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五十嵐 薫
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頑張ろう東北!
エンピツユニオン

2011年06月02日(木)
陽炎

路肩にバイクを止め、胸ポケットを探る。

執拗に鳴っていたはずのその音は、どうも気のせいだったようだ。
苦笑いが浮かぶ。
そういえば、シャワーを浴びている時もそうだ。
急いで身体を拭いて掴んだ携帯を見て、首を捻ることがたまにある。

長閑な田園地帯の真ん中。
片側二車線の、やけに広い広域農道。
頭の真上からひばりのさえずる声が聞こえる。
日差しは柔らかく照り、足元から立ち込める空気が暖かだ。

エンジンを切り、フューエルコックをオフにし、スタンドを出す。
リュックを背中から降ろし、地図取り出す。
コンパクトカメラで、辺りの風景を収める。
この辺が梅雨入りするには、あと数日後だろう。

それにしても、美しいところだ。
目の前を遠く低く連なる山々は、所々新緑に輝いている。
農道と平行する小川の水は豊かで、休耕地にはまだレンゲソウが咲いている。
バルビゾン派の画家なら、ここで生涯をおくってもいいなんて思うかもしれない。

再びバイクに跨る。
フューエルコックを回し、エンジンを掛ける。
トリップメーターを見る。ガソリンを入れてから、まだ20キロも走っていない。
が、心配するのに越したことはない。
ここから先、営業しているガソリンスタンドは一軒もない。

ギアを入れ、走り出す。
走りながら胸のポケットをそっと触る。
音量の調整機能がないのは厳しいな、と思う。
ヘルメット越しじゃ鳴ってるのかどうか判りゃしない、と呟く。



広域農道はまだ続く。
道の両側に広がっている水田に、水はなかった。
田植えのシーズンはとっくに終わってる。
生命力旺盛な雑草が幾つも芽を吹き、もう大地を緑に変えようとしていた。

ふと、アラーム音が聞こえた気がした。
バイクを路肩に寄せ、胸ポケットにもう一度手をやる。
今度は気のせいじゃなかった。

胸ポケットの入れておいたガイガーカウンターは、LEDを赤く光らせながらパルス音を鳴らし続ける。
液晶に浮かぶ数字に唇が歪む。

さっき首に掛けておいた一眼レフカメラを構え、ヘルメット越にファインダーを覗く。
視界の遥か先には、ニュースでよく見るあの風景が、デジャブのように広がっていた。


エンピツ