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五十嵐 薫
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エンピツユニオン

2008年12月03日(水)
肩越しの風景

最初彼の絵を見た時は、正直気持ち悪いって思ったんだ。
確かに静かで美しい絵ではあるんだけどさ。
誰もいない部屋に微かに人の痕跡とか気配だけが漂うような不思議な室内描写。
執拗に描かれるうなじを見せた女。
まるで世界が終った5分後の世界だ、なんて思ったんだよね。

あんまり違和感が残ったんでもう一度見に行った。
嘘。本当は君と行こうと思って金券屋で買ったチケットが、期限付きのものだったので仕方なく行ったのさ。

二度目に見てもあんまり印象は変わんなかったよ。
そこにあるのは人の気配だけが漂う無人の風景。
描かれてる人物といえば自分の奥さんの後姿ばかり。
なんでこんな絵を執拗に描き続けるのかって思った。

で、今日。君ともう一度見に来てね。
それでちょっと思ったことがあるんだ。

ほら、最初は二人並んで見てたじゃん?
でもさ、さすがに三回目だろ?
あんまり興味がない絵とか飛ばしてるうちに君とだいぶ離れちゃったんだよ。
熱心に見てる君の後ろでさ、ベンチに座って少しぼーとしてた。

君が絵を見てる姿を後ろからぼんやり眺めてた。
誰もいない室内、それを眺める君の後ろ姿。
これって彼の描く後ろ向きの女性ってモチーフそのままだろ?
なんとなく、なんとなく君の後姿を目で追ってたんだ。

で、ね。こう思った。
あぁ、彼が描いてたのは奥さんの肩越しから見た世界なんだ、って。
だから奥さんの姿はいつも後ろ姿なんだ、って。
彼の絵に人の気配が漂うのは、そこに描かれてなくても奥さんが立ってるからなんだ、ってね。

僕は君の後姿と彼の絵を交互に見つめて確信したんだ。
彼はきっと、奥さんのことが大好きだったんだろう、って。
彼は奥さんのいる部屋と奥さんと過ごす時間を愛してたんだ、ってね。

アルフレッド・バニスターのブーツ。
チェックのミニスカート。
切ったばかりのふんわりした髪。
絵を見つめる君の後姿を眺めながら、僕はこの画家がなんだかすごく好きになったんだよ。



だってさ。
今の僕と同じ気持ちだったんだぜ?



ヴィルヘルム・ハンマースホイ展 http://www.shizukanaheya.com/


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