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一幕。 | 2005年05月28日(土) |
「種族が違うって哀しいわね」 つまらなさそうに呟かれたその一言には苦笑が返ってきた。 猫のように擦り寄ってきた彼女を抱き留めて彼は囁く。 「きみはそれでも生きていけるだろう?」 「後を追うことはしないから安心して頂戴」 「うん、そうだね。きみはそういうひとだ。――でも僕は、縛られ続けているきみは見たくないね」 腕の中の身体が一瞬強張る。 僅かに震えた睫毛を上げて、彼女は見せかけだけは余裕に満ちた微笑を浮かべた。多分彼には見抜かれているだろう。虚勢は彼女の意地だった。 「あなたが死んだら、もうあたしを見るなんて無理でしょう」 「そうかな?」 「そうよ」 人間など死んだらそれまでだ。彼女は死後の世界も生まれ変わりも信じない。 「でも当たっているでしょう?」 「しらないわよ、そんなの。もしかしたらあなたが死んだ翌日に違う誰かに一目惚れしてるかも」 彼はその一言に満足そうに微笑んだ。 「それなら安心だ」 「……。ちょっと」 思わず襟元を引っ掴む。 軽く咳き込んだ彼を揺さぶって、彼女はきっとその目を睨みつけた。 凪いだ海に似た穏やかな双眸が彼女を見下ろす。途端に気勢をそがれて彼女は手を放した。 「ねえ、あたしここまで本気になったのあなたが初めてなのよ? それなのにそれって酷くない?」 「何処が?」 彼は不思議そうに瞬いた。 再び襟首を掴んで揺すりたくなる衝動をこらえて、彼女はそっと彼を見上げる。 「あたしのこと好きじゃないの?」 「好きだよ」 「なのに死んだ次の日に新しい恋人作ってるかも、って言われて何にも思わないっていうかむしろ安心するわけ?」 やきもちを焼くのは自分ばかりだ。 しばらくの沈黙のあと、ことんと彼女の頭に自分の頬を落として、彼は呟いた。 「だってぼくにはどうしようもないからね。きみが泣いているより他の男と幸せになっていてくれた方がずっとましだ」 しん、と痛いほどの沈黙がその場に満ちた。 ****** 異種族恋愛。 |