| 2004年08月17日(火) |
予選で消えた五輪代表 |
五輪代表がパラグアイ、イタリアに連敗し、予選リーグで早々と消えた。残念だが仕方がない。結果を真摯に受け止めるよりほかはない。 日本が入ったアテネ五輪予選リーググループは「死のグループ」と呼ばれた。日本より力の上の国が本来の力を発揮し、日本は敗れるべくして敗れた。日本の特徴であるチームワーク、コンビネーション、結束力を基盤にしたサッカーでは、歯が立たなかった。それを世界の壁と言ってもいい。 一言で言えば「力負け」なのだけれど、私は春のアジア予選のとき当コラムで、もちろん悪意ではないけれど、いまの日本U23代表チームは五輪に行かないほうがいいと書いた。アジア予選はグループに恵まれ、UAE〜日本の2カ国セントラル方式という幸運に恵まれ、更にアラブ諸国の自滅に救われ、予選を突破した。結果は出したものの、日本の五輪代表のサッカーの質は高くないように見えた。 そればかりではない。私は当時のコラムで、Y氏の監督能力を問題にした。その要旨を繰り返せば、日本のスポーツジャーナリズムはY氏を名監督と持ち上げていたが、その評価に疑問をもっていた。Y氏はトルシエ前監督の補佐役だったが、Jリーグの監督経験すらない。名コーチだったが、実戦経験に乏しい。監督として、勝負の経験がないに等しい。 さて、五輪第一戦前の日本のスポーツジャーナリズムは、対戦相手のパラグアイを守備的でカウンター攻撃を得意とするチームだ、と分析していた。パラグアイのフル代表の戦い方は、確かにそのとおり。南米の地図を眺めると、パラグアイはブラジルとアルゼンチンという2つの大国にはさまれている。国土の広さのみならず、サッカーの実力でも同じことだ。パラグアイが南米の超攻撃的な2大強国としのぎを削って戦うには、守備的なサッカーでなければならなかった。W杯南米予選、コパアメリカ、W杯本番等の試合を見る限り、パラグアイ代表のサッカーは守備的と言える。しかし、パラグアイがU23で日本と五輪で戦うとき、必ずしもフル代表のように守備的である必要はない。FIFAランキングではパラグアイより日本のほうが上だが、それを信じているパラグアイ人は一人もいない(だろう)。相手(日本)は3バックでしかも、自分達(パラグアイ)を守備的だと考えている。ならば、その裏をついて3トップで攻め勝ってやろう――そんな選択をパラグアイの監督がすることもあり得るし、現にそうだった。それを結果論と片付けることもできるが、現実はそのように展開して、日本は負けたのだ。勝手な推測で言えば、Y監督はパラグアイを日本のスポーツジャーナリズムが報道するとおりのチームだというイメージをもって試合に臨んだ可能性を否定できない。 第2戦目のイタリア戦は、相手は強豪だから守備を固めようと試合に臨み、その守備が簡単に破綻して負けた。私はY監督がパラグアイ→イタリア→ガーナについて、どのようなゲームプランをもっていたのかがわからない。この3国相手だったら玉砕だ、という戦略もある。ただ、対戦3カ国中、最も勝つチャンスが高かったパラグアイ戦の作戦の誤りが、予選敗退のすべてだった。 日本のU23代表は周到な準備をして五輪に臨んだ。おそらく、五輪出場国中、日本の強化費用は群を抜いて高かったに違いない。国民的関心・支持も高かった。資金面、国民のサポート面、最も高いコストをかけながら、結果は伴わなかった。さらには、高原にこだわったOA枠も不可解だった。FWに固執せずスピードがあって守備の強いサイドハーフを選択することも出来た。 Y監督の今後については、繰り返すが、Jリーグ(J1、J2を問わず)の監督になって、監督業を勉強してほしい。できれば、弱小チームの監督に就任し、そのチームを再建する仕事から始めてほしい。監督業として、泥をかぶってほしい。なぜならば、Y氏は日本の指導者の中で、「監督」として世界に通用する人材の第一号になる可能性があるからだ。Y氏は将来、アジア等の代表チームの監督に就任を要請される可能性が最も高い人材の一人だと思うからだ。そうなれば、Y氏が辿る代表監督への道は逆回転だったが、世界のサッカー界では、敗者に出直すチャンが与えらるのが普通だ。 このたびの敗北の責任の所在は、Y氏にだけあるわけではない。日本サッカー協会は、監督経験のない人材をいきなり代表監督に就任させることだけは避けてほしい。代表選手の条件が「Jリーグで実績を上げること」ならば、代表監督の条件も、選手と同じであるべきだ。
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