酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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| 2006年11月30日(木) |
DVD『フォーガットン』 |
最愛の息子サムを飛行機事故で失ったテリーは立ち直れずにいた。大切なサムの遺品を取り出しては反芻する日々。夫も精神科医も優しく見守ってくれていたが、おかしなことが起こりはじめる。サムとの3人の家族写真が夫とふたりのツーショット写真になり、サムの遺品が消えてしまったのだ。周囲の仕業と怒るテリーに夫も精神科医もトンデモナイ言葉を告げる。「サムなんて息子は初めからいなかったんだよ」と・・・!?
これは面白かったですねー。全く予備知識なしにレンタルして観たのですが、ぐいぐい引き込まれていきました。レンタルしてきた映画でここまで熱中したのって久しぶりな気がします。なので大満足! ※ここからネタバレ(しないように書きたいとは思っていますが)の可能性がありますので、観ていない方は読まないで、マッサラの状態で観てくださいネ。そのほうがあまりの意外性に大いにうほーどひゃーと楽しめますから。 どうしてここまで面白かったのかと言うと意外性に他ならないだろうと思います。まさかこんな展開になってあんな落ちが待ち受けているなんて笑えてしまいますよ。映像もイキナリすごいことが起こって「はっ!?」と声が出てしまって、そうなるとあちらのもんですね。首根っこガッシリつかまれたようなものですから(笑)。テリーが愛しい息子の記憶を自分で生み出した妄想だと言われた時の恐怖は並大抵ではなかったと思います。記憶を否定されてしまうことの恐ろしさ。それが最愛の存在の想い出であるならば死ぬまで守り通したいでしょうからね・・・。母は強いなぁと感動しましたわ。 この落ちはありえそうなだけに笑いながらも怖さがあったのです。どうしてこんな現象が起きているのか、その原因のスケールの大きさについては人類が危惧している事とも言えるのかも知れないですねぇ。
| 2006年11月27日(月) |
『真夏の島に咲く花は』 垣根涼介 |
南の島の楽園、フィジー。ナンディ・タウンで生きる4人の若者、フィジアンのチョネ・フィジー育ちの日系のヨシ・インド系のサティー・日本人の茜、今はチョネと茜、ヨシとサティーが恋人同士。しかし、茜は知らなかったがチョネとサティーは過去に付き合っていたのだった。4人の関係にヒビが入った時、チョネは大きな暴動の目玉となってしまう・・・。4人にとって楽園はどこにあるのだろうか。
『ワイルドソウル』以来の私的垣根さんもの大ヒット作品となりました。南の楽園と言われるフィジーで織り成す4人の男女の愛と友情の物語。なんだかゆるゆる流れる時間の中で彼らの思いに同化しながら、寒い冬なのに読んでいる時は南の島バカンス気分でありました。楽園なんてこの世にない。何故ならば楽園だと思って辿りついたら、もうその地で現実が始まってしまうから。でもきっと誰の心の中にも楽園はきっとある・・・それでいいのじゃないかしら。主軸の4人がすごく素敵で、中でもヨシの揺らぎには激しく同調できてしまいました。純粋ジャパニーズな茜よりもフィジーで生まれ育ったヨシが好き。恋人にするならばチョネがいいのですケレドモね(笑)。どんなに好きあっていても結ばれないこともある、フィジーのロミオとジュリエットだわ。ふふふ。私としてはオススメですが、好き嫌いは分かれてしまうそうではあります。
そう。たしかにうまく言えない。うまく言えないが、気づかなければ、それでいいのだ。それまでと同じ日常を、何の疑問も感じずに送ることが出来る。でも、日常の中にさりげなく転がっている大事な何かに気づいてしまえば、もう、それまでと同じ生活は送れない。目をつぶって自分を誤魔化しつづけるか、生活を根本から変えていくしかない − 。
『真夏の島に咲く花は』 2006.10.10. 垣根涼介 講談社
| 2006年11月23日(木) |
DVD『PATIENT14』 |
リサは事件に巻き込まれ、耳が聞こえなくなってしまった。耳の側で暴漢が拳銃を発射したためだ。失われた聴力を取り戻すためにリサは臨床実験の14人目の被験者となる。薬が効き、聴力が回復したリサだったが、思わぬ副作用が待ち受けていた。人の心の声が聞こえてくるのだ! この能力を巡り、国家の陰謀に加担することになったリサは・・・
