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2010年10月29日(金) 不可解――住生活、横浜球団買収断念

住生活グループ傘下の事業会社、トステムの溝口和美副社長は27日午後、プロ野球の横浜ベイスターズ買収断念について記者会見し「諸条件が折り合わず、非常に残念。ベイスターズのためにどのようにしたら一番応援できるのか念頭に置いてきたが、かなわなくなった」と語った。交渉が決裂した具体的な要因については「守秘義務があって答えられない」と述べるにとどめた。球団買収に名乗りを上げたことが、売名行為ではないかとの指摘に対しては「売名行為ならば手を挙げるだけで済んでいた。プロジェクトチームを立ち上げて人数と時間をかけて検討したので当てはまらない」と反論した。球団の親会社であるTBSホールディングスに関しては「直前まで話し合いの場を作ってくれて感謝する」と述べた。〔日経QUICKニュース〕

○交渉過程の情報が漏洩

交渉が不調に終わった要因については語られていないが、一部報道によると、本拠地問題だったといわれている。買い手(住生活グループ)が新潟移転を希望したが、売り手(TBSホールディングス)が難色を示したらしい。交渉中にもかかわらず、この対立がマスコミに漏れ、神奈川県及び横浜市の首長が本拠地移転に反対を表明した。さらに、一部マスコミが本拠地移転は良くないことだという報道を繰り返し、いつのまにか、横浜にプロ野球球団を残せという「世論」が形成された。あたかも、買い手(住生活)が悪者であるかのように、世間は受け止め始めたのだ。本拠地移転は地域の野球文化を破壊する、という論調の報道まで現れた。

○民間同士の取引に行政(首長)が干渉

本件に係る本拠地問題をめぐる関係者の発言等は、筆者にとって大きな驚きだった。驚きの第一は、民間企業同士の売買について、神奈川県及び横浜市の首長が干渉とも思える発言をしたことだ。干渉した根拠は、どうやら、プロ野球球団が「文化財」であり、県民・市民の共有財産であるかのような扱いを受けるという認識によるものと推定される。筆者は、民間同士の取引に、行政が口出しすることはあってはならないものだと考える。二人の首長の発言が市民・県民の総意ならば、ベイスターズの保持にむけて、税金を投入すればいいとも思うのだが、そういう具体的発言はなかった。日本のマスコミは、口先介入の二人の首長を非難しなかったばかりか、二人の首長の発言を支持するものもあった。

第二は、プロ野球球団の本拠地移転は、“まかりならぬ”という「常識」がマスコミを通じて流布され、世論形成されたことだ。

今回のケースを大雑把に振り返ってみよう――赤字を出し続ける球団の保有者(TBS)が、それをを売りに出そうとした。幸いにして、一人の買い手=投資家が手を挙げた。その投資家は、球団を横浜以外で経営したいという希望をもっていた。ところが、交渉の最中であるにもかかわらず、その情報が漏洩し、移転を聞きつけた神奈川県及び横浜市の首長並びにマスコミ等が、本拠地移転はいかん、といって、取引を妨害した。

恐ろしい話ではないか。首長、マスコミの妨害に驚いた投資家は、慌てて手を下ろし、売買は不成立となった。その結果、TBSは来シーズンも、引き続き、ベイスターズを経営することになった。2011年シーズンに横浜球団が赤字となると決まったわけではないが、その可能性はいまのところ低いだろう。

○日ハム、楽天は本拠地を移転

いま現在、日本のプロ野球の球団数は12、本拠地は札幌・仙台・所沢・千葉・東京・横浜・名古屋、大阪、広島、福岡の10都市だ。現行の体制が成立したのは、日本ハムが東京から札幌に、楽天(旧近鉄)が大阪から仙台に本拠地を移した結果である。そのとき、本拠地移転は容認された。日本ハムは東京を本拠としていたが、東京を本拠地とする球団は読売・ヤクルトと、また、楽天の場合は、大阪・神戸に阪神、オリックスが、それぞれ、2球団ずつあった。本拠地移転が許容されたのは、1都市に複数の球団が本拠地を置いていたからだろうか。この論法でいくと、現行、1都市に複数球団が存在するのは東京のみで、今後は、読売かヤクルトが売りに出された場合のみ、本拠地移転が許容されることになる。

