| 2004年04月05日(月) |
秋田はフィーゴではない。 |
クラブをかわって、元の所属クラブのサポーターから非難を浴びる選手は多い。移籍の激しいサッカー界だが、最近世界的な「事件」となったのは、リーガエスパニヨールのルイス・フィーゴのバルセロナからレアルマドリードの移籍だろう。 フィーゴ(ポルトガル代表)はバルセロナのMFで大活躍していたのだが、2〜3年前、マドリードの誘いにのって、移籍を果たした。移籍金は天文学的金額だったという。移籍はバルセロナ・サポーターには寝耳に水、フィーゴはポルトガル国籍の才能ある選手だが、頭角を現したのはバルセロナに移籍後からだった。つまり、バルセロナ・サポーターからしてみれば、フィーゴを育てたのは俺達だ、という意識が強かった。しかも、よりによって最大のライバル・マドリードに移籍するとは、普通の移籍先ではない。 バルセロナ・サポーターがフィーゴを許せない背景には、バルセロナを州都とする「カタルーニア」とマドリードを首都とする「スペイン」との地域対立・怨念がある。対立の深い根っこは、近代、フランコ政権下(スペイン)のカタルーニア弾圧があると言われているが、スペインの歴史に暗い私には、それ以上の詳しい史実はわからない。もっとも、カタルーニアという地名は「カタリ派」というキリスト教の異端の一派に由来すると言われ、中世、「カタリ派」は正統ローマ教会派のスペインから大弾圧を受けた。中世、カタルーニアは、現在のスペインの同州からフランス南部にかけて独立した勢力を維持していて、スペインとは宗派が異なるばかりか、言語、生活様式も違っていた。いまでも、カタルーニア独立運動は、バスクと並んで、スペインの深刻な国内問題の1つであり続けている。 フィーゴのバルセロナ(カタルーニア)からマドリード(スペイン)への移籍問題を、歴史的にどの程度前に遡って要因とするかはわからない。が、こうした背景を踏まえたうえで、カンプノウ(バルセロナのホームスタジアム)でのフィ―ゴへのブーイング問題を把握しておく必要がある。 さて、きのう、名古屋の秋田が鹿島サポーターからブーイングを受けたことを書いた。秋田に対する鹿島サポーターのブーイングは、もしかしたら、バルセロナでフィーゴがブーイングを浴びた事件を知っている半可通の鹿島サポーターが、バルセロナ・サポーターの真似をした可能性がある。なので、「フィーゴ事件」の背景を長々と説明した次第だ。 秋田本人の意思は、鹿島残留だった。秋田を切ったのは、鹿島フロントだ。秋田は、鹿島を去れという通知を受け取ったとき、号泣したと言われている。それだけ鹿島を愛したのが秋田だった。秋田が鹿島を裏切ったのではない、鹿島が秋田を裏切ったのだ。ここが「フィーゴ事件」と決定的に異なる。 秋田の闘志あふれるプレーは、Jリーガー、日本代表選手の模範だった。彼がすぐれたJリーガーであることに説明の余地がない。しかし、スポーツは下克上の世界であり、どんな選手でも長期間にわたって第一線を張りつづけることは至難の業だ。クラブ側からすれば、多大な功績を残した選手を移籍リストに載せなければならないときがくる。それはそれで、仕方がない。プロ選手の宿命なのだから。だが、敵として戻ってきた選手であっても、秋田は「フィーゴ」ではない。鹿島と名古屋に歴史的確執はない。ならば、秋田が鹿島スタジアムに敵として戻ってきたとしても、鹿島サポーターは、試合前ならばまず拍手で秋田を迎えるべきだ。そして、試合開始の笛が鳴ったならば、ブーイングをしようが拍手をしようが、それはサポーター各個人の判断に委ねられるべきだ。 私が鹿島のサポーターならば、試合開始前は秋田を拍手で迎え、開始以降は、秋田にブーイングを浴びせただろう。それが移籍選手への私なりの礼儀だ。もちろん、秋田の功績を讃えつつ、鹿島に勝ってもらいたいから、敵となった秋田にはブーイングが適切だ。敵として名選手秋田を尊敬し認めるがゆえのブーイングだ。 きのうの名古屋戦、鹿島サポーターが「フィーゴ事件」の表面を真似したのならば、寂しい限りだ。残念だが、鹿島にサッカー文化は育っていなかった、と言わねばならない。
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