ゼロの視点
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2004年05月02日(日) 死の気配

 昨晩から宿泊しているDAONの木賃宿を後にして、夫の祖父のゆかりの地を訪れた後、わしらのLa Bauleにある別荘に向かう途中、とある作家の家を訪ねた。この作家JPBは、夫のお気に入り作家の一人。ひょんなきっかけから、JPBとコンタクトを取った夫は、本日、彼の家でランチの約束をゲットしたのだった。

 1920年生まれのJPBは、今年84歳。数年前までは、パリにも頻繁にやってきていたものの、さすがに足腰も弱り、現在は、自分の里で執筆活動だけに専念している。私個人としては、それほどJPBの著作には興味はないものの、とはいえ、とある著名作家がどんな私生活を送っているか・・・、ということに非常に興味があったので、喜んで夫に同行する。

 11時半に彼の家に到着するはずが、道に迷い、正午過ぎの到着・・・・(汗)。予定到着時間にたどり着けないと焦った夫が、まったく別人の家に入り込んで、“ボンジュールJPBっ!!”と挨拶した時は、死ぬほど爆笑してしまった。見ず知らずのわけのわからぬ男性に、勢いよく挨拶されて困る人・・・・・。


 さて、ようやく到着したJPBの家は、非常にブルジョワで小さな城ような家だった。憧れの作家の家にようやく到着して、錯乱気味にクルマを駐車させて、玄関とは全然違う方向へ走り出す夫。

 そんな夫と同時に、玄関からのんびりと姿を現すJPB。JPBは、“どこへ走り出しているんだ、こいつ?”、という感じで、あらぬ方向に全力疾走している夫のことを観察している。

 この妙なコントラストがまた私を爆笑させる。勘弁してくれ、夫よ・・・。


 ようやく玄関というものの存在を悟った夫とともに、そこに立ちすくむJPBのところへ私たちは進む。と同時に、別のドアからJPBの妻が私たちのほうへ近寄ってくる。彼の妻は、私が想像していたタイプとはかけ離れていた。

 玄関で4人で挨拶をかわすと同時に、なにか、私を気詰まりにさせる雰囲気を感じてしまった。とはいえ、それがハッキリと何か・・・?、とはまだ分析できなかったのだが・・・・。

 JPBの妻が色々と私に話し掛けてくる。私個人としては、JPBの哲学などを色々知りたかったのに、彼の存在も無視できないので(だって、そこまで図々しくなれない、あまりにも日本人な女性なもので)、彼女の相手をする。

 彼女と話していると、妙なズレを感じ始めた。うまく形容はできない。でも、何かおかしい・・・・。

 さて、どうしたものか・・・・・、と思案しつつ、JPBの妻Mがとりあえずその場から姿を消したあとは、JPBのご自慢の数千冊を誇る書斎見学と、今までの著作および、研究の話に3人で燃える。

 一通り楽しんだ後、サロンでアペリティフ。妻Mが数種類のアルコールを運んでくる。再び4人での会話。が、どうも会話に妙なズレがあるのを再発見。そのうち、妻のMがランチの準備と称して席を立った後、JPBから彼の妻に対しての説明があった。

 彼の妻Mは、実は3年前瀕死の交通事故に遭ったとのこと。妻Mは標準速度でいついもの道をのんびりと走っていたところ、自殺志願者のとある女性ドライバーが、反対車線を走るMのクルマめがけて突入してきたそうだ。そして、正面衝突・・・・・。

 自殺志願者はその目的を遂げたものの、哀れなMは、その事故のおかげで涅槃を一ヶ月の間さまよった挙句、左半身麻痺になってしまった、とのことだった・・・。

 Mは今でこそ身体の麻痺はほとんど取れたものものの、事故当時に受けた脳の損傷が残っており、事故以後痴呆もどきになってしまったらしい。

 それで納得がいった私。だからこそ、彼女が会話に入ってくると、そこには必ずしも“妙なズレ”というものが強く感じられたのだ。そんな彼女は1931年生まれの73歳。

 また、少しは状況が理解できた私は、JPBの家に入った瞬間に感じた“気詰まりな気配”の理由がわかったような気がした。それは、まさしく死の気配。JPB夫妻の横には、大鎌をかかえた死神の存在が活き活きと感じられるようだったのだ・・・。

 JPBの高齢プラス、長年の糖尿病でほとんど視力をうしない、足腰もかなり不自由。そんな彼と一緒に、現実と妄想の区別がつかなくなった妻Mの存在。2人は、2人して支えあっている。しかし、このバランスが一端崩れたらどうなるのだろう・・・・、と考えたらきりがない恐怖。

