星降る鍵を探して
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2003年06月22日(日) |
星降る鍵を探して3-2-1 |
2節
『一年……』 呟くように言ってから、自分の声が震えているのに気づいた。手を挙げてみると包帯がぐるぐると巻かれていた。ああ、そうか、事故に遭ったんっだっけ。考えることはやけに他人事なのに、声が震えているのが自分でも不思議、だ。 『……』 何か、言わなきゃ。 流歌は自分の頭の中を引っかき回して、言うべき言葉を探した。ベッドの隣に立ち尽くしたままの父と、座り込んで流歌の包帯まみれの手を握ってくれている母は、どちらも悲痛な顔をしていた。 そんな顔をしないで欲しいのに。 ひどい事故だった。死ななかっただけでも幸運だと言われたのだ。だから、入院とリハビリのために一年学校を休まなければならないことくらい、どうということもない。自分が助かったのだとわかったとき、父と母はとても喜んでくれた。流歌も嬉しかった。だから、そんな顔をしないで。あたしなら大丈夫、リハビリだって頑張るし、二度と学校に行けないってわけじゃないのだ。 そう、思っているのに。 震えた声を出したら、泣き出してしまいそうで。 父と母の向こうに、双子の兄が立っている。流歌は言葉を発することができないまま、兄を見た。 昔はよく似ていると言われた顔だけど、今ではもう自分に似ているなんて思えないほど、兄は整った顔立ちをしている。その顔は無表情だった。今なら、兄が、悲痛な感情を必死で押し殺していたのだと言うことは理解できる。でも、あのときの流歌には、圭太がその時何を考えているのかがわからなかった。双子の片割れが、今何を感じて、何を思っているのか、わからなくなったことに愕然とした。 圭太の感情の色をいつも読むことが出来たことが、どんなに自分にとって大切なことだったのか、ということにその時初めて、気づいた。 一卵性じゃないけど同じ時に生まれてきて、それからずっと一緒に生きてきた。圭太とも、これからは一年ずつ、ずれた時間を歩んで行かなければならないのか。 ――ああ、そうか…… それこそが、今感じている不安の正体なのだと気づいて、流歌は無理矢理微笑んだ。 『大丈夫、だよ』 そうだ、これからは、今まで通りではいられないのだ。 双子だからっていつまでも同じ道を歩んでいけるとは限らない。いつかはこのような日が来るってわかっていたし、他の子たちは初めから一人で生まれてきていたんだ。同じ学年に自分の片割れがいない、ということは、他の子たちにとっては当たり前のことなのだ。だから。 『お父さん、お願いがあるの』 流歌は父にと言うよりは、兄に向けて微笑んだ。 『家庭教師、つけて欲しいな。今年はどうせ、受験だったし。そうしたら、受験勉強が他の人の倍できるでしょう』
やがてやってきた「先生」は、なんと江戸大学の4年生だった。 でも、流歌の想像していた「江戸大学の学生」のイメージからはかけはなれていた。茫洋とした顔立ち、茫漠とした雰囲気。でも話してみると、その雰囲気とは裏腹に、とても鋭い人だと思った。 そして彼は、一言も、流歌の遭った事故についての同情の言葉を漏らさなかった。
*
「おーい」 ――先生が卒業してからこんな仕事をしてたなんて。 「ちょっとー」 ――授業はスパルタだったなあ。怒ると怖いんだ。すごく。 「……こらっ!」 「ひゃあっ!?」 流歌は飛び起きた。飛び起きた瞬間にソファの足に頭をぶつけた。ごっつん、と衝撃が走って火花が飛んだ。一瞬自分がどこにいるのかわからない――じんじん痛む頭をさする内に、少し目が覚めてくる。 「そんなところで寝てると、風邪を引くわよ」 「……!」 至近距離から覗き込まれていたことに気づいて、流歌は飛びすさった。がん! 再びソファの足に頭をぶつける。 痛い。
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