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ゆりかご。 | 2007年07月19日(木) |
無明無音の闇があった。 天地の境はなく、空間に果てもなく。 只人であれば発狂しそうなその闇の中、揺り篭にでも揺られているかのように安らかな表情で指を組み、彼女は眠っていた。 夜を迎える空に似た、藍色の瞳がゆっくりと開かれる。 塗り潰された視界から滲むように、柔らかな明かりがひとつ灯る。 すぐ傍でぷかぷかと浮かぶその光の球を指で突きながら彼女は眠たげに瞬きを繰り返す。 しばらくそうやって遊んでいた彼女はようやく体を起こし、まるでそこに見えない椅子でもあるかのように闇の中に座り、背を預ける。 何もない。宙に伸ばした手は空を掻き、耳は自らの呼吸音や衣擦れの音を捉えるのみ。 けれど不安は覚えない。 この闇が誰によってもたらされているのか、彼女は誰よりよく知っていた。 しいて言うなら、今の彼女は母親の腕に抱かれた赤子のようなものだ。 誰より信頼する者の庇護のうちに置かれている。 外がどんなに騒がしくとも、世界が滅んでいようとも、此処はけして侵されない聖域のようなものだ。 この闇の番人、或いは主人である彼と離れていたのは一年もなかったが、ひどく長い時間だったように思う。 闇から滲む彼の気配はひどく心地が良くて、疲れの抜けきらない体は眠りを求めて意識を沈めようとする。 このまままた寝てしまってもいいな、と思った。 おそらく彼は咎めない。叱るどころか、好きなだけ眠っていろと甘やかしにかかってもおかしくないくらいには、彼は甘い。 うとうとしながら、彼の名前を呼んだ。 「どうした?」 感情の薄い、淡々としたいらえがすぐに返ってきて、彼女は淡く微笑んだ。 闇の中に向かって声を投げかける。 「忙しい?」 「そうでもない」 「外に出てもいい?」 重い沈黙のあと、仕方ないと言いたげな溜息が彼女の耳に届いた。 「……物騒だ」 「それは知ってる」 会話を交わせどその姿をこちらに現さないのは、外で彼が戦っているからだろう。 けして揺らがない闇の揺り篭に保護される形で、今、彼女は全てから疎外されている。 「護ってくれるのは嬉しいけど」 「ならばそこにいてくれ」 「でも逃げるみたいでやだ」 「……」 溜息がひとつ。 「それにまだちゃんと顔見てない」 「……」 もうひとつ。 虚空に向かって両腕を伸ばすと、どこからともなく伸びてきた腕が彼女を抱き上げた。 * 光が瞼を刺す。 そっと両目を見開くと、そこにあったのは飛び散って床を埋め尽くす白い羽毛と、その上に倒れこんでいる幾つもの人影だった。思わずぎょっとして彼にしがみつくと、だから言ったのにと言いたげな顔つきで抱え直される。 「……死んでるの?」 「一応生きてはいる」 黒い外套に包まれるかのような格好で抱き上げられていた彼女は、ふぅん、と頷き、彼の服を引っ張った。 「下ろして」 「……」 しばらく無言で彼女を見つめていた紫色の双眸が、ついっととそらされる。どうやら下ろしてくれる気はないらしい。 しょうがない、と首筋に腕を回して抱きつく。彼は僅かに動揺したように肩を揺らしたが、抱擁されるがままそこに立ち尽くしていた。 「お姫さま抱っこされっぱなしっていうのも結構大変なんだけど」 耳元で再度ねだると、渋々といった体で彼はゆっくりと彼女を床に下ろした。それでも腰に回した腕を解くつもりはないらしく、彼女は彼の外套から顔だけを出すという奇妙な状況に置かれてしまった。 「……変じゃない、これ?」 「いやか」 「まぁ、それは別に」 少々歩きにくいのが難点だったが、彼女は何も言わなかった。 あまり多くを要求すると、敵を前にしてぴりぴりしている今の彼によって問答無用とばかりにまたあの闇の中にしまわれかねない。 天使たちの無残に散った羽を踏みながら、彼女は廊下に出た。 「……派手だなぁ……」 そこには先ほどの室内と同じような光景が延々と広がっていた。 *** テンション低いバカップルを描きたかったんですが予想以上にべったりでどうしようかと思いました。 場面が意味不明なのは仕様ですごめんなさい。ぶっちゃけ話のラストの方です。 出てくるなりパワーバランス崩壊したりとんでもないインフレ起こしてくれるキャラが多いのであああああもうどうするよこれ、となる話ではあるのですが自分の底の方に根付いてるものなのでちゃんと書いてあげたいなあと思います。 |