 JPB曰く、彼の妻Mは事故に遭うまで料理の達人だったとのこと。が、現在は、満足にステーキを焼くこともできなくなっている。現に、私たちというゲストの為に、地鶏の丸焼きをMは準備してくれていたのだが、オーブンを覗くと、彼女曰くきちんと焼けているというその中の地鶏は、回転してない。つまりオーブンが作動すらしてない、ということ・・・。

 キッチンに行ってランチの準備をすると言い、サロンを後にしたMだったが、JPBが私にちょっと彼の妻の様子をみてきてくれる?、と頼むので、城のような家の回廊を疑心暗鬼に進む私。
 
 そして、回廊の一番奥にあるキッチンのドアを発見して、その中に入ると、作動してないオーブンとその隣に置かれた鳥かごの中の十数匹の鳥の鳴き声。そして、そこにはMの姿はない・・・・。

 人間の気配が消えたキッチンにこだまする鳥の鳴き声は、私にとってホラー映画以上の恐怖だ。

 かなり怖くなりながらサロンに戻り、JPBに“あの、奥さんの姿が見当たりません・・・”と報告すると、彼は“キッチンの置くにドアがあるから、きっとその中にいるかもしれないから、よかったら確認してきてくれないか?”と私に言う・・・・。参ったな・・・。

 とはいえ、ま、ちょっと確認してきましょうか・・・、ということで再び長い回廊を歩き出す私。そしてそこを歩いている途中に、回廊の窓から人の気配を感じたので、ふと見ると、広い庭園のベンチにボーっと座っているMを発見。Mの姿は、まるで“彷徨える魂”そのもの。今にでも、現実の世界から旅立とうとしているかのようだった。

 背筋がゾッとした・・・・・・・・・。


 一点を見つめて動かないM。遠くから聞こえる鳥のさえずり・・・。これが、老いというものなのか?!?!?!。

 このまま観察だけしていると、私のほうがアタマが錯乱しそうだったので、ボーっとしているMのところへ勇気を出して近寄り、“お料理手伝いましょうか?”と提案してみた。

 そんな私の提言に快く乗ってくれたM。その後は2人でキッチンに立った。とはいえ、どうもオーブンの回し方すらわからないM。Mの自尊心を傷付けないように注意を払いながらも、とはいえ、生焼けの地鶏は食べたくないという私の欲求をどうやって両立させたらよいのだろうか?!?!?!。ああ、困った。

 

 結局、地鶏はとりあえず焼けた。

 が、部位により生焼けのところがあった。


 そんなことはキッチンの状況でよくわかっていた私は、図々しくも生焼けじゃない部分を手っ取り早く自分の皿に取り分けてみた。ま、アル意味エゴイストな私、というわけである。

 が、夫とJPBは、腿の部分が大好き。そして腿の部分こそ生焼けというわけで、彼らは満足にランチが取れなかった。


 彼ら夫婦とわしら夫婦、全部で4人。なのに、テーブルには5人分の皿。何度もわしらは4人だと妻に説明するJPB。が、妻は“あら、もう一人いるわよ”と言い続け、架空の人物を城のような家中を探しまわる・・・・。


 食後、広大なJPBの庭を4人で散歩する。足腰が不自由で、なかなか前へ進めないJPB。そんな横を同じく事故の後遺症でうまく歩けない彼の妻M。それとは対照的に、春ゆえに咲き誇る花々。栄枯盛衰・・・・・・。

 こんなに私のアタマが混乱する散歩というのも珍しい。たかが数百メートルの散歩に1時間半かかった。

 JPBの頭脳は、老いていく彼の身体に反して、ますます冴えている。逆にいえば、彼の脳がとりあえず身体を動かしているともいえる。また、そんな彼の存在に、寄りかからざるを得ない妻M。2人で1人、一心同体。そして、そこに忍び寄る死の気配。

 一刻も早くここを去りたいと思ってしまう自分。それに反して、JPB夫妻は私たちをたいそう気に入ってくれたようで、“今晩はここに宿泊してくれ”と何度も提言してくる。ありがたいこととはいえ、私はここに留まるには、ちょっとキツイ・・・・・・・。

 家中を支配している死の気配から、私は逃れたかった・・・・。


 さもなくば、近々私が里帰りする理由・・・・、つまりは私の母が、もしかするとJPBの妻Mのようである可能性が濃厚である、ということから眼をそらしたかったのかもしれない。

 なんとか、18時過ぎに彼らの家を離れることができた。それでも、しばらくの間は、今までの状況をどう私のアタマの中で処理していいのか、全くわからなかった。PCで言えば、フリーズしてしまった状態、だ。


 とにかく、本日は形容のない精神的な戦慄を覚えた日になった。
 


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