人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2002年12月05日(木) 昔の話なんかじゃない

映画『GO』を見て、考えてしまった。

小学校2年生のとき、九九暗記テストがあった。毎日毎日、ひとりひとり、担任の前で「イチカケルイチハ・・・」から「ククハチジュウイチ」までずっと言わなければならない。1回間違えたら、もうそこでアウト。
先生も大変だったろうが、生徒だって大変だ。ちなみに私はクラスでびりを取った。もっと言えば、足し算も引き算もクラスで一番最後まで理解できない生徒だった。
まったくもって輝かしい過去・・・。

そんな私の担任の先生は、とってもひいきする先生だった。賢い子をかわいがり、私のように出来の悪い子は目に入っていないような先生だった。
これは、私の被害妄想ではなさそうだ。その後、その先生は「ひいき」問題でPTAから吊るし上げを食らっている。
そんなわけで、私も差別経験者。



同和。4つ下の我が妹はこの単語を高校に上がっていても知らなかった。
部落。私の短大の同級生にこの単語を知らない人がいた。
えた・ひにん、職場の同期もこの言葉を知らない者がいた。

私がこの単語を知ったのは、小学生のときだった。学校では教わらなかった。父が、役所に置いてあった部落差別が題材の漫画を私にくれたのだ。
父は何を意図して私にそれをくれたのか。成人してから、あれは家庭内教育の一環だったのかと父に尋ねたのだが、父はそんな漫画のことは覚えていなかった。
だけど父は、「バカチョンカメラ」という言葉を使ってはいけないと言っていたことだけは覚えていた。小学校で覚えてきた言葉を、親にはじめて使ってはいけないとたしなめられた、あの記憶。バカチョンカメラの意味を聞き、ひどく傷ついたことを記憶している。

大学の心理学で、外国で行われた「差別とはどういったものか?」ということを教える授業について話を聞いたことがある。ひとつのクラスをふたつに分け、片方をすぐれたグループ、片方をダメなグループに分け、それぞれの立場で一日ずつ過ごすというものだった。
私はこの授業のやり方は、少々乱暴であるが、個人的には好きな授業進行法であると思う。このくらいしないと、人は差別される者の痛みなど分からない。

私の今の勤務地は、いわゆる「部落地域」だ。ネットでも、そのことについてたくさん載っている。一部の人間に、差別されつづけている。役所の中にさえ、その地域に昔から住む人たちを差別している者が、年齢が若くても存在している。
地元の人の話も聞く。地元から少し離れた地での就職困難、婚姻破談。
まさか今でも、と思うような、でもあってもおかしくないと思うような。実際、まだ差別は根強く根深く残っていて。

私だって差別する。
就職しておきながら仕事をしないで遊んでいる人。子どもを産んだにもかかわらず育児を放棄している人。
だけど、たいした理由もなく人を差別したりしない。それなりに根拠があってする。

部落出身者だからって何? 同性愛者だからって何? 生活習慣病罹患者って何? 年齢が若い親だからって何? 大学出てないからって何? 寝たきりだからって何? 片親だからって何? 年の差のある恋愛だからって何?

「その人自身」を見ないで、過去に囚われ、失われつつある家族機能の体裁に縛られ、その立場にある人を無差別に差別する人はいる。

ねえ、差別ってどうよ?


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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