本件を前例とするならば、既存球団を購入し、本拠地を移転したいという希望を持つ投資家は、ヤクルト・読売以外は買えないことになる。前出の10都市以外を本拠地としてプロ野球球団を運営しようと思っている投資家は、プロ野球経営に参入できない。プロ野球の本拠地は、10都市に与えられた既得権なのか、ほかの都市は、プロ野球を誘致できないのか。なんとも、不合理、不平等な話ではないか。

○MLBでは移転はあたりまえ

アメリカ大リーグ(以下「MLB」と略記。)の場合、第二次世界大戦後、本拠地移転が活発化した。MLBの本拠地移転事例は複数ある。いま、ワールドシリーズを戦っているサンフランシスコ・ジャイアンツは、1882年、ニューヨークに創設されたものだが、1958年に現在のサンフランシスコに本拠地移転をしている。ロスアンゼルス・ドジャーズ(1883年、ブルックリンに創設)も、1958年にLAに本拠地を移している。本拠地移転の理由は、MLBの市場を西海岸へ拡大するためだった。

アトランタ・ブレーブスは、前身であるレッドストッキングスがシンシナティに創設されたのだが、その後、ボストンに移転し、ブレーブスと改名、さらに、ミルウォーキーを経て現在のアトランタに移った。ブレーブスはなんと3度も本拠地を移転している。

MLBの球団は、その黎明期、東海岸に集中して創設されたのだが、米国西部、南部の人口増及び経済発展に伴い、本拠地の分散化及び球団数増が図られてきた。MLBは、19世紀末から21世紀初頭にかけての百数十年の歳月をかけ、現在の2リーグ、30球団という威容を誇るまでに成長してきた。

○日本プロ野球の球団数は少なすぎる

一方、日本プロ野球(NPB)は、1936年に創設されて以来、80年弱の歴史を誇るものの、その規模の拡大はみられず、2リーグ12球団で停滞している。米国は国土が広くて人口が多いから、球団数が多くて当然という考え方もあるかもしれないが、世界各国のサッカーのリーグのチーム数をみると、日本(J1リーグ)18、イングランド(プレミア)20、イタリア(セリエA)20、ドイツ(ブンデスリーガ)18、米国(MLS)16となっている。

サッカーの世界各国のトップリーグのチーム数は、日本プロ野球よりも多い。しかも、米国よりも面積・人口で劣る日本、欧州のほうが、米国のサッカーチーム数よりも多い。つまり、プロスポーツにおけるトップリーグのチーム数は、その国の人口・面積とは相対的に独自に決まっている。チーム数の多寡を決定する指標は、おそらく、そのスポーツの普及度(競技人口、社会への浸透度等)ではないか。日本における野球の競技人口、社会への浸透度は、いまのところ、サッカーより高い。ということは、日本のプロ野球の球団数は少なすぎる。サッカーの場合、J1にJ2等の下部リーグのチーム数を加算すると、日本のプロ野球のチーム数を圧倒する。日本のプロ野球の球団数は、異常に少ない。

では、日本プロ野球のトップリーグにおける球団数は、どのくらいが適正なのかということになるが、投資家(球団経営希望者)の意欲次第であるから、市場による淘汰という結果を経なければなんともいえない。敢えて、筆者の直感を披瀝すれば、日本の地方球場の整備状況、野球文化の根強い浸透度、野球人口等から推測して、16〜20球団あって、おかしくないと思う。

○本拠地選択は市場原理に基づく以外ない

このたびのベイスターズ買収騒動の場合、投資家(住生活グループ)は、ベイスターズを「射抜き」で一度買い上げ、それを新潟に移築すれば、短期間で黒字転換が可能だと考えていたようだ。このような判断は、投資家としてきわめて合理的なものだ。首都圏(東京・横浜・千葉・埼玉)には、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズ、東京ヤクルトスワローズ、千葉ロッテマリーンズ、埼玉西武ライオンスと5球団が集中しており、人気抜群の読売が圧倒的ファン数を有している。横浜は東京とは風土が異なるから、横浜を本拠地にチームを立て直すという戦略はなくはないが、それよりも、まっさらな新潟に本拠地を移転したほうが、球団経営はやりやすい。札幌、仙台での成功事例がある。しかも新潟の場合、サッカーJリーグで成功した実績がある。J1のアルビレックス新潟との相乗効果も期待できる。

