邪魔させてもらった家の主・MT氏の4人で、靖国神社へ。

 ここはパリ?、というぐらい曇天で、灰色の雲がアタマにもたれかかってきそうなほど暗く重い日に、あの靖国神社の34mもあるといわれる、あの陰鬱で重厚な鋼管製の鳥居の下を歩くという、マゾヒスティックな試み。あそこまで、なんともいえない波動を感じる鳥居もここだけじゃないか?、と感じてしまうほど、重苦しい・・・。が、またこういうのをあえてするのが好きなのだけれど、ふふふ。

 また、普段は、何も感じない鈍感のような夫でも、あの鳥居をくぐった時に、なんともいえない戦慄が走ったらしいから、これまた興味深い。

 しかし、ここに物心ついてから来たのはもしかして初めてでは?、と気がついた。靖国神社の前は、数え切れないほど通過しているが、実際に確固たる目的をもってやってきたのは、絶対にはじめてと断言できる。ま、小さい頃に親と一緒に来た・・、というような経験はカウントしないとして、の話。

 それにしても警備の仕方とか、ただの神社じゃないな・・、というのはバカでもわかる・・。やはり、想像もつかない重いものが、そこに祭ってあるのか?、なんて深読みしてしまいたくなるほど、他の神社と全然異なる。特に、私達のように、何かに憑依されたように10月20日から延々と神社仏閣めぐりを続けている身だけあって、その肌で感じる《差異》には、いやがおうにも敏感になる。

 本殿まで行き、賽銭箱の横からその中を望遠で撮影して警備の人に夫が厳しい注意を受けている・・・。が・・・・、ま、いつものことだし、つかみはOKってところか?。

 そして、いよいよ遊就館へ。いわゆる軍事博物館の類とはいえ、展示されているものがたくさんあるので、すべてを網羅するには長時間かかる。私達も、一つ一つあまりにもじっくりみたため、気がついたら閉館時間煮なっていたほど。それほど、中身は濃い・・・。

 きっと日本人だけで来たら気がつかなかったのだろうが、今回私はガイド&通訳をかねているので、英語表記されているか否かについては、ものすごく注意を払っている。そして、遊就館なのだが、私からすると肝心なところで、英語表記がなくなり、日本語だけの解説になっていたりすることが多々あり、ビックリ。

 こんな肝心なところを、非日本人に伝えずして、どうやってこれから外交をしていくつもりなんだろうか日本は?、と思ってしまったほど。いつも、諸外国を相手に、日本の政治家が国内向けに発したツモリの、ウッカリ発言が大きく取り上げられて、非難轟々になっているが、これは日本側にも責任あるんじゃないか?、と個人的にイライラすることが多々あった。

 でも、それと同じで、内と外の考え方も解らないではないが、ここ一番で敢えて相手に伝えてみる姿勢は取れないものか?、と真剣に思ってしまった。《黙して語らず》、それを良しとするのは日本国内だけであり、それがいつでも通じるわけでもなく・・・・・。

 理由があって、それぞれの心情があって、そういったことをキッチリ説明することができれば、また違うと思うのは私だけではないと思うのだが・・・・・。いやあ、それにしても非常にもどかしいし、残念だ。私は軍国主義でもないし、右翼でもないが、とはいえ母国日本が誤解されたままでいる・・・、というのもやるせないのだ・・・。

 フランスに住んで気づいたことだが、多くのフランス人はニュースで《kamikaze》という言葉を耳にすることに慣れている。この場合の《kamikaze》は、自爆テロの意味で、イスラム原理主義者がよくやる手段に今は、この《kamikaze》という言葉が使われているのが現状。

 で、この言葉になれたこともあって、フランス人の多くはますます、日本の神風特攻隊とイスラム原理主義者の自爆テロが一緒のものだと思い始めているのだ・・・・・。ということは、フランス人の多くは、神風特攻隊員が好きこのんでアメリカ軍に突っ込んでいったと思い込んでいるということになる。

 となると、これはものすごい誤解になる・・・・・・・・・・・。赤紙という国からの絶対命令が来て、それこそ涙涙で家族と別れ・・・・、という事実を知る人が本当に少ないということに、私は未だに慣れることができない。

 その昔日本で、トルコ風呂という言葉が使われていた時、トルコ政府が抗議したために、今ある《ソープランド》という言葉が誕生したわけだが、在仏日本大使館だって、この《kamikaze》という言葉の誤使用に抗議してもいいのではないか?、と思うことが多々ある。

 ま、こんなことを様々な展示物をみながら思ったものだった・・・・・。さて、夫やMGはどんなことを思ったのだろうか?。また、いつか別の機会に彼らに尋ねてみようと思った。

 靖国神社を出て、少し歩いたところにあった喫茶店で休憩。MGとわしら夫婦3人でしばし談笑。そして、店を出てタクシーをMG用に見つけ、そこでお別れ。明日、MGも一昨日のPDと同じ経路で成田空港に向かい、機上の人となる。

 時には、私の夫以上に手がかかり、殺意が沸くほど頭にきたこともあったけれど、MG,お疲れさま。今日は早めにホテルに戻って、荷造りしながら休んでおくんなまし。そして、またパリでっ♪。一仕事終えたような気分になった私達は、ネオンの中に消えていった。


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