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2014年02月14日(金) |
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辺境 |
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朝から降り出した雪はいよいよ激しさを増し、街の輪郭を滲ませる。 街灯や家々の灯り、そのオレンジが、舞い落ちる雪に反射し、油彩画のようなタッチで視界を塗りつくす。 人の生業も、街の息吹も、停泊する船の汽笛も、今はもうここには届かない。 まるで、辺境の町で春を待つ子供のように、カーテンの隙間から低い空をただ眺める。
ふと、夢想する。 君はまだ生きている。どこか遠くの町で暮らしてる。
その町も今夜は雪だ。
僕と同じように空を見ていた君は、ため息をついてカーテンを戻す。 振り返った部屋の食卓には、空色のグラスやバゲットや綺麗に盛り付けたサラダが並んでいる。 キッチンのガス台には、オーバルのル・クルーゼが乗っている。 中身はホワイトシチューで、コーンをたっぷり入れてとリクエストした君の娘は、今はリビングのソファーでうとうとしてる。
さっき駅から電話があった。雪だからバスが来ない、歩いて帰るよ。 重たい湿った雪に、きっと貴方はびしょ濡れね。 御飯より先にお風呂で温まった方がいいわ。 お風呂上りに御飯なら、ワインよりビールがいいかしら? 君の一人言に娘が顔を上げる。 君は微笑む。 お風呂の追い炊きしなくちゃ。
吹き込む風が冷たい。 薄く開けていた窓を閉め、カーテンを摘まんでいた指を離す。 振り返る。テーブルに広げたまま伏せて置いてある文庫本。半ばドライフラワーと化したカスミソウ。 テレビではスコットランドのスキップが大声でスイープを指示してる。 窓を開けたほんの数分で、マグカップからの湯気は消えていた。 その代り、微かに感じてた頭痛もすっかり消えた。
君の暮らすどこか遠くの町を想う。 この雪で都心の交通網は完全に麻痺し、飛行機も電車も車も動かない。 隣町だろうが天国だろうが記憶の中だろうが、今は等しく、この場所から遠い。 もしもこの夢想の中に、君が生きてるっていうなら、辺境の町で春を待つ子供には悪いけど、僕は次に来る季節も冬であれと願う。
もしこの世界に永遠があるなら。 きっと、季節は冬だ。
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