星降る鍵を探して
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2003年08月27日(水) |
星降る鍵を探して4-2-1 |
4章2節
「清水さん、こっちこっち」 向こうの角で流歌が手招きをしている。剛は消火器に気を取られているふりをやめて流歌に向き直った。彼女は軽やかな足取りで角を曲がり、ひょい、と頭だけ戻して剛を見た。 「だいじょうぶ、誰もいません」 そしてにこっと笑う。あああああああ! と頭の中で絶叫する自分を押し殺し、剛は小走りに流歌の後を追った。スキップでも始めそうな自分の足を戒めるため、鼻歌でも始めそうな自分の鼻を戒めるため、そして気がつけば流歌の姿を凝視してしまいそうな自分の目を戒めるために、暇なときは消火器に気を取られているふりをしなければならない。難儀だ。 角を曲がると、流歌がよどみない足取りで歩いていくのが見える。 ――ここがどの辺か、わかっておるのか? 訊ねたかったが、声を出したら上擦ってしまいそうなので、剛は先ほどからずっと沈黙したままだった。何しろ今は流歌と二人で、二人っきりで、おまけに逃げられも警戒されも威嚇されもせずに一緒に歩いているのだ。そんな場合ではないと思いつつ、そして先ほどの、あの『先生』という男の存在が暗い影を投げかけてはいたけれども、しかしどうしても浮かれずにはいられない。軽薄だと笑わば笑え。今この時を満喫しなかったら、こんな機会はもう二度と巡っては来ないかもしれないのだ。 流歌はぺたぺたと足音を響かせながら少し先を歩いている。 靴を取られてしまったのだと言っていた、靴下のむき出しの足がひどく小さく見えた。剛は体温が有り余っているような男だから、流歌の足の裏がさぞ冷え切って寒いだろう、と、想像することは出来なかった。しかし流歌の足をじっくり見たのはこれが初めてで、そのあまりの小ささに驚いていた。剛の足の、半分もないのじゃないだろうかとすら思える。 ――俺の靴を貸してやろうにも、あまりにもサイズが違うしなあ。 ぶかぶかどころの騒ぎじゃない。がぼがぼだ。 ――おまけにしばらく洗ってないしなあ。 まあ別にそんなことを正直に言う必要もないのだが、この部活で泥まみれになった靴を流歌の足にはかせるのはどうしても抵抗がある。だから剛は黙ったまま、ただ流歌の足下を見つめて歩いていた。ここを見ていれば、流歌が振り返っても、見つめていたのだとばれずに済むではないか。 「あ、こっち。曲がります」 流歌がそう言って手招きをする。流歌の取るルートは非常に入り組んでいた。二人はいつしか、全くひと気のない――どころか全く物音すらしない、白々と冷たい無機質な一角に入り込んでいた。一体どこへ向かうのだろう。どうして流歌は、この中にこんなに詳しいのだろう? だが、現に、先ほどまでどやどやと追いかけてきていた追っ手は今や完全に撒かれたらしい。あのまま、剛の本能の赴くままに階段を駆け下りていたら、恐らく簡単に捕まっていただろう。そう思うと流歌がこの中に詳しいのは非常にありがたいことなのだが、どうしても気にかかるのだ。なぜこの中に、そんなに詳しいのか。 「須藤流歌」 声をかける。声は上擦ってはいなかったが、振り返った流歌と目があってしまって、剛は咳払いをひとつ、した。 「なぜこの中に、そんなに詳しいのだ。連れてこられたときに見ておいたのか?」 「ああ……」 流歌は頷き、そして苦笑した。 「いいえ。ここに来たときには目隠しされてましたから」 目隠し……! 剛は怒りに震えた。なんたることだ捕まえて監禁することだけでも万死に値するというのになんたることだ目隠しを目隠しを目隠しをするなんておのれ何てことをしやがるのだ! しかし流歌は剛の憤りには全く気づかず、言葉を継いだ。 「あたしがここに詳しいのは、下見のたまものです」 「し?」 怒りに我を忘れかけていたので、一瞬何を言われたかわからなかった。剛の間抜けな声に、流歌が頷いてくれる。 「下見です」 「……下見?」 「下見というか、下調べというか。金時計があったのは結局この建物じゃなかったんですけど、この敷地内の建物ならわりと詳しいですよ、あたし」 逃げ出した直後はどこのビルかわかんなくて混乱してたんですけど今はもう大丈夫ですよ、と事も無げに語る流歌を、剛はしばらく、ぼんやりと見つめた。どういう意味だろう、といちいち考えないと理解できない自分の鈍さが悔しい。 ということはだ。 つまりだ。 下見というのは…… 「つまり金時計を盗み出すためにこの敷地内の建物の下調べをした、と」 「そうそう、そうです」 流歌はにっこりした。 「あたしも最近まで知らなかったんですけど。怪盗って派手でしょ? だから行き当たりばったりに忍び込んで手当たり次第に盗み出すとか、そういうイメージだったんですよ。でも実は結構地道なんですって。ある宝を手に入れようと思って、狙った建物の見取り図を手に入れようとして、また別のところに忍び込んだりってやってるんですよ」
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