星降る鍵を探して
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2003年07月30日(水) |
星降る鍵を探して4-1-2 |
――「先生」に会ったことで金縛りになったところを救い上げてくれたのは、清水さんだった。 思い返して流歌は剛を見上げた。 ――今更、金縛りになるなんて。 もう、あの時とは違うと思っていたのに。 先ほど桜井が自分の前に立ったとき、自分の胸の内に沸き上がった感情を、流歌は今更不思議に思った。会いたくなんか、なかった。これは、真実。でも。 ――会いたくて、たまらなかった。 これも、本当のことだ。 どうして? あたしは「先生」なんか大嫌いなのに。 そう、大嫌いだ。だから、「先生」があんな仕事に就いたと知ったとき、邪魔をしてやりたいと思った。一年先に大学に入って”怪盗”になった兄は、流歌が兄の助手みたいなことをするのを喜ばなかったけれど、無理を言って――半ば脅すようにして、出来るだけ「先生」の関わる仕事を選んで、兄について行ったのだ。「先生」は「人には言えない宝」を守るのが仕事だから、兄にくっついて荒稼ぎをしていればいつかは先生に出会うだろうと、出会って罵倒してやろうと、思っていた。……それなのに。 だからもう一度「先生」に会うことは覚悟していた。それどころか、自分でそれを選んで―― 「須藤流歌?」 剛が心配そうな声をかけて来、流歌は剛を見上げたまま、苦笑を唇に刻んだ。 ああ、そうか。 あたしは、やっぱり、先生に会いたかった、のかな。 だから、兄にくっついて助手の仕事をしたりしてた、のかな。 だから……圭太は、兄は、流歌がくっついてくるのをあまり喜んでいなかったのかな。自分でさえ把握していなかったこの心の揺れを、兄は、敏感に察していたのかな。桜井を前にしたいざというあの時に、まだあたしがただ金縛りになるしかないくらいに、気持ちの整理がついていなかったことを、……知っていたの、かなあ。 七年前から、あたしがちっとも進歩していないことを。 「どうしたのだ」 剛の言葉は力強くて、「先生」に会ったことでおぼつかなくなっていた流歌の足を大地につなぎ止めてくれそうな、不思議な引力を発している。 剛はことごとく桜井と違った。体格や性格はもちろん、気配でさえも。希薄で、目を離すともうどこにいるのかわからなくなりそうな、神秘的な気配ではなく。剛の気配はただそこに存在しているだけで自己主張をしているような、強烈なものだ。 もしあそこで清水さんが怒鳴ってくれなかったら、あたしは「先生」の気配に引きずられて大気に融けてしまったかもしれない。 簡単に「先生」に引きずられてしまうあたしとは違って、清水さんはたった一人だけでも、ちゃんと立っていられる。 「ありがとう……ございました」 剛を見上げて、流歌は、顔を微笑みの形に意識して変えた。悔しい、と思っていた。清水さんはあたしを助けに来たと言って――本当に、実際に、助けてくれたのだ。ただああやって叫んでくれただけで。大地に両足を踏ん張って怒鳴ってくれた剛の声が、流歌の耳に甦ってくる。あの揺らがない力強い声。ありがたいとは思う。でも。 ……悔しい。 微動だにしない彼の気配が、わけもなく悔しかった。この人はきっと、あたしみたいに、揺らいだりしないのだろうと思うと。 八つ当たりに近いものだとは、わかっているけれど。 「おかげで助かりました。あのままあそこにいたら、捕まっちゃうところだった」 悔しさを押し殺して、笑顔を浮かべて、流歌はそう言った。剛を傷つけたくないために、この悔しさを押し隠して笑顔を浮かべたわけではない。この笑顔は自分のためだ。ちっぽけな自分を、剛の前に、さらさないために、流歌は笑った。
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