葉月 凛太郎の日記

2002年11月04日(月) 限りなく幸せでそして残酷な夢

昔飼っていた犬が生き返る夢を見た。
何故生き返ったのだろう?と疑問に思いながら手を伸ばすと。
嬉しげに尾を振りながらよって来た。
背を撫でてやると馴染みのある毛並みの感触がした。
恐る恐る手を胸に当てると、確かに心臓が動いていた。

誰かがどうやって生き返らせたかを説明してたがそんなものはどうでもよかった。
ただ腕の中のぬくもりが。
その毛並みの柔らかな手触りが。
右の手のひらに感じる心臓の鼓動が。

それが、全てだった。

何度も抱きしめながら、信じられなくて不安で。
何度も何度も手を胸にやってその心臓の鼓動を確かめた。
すこし弱っているようではあるが、元気だった。
こちらの顔を舐めてきて、尾を嬉しげに振っていた。

信じられなくて、背を撫でて鼓動を確かめて抱きしめて。
何度も何度も繰り返した。

ああ、生きてる。本当に生きてる。
でも、本当に?本当に生きてるの?

そんな言葉ばかりが頭を巡っていた。

いつも、夢の中ではどこかでそれを冷静に夢だと判断している自分が居た。
それすらも無く、私はいつもと違ってそれを夢だと思っていなかった。
いつもなら、どこかで。
どこかで、夢だと気づいているのに。
夢だから、こんなありえない事が起きているのだと、思っているのに。

その時に限って私は本当に、呆然として。
目の前の光景が信じられなくて。
抱きしめても鼓動を感じても、温かさ、柔らかな感触を感じても。
それでも信じられなくて何度も何度も心臓の音を確認して。
抱きしめて背を撫でて。

生きてる、本当に生きてる、って繰り返し思って。

一瞬の暗転の後。

気づいたら私は布団の中で天井を見上げていた。

寝起きでぼんやりしたまま支度をして学校に行って。
帰ってきてからやっと気づいた。
自分が幸せな夢を見ていたことに。

どうせなら、夢の記憶を思い出さなければよかったのに。
思い出してしまった。


手のひらに感じた鼓動も、毛並みの柔らかな感触も。
覚えていた記憶を元に夢の中では再現されたのだろう。
嫌になるほど、綺麗に残っていて。
本当に、生き返ったの?と呆然としながら手を伸ばして撫でた感触も。
確認した心臓の鼓動も。
簡単に、思い出せるほど鮮明で。
嫌になるほど、生々しく手のひらに感触が残っていて。


泣くしかなかった。

こんな、幸せな夢はここ最近見たことが無い。
こんな、現実にそうなればいいのに、と心底思った夢は。
心の、ほんの片隅ででもこれが夢だと気づかなかった。感じなかった。
まったく無防備にその「事実」を受け止めて何度も確認して本当なんだと思い始めていたそんな時に。
突然その記憶が途切れて、その次の記憶では自分は布団の中で。

思い出せば、自分はまったくそれが夢だと思っていなくて。
現実に起こりえるはずが無い出来事だったのに。
夢だと気づかなかった時点でおかしいのだけれど。

後でその夢の記憶を思い返しても現実だったとしか思えないほど見事に感触が手のひらに残っていて。
無防備にそれを受け入れて、そして違っていたことに気づかされた。

こんなに、しあわせでそして残酷な夢ってなかなか無い。


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葉月 凛太郎