○「強ければ客が集まる」という論法は稚拙

TVのワイドショーに出演するコメンテーター諸氏は、横浜ベイスターズの球団経営の失敗の主因を、「ベイスターズが弱いからだ」と分析する。それだけなのだろうか。プロスポーツの成績においては、常勝ということはありえない。プロ野球界でかつて、読売が「V9」を成し遂げたことがあったが、それこそ奇跡であり、異常現象だ。横浜が優勝する可能性は、よくて5シーズンに1回程度だろう。あれほどの投資をする読売でも、「V3」どまり。

つまり、「勝てば客が入る」という論法は、球団経営の必要条件の1つにすぎない。勝ったり負けたりでも、球団経営ができる環境を模索しなければいけない。賛同しかねるが、「巨人軍頼み」も、その一つだ。しかし、いま、日本社会では「巨人離れ」が進んでいる。このたびのベイスターズの身売り話は、一極集中した「巨人人気」に依存した、セリーグで起ったことに注目したい。「巨人」人気依存の間逆の道を目指して球団経営に成功したのが、パリーグの札幌(ファイターズ)だろう。また、福岡に地元密着した、ソフトバンクホークスも「巨人」依存から脱した結果だ。読売との試合が少ないパリーグは、所属する6球団の本拠地が、札幌、仙台、千葉、埼玉、大阪、福岡、と適当に分散化した。そしてそれぞれが、本拠地中心の経営方針を立て、地道な努力をして、成功をおさめようとしている。このことが意味するのは、「巨人軍一極集中人気」の終焉以外のなにものでもない。

○日本プロ野球は不自然なまま

前出の通り、住生活はベイスターズを「射抜き」で買い取り、新潟に移築しようとしたが、市場の外部の力に阻まれた。しかし、前述した通り、住生活は投資家という立場で、合理的な行動をとろうとしたにすぎない。

問題は、日本プロ野球のあり方のほうだ。アメリカにおいては、MLBが19世紀末の創成期を経て、20世紀中葉に健在化した市場拡大への適合=拡大を果たしたが、日本プロ野球界ではそうならなかった。そのことは、日本のプロ野球業界が、市場原理とあまりにも乖離した行動原理をもっていた結果だと考えられる。日本プロ野球業界は、少なくとも、20世紀末には球団本拠地の分散化と球団数の増加に向けて動き出していなければならなかった。

推測だが、日本プロ野球業界には、投資家の参入を拒む、すなわち、市場原理を排する、不自然な規制を設けている疑いがある、換言すれば、独占禁止法に抵触する疑いもある。

日本における野球人口と野球人気、そして、社会への浸透度を考慮するならば、球団数の増加と本拠地の拡散は必然だ。たとえば、12球団が保有している「二軍」を別経営にすることも考えられるし、都市対抗リーグのプロ化も考えられる。プロ野球市場を、新たな投資家、参入者に開放すれば、いかなる変化も起り得るし、起り得ないかもしれない。しかし、球団を所有したがっている都市と投資家の欲望、要望を解放すれば、プロ野球市場は、もっと拡大する可能性のほうが高いと筆者は思う。世界的不況下、スポーツビジネスのみがグローバルに活況を呈している現実をどう受け止めるか。

○日本プロ野球業界の近代化が必要

日本プロ野球の運営、管理等に強い権限をもっているオーナー会議や球団の所有に係る規定を見直したほうがよい。日本プロ野球の球団オーナーは、読売のW氏に仕切られた、中世のギルドのようにみえる。スポーツ・ビジネスの可能性を切り開く、近代性に乏しいのではないか。親分衆・旦那衆の寄り合いから、近代的な投資家・経営者の集まりに変わってほしい。繰り返すが、日本のプロ野球は、もっともっと発展する可能性を持っている。プロ野球球団を所有したがっている者の参入意欲を刺激し、その規模を拡大する方向に舵を切ってほしい。

横浜ベイスターズの身売り騒動は、プロ野球業界の閉鎖性、市場原理との乖離、意図的とも思える情報漏洩、行政の市場介入・・・といった、日本経済の暗部を見せつけて終わった。しかも、そこで暗躍するのが大手マスコミである。困ったものだ。


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