人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2002年09月18日(水) 心の思いが声に出せない

声が出ない。

昨晩、彼の元からうちに帰ってきた。トータルすればデートは楽しかったけど、実際のところ、色々あって疲れた。
それにしても、やっぱり季節の変わり目の旅行っていかん。一昨日から喉の奥が痛むような・・・って思っていたら、やっぱり昨日からくしゃみと水鼻が止まらない。今朝なんて、喉が痛すぎて声が出せない。今日から仕事開始なのに・・・耳鼻咽喉科関係、弱すぎで悲しい。

でも、私の声が出ないことなんかより、大変なことがあった。
彼のお父さんは60代後半なのだけれど、7年位前に脳梗塞で倒れて、以来ちょっと右麻痺が身体に少し残る生活を送っていた。だけど、最近になって足腰が弱まり、とうとう一昨日には呂律が回らなくなってしまった。一昨日、彼の家に泊まりに行って発覚。
声が、ほとんど聞き取れないのだ。家族なら、長年一緒にいたので勘も働くし、それなりにどんな人柄だかわかっているので何を言っているかは大体分かるものだ。けれど、私のように赤の他人だと、簡単な会話しかできない。しかし、会話の細部は分からないけれど。
しかも、幸か不幸か、他人の言っていることは分かるのだ。お母さんの話によると、テレビ見て笑ったり、「これ?」と聞いて頷く程度の会話はすんなりできるという。

彼とお父さんは、あまり仲がいいとは言えない。端から見ていると、同族嫌悪に近いものがあるのかなあ、なんて思うのだけれど。
けれど、それは家族間の甘えみたいなものがある当たり方だ。だから、彼ははっきりと目に見えて弱っていく親の姿に、ショックを受けたようだった。
いつもは「あのしょーもないじじい」と称していたお父さんに、「あんなにしゃべるのが好きな奴がしゃべられないなんて、かわいそうだ」と言った。

その晩は、やけに思い出話が多かった。彼が知っている限りのお父さんの生い立ちを話してくれた。お父さんとの思い出を話してくれた。私は、彼の膝に自分の手を添えた。人を慰める術のひとつとして、アタッチメントの有効性は知っていたから。

「もう、先は長くないかもしれないなあ・・・」呟いた彼の目が、潤んでいた。だから私は、泣き出してしまった。
私が先に泣いたら、彼は泣けないかもしれないと思いながらも、私の涙腺の方はギブアップしてしまった。
「奎佐、俺の親父のことで泣かせてごめんなあ。ありがとな」
私は彼に、かえって気を使わせてしまった。

結局、次の日病院に行ったら、お父さんは入院することになった。とりあえず病院には彼のお母さんが一緒に行ってくれたので、彼とは1日一緒にいられたのだけど。

心に色んな思いが溜まっても、それを声に出して伝えることができない。
それって、とっても悲しくてさみしいこと。
伝えたいことを伝えたいときには、もうその相手がいなくなっていることもあって。

素直になるタイミングを逸してはダメと、本当は彼に伝えたいのだけれど。それを一番よく知っているのは、彼自身なのかもしれない。

私は自分の風邪を早く治して、彼の精神的フォローに回らなくてはならない。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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