この映画はなんでも事実に基づいているとか。どこまでが事実に基づいたのかしら。認可されていない臨床人体実験はありそうですね(怖)。こういう実験って被験者の弱みに付け込んでいるから・・・。治りたい、良くなりたいと願う病人なら危ない実験の被験者であろうと藁をも掴む気持ちでしょうし。普通に可能だったことが不可能になった時、どれほど苦しく恐ろしいことか。リサは事件に巻き込まれて聞こえていた耳が聞こえなくなってしまう。思い切って受けた実験治療で回復したと喜んでいたのも束の間、聞きたくない声まで聞こえてしまうようになる・・・なんて運の悪いことか。でもリサはなかなか強靭な神経の持ち主で悪夢の能力を使用するし、自分の現実に立ち向かうのですよー。カッコよかったv 人の心の声が聞こえたら、それが自分にとって大事な人の心の声だったら、それを聞く勇気は私にはないですね。そんな恐ろしいことはないと思ってしまったのでした。人の心の中まで信じるとか信じないとか、そういうことで済まされないと思うから。なにより自分の心の声を人様に聞かれるなんておぞましすぎる、怖すぎる。ううう。
| 2006年11月22日(水) |
『夏の魔法』 北國浩二 |
22歳の老婆ナツキは素性を偽って想い出の島へ人生最期のバカンスにやって来た。病気のために人より早いスピードで老化してしまったナツキ。この島で中学2年の夏にヒロと過ごした。甘く切なく美しい想い出を噛み締めるナツキの前に青年となったヒロが現れた。ヒロもまたこの島での想い出を大切にしていて人生を見つめにアルバイトに来ていたのだった。思いがけない再会に喜び傷つくナツキ。なぜならばヒロの横に若く美しい女性がいたから・・・。
ああ、こういう痛いほどに切なくて残酷な物語は心に強いものを残しますね。美しかった少女が数年で老婆になってしまった、まだ22歳なのに・・・。この残酷さ。私が少女だった時、22歳だった時、今となってはそれは遠く美しい過去で、年を重ねてきて若さの美しさ眩しさ残酷さを痛感しています。順当に年齢を重ねてきたところでこんなふうに感じると言うのに、22歳で老婆になってしまうなんて残酷すぎました。ただ優しさや救いはナツキの周りにも存在しました。それがまた残酷とも言えるのですケレドモ。美しく繊細なガラス細工がパリンと砕けてしまうような読後感、でも好きです。この切なさ、残酷さ。若さを失いつつある人にこそオススメかもしれないですね。
『夏の魔法』 2006.10.30. 北國浩二 東京創元社
| 2006年11月21日(火) |
『紗央里ちゃんの家』 矢部嵩 |
今年の夏もまた紗央里ちゃんの家に遊びにやってきた。紗央里ちゃんは僕より3つ年上の従姉妹、中学2年生。いつもは家族全員でやってくるのだケレドモ、中学3年の姉が受験勉強で母と家に残ったのだ。父とふたりでやってきた紗央里ちゃんの家には風邪をこじらせて死んでいた(と後から聞かされた)おばあちゃんはいないのは当然として紗央里ちゃんの姿も見えない。しかも家に微妙な異臭が漂う。叔母さんは血まみれで料理をしていたと言うわりに、出てくる食事はカップめんばかり。・・・なにか変だ。なにかすごく変な気がする・・・!?
ホラーにも色んな種類があると思うのですが、生理的不快感=キモチワルイ系と言う種類は好物ではありません。でもまぁ『黒い家』では気持ち悪さもゾクゾクさせられたものだったっけ。うーん。やはりただ単に読んだ時の好みの問題なのかしら。このホラーは異様に不快な匂いが漂っていて(たぶんそれに辟易したんだと思う)何故だかドライで、そのくせおどろおどろしく迫り来る恐怖はキチンとあって・・・なんとも複雑にどんよりとさせられたのでありました。あ、そうか主人公の僕がキャーキャー怖がらないことがすごく違和感だったんだ(今、気づいた)。ホラーも色々あるものだなぁ。第13回日本ホラー小説大賞受賞作品です。
『紗央里ちゃんの家』 2006.10.30. 矢部嵩 角川書店
| 2006年11月20日(月) |
『Kの日々』 大沢在昌 |
木はムショ帰りの男ふたりからの依頼で美しい女性Kの身辺調査をすることになった。Kはムショ帰りの男たちと組んでヤクザの親分を誘拐した中国人の恋人だった。彼らはまんまと身代金を強奪したものの、金が消え、中国人は死んでしまった。ムショ帰りの男たちは身代金をKが隠し持っていると睨んだのだ。だが、Kを見守るうちに木はKにどんどんと惹かれていき、そして・・・。
これはもう大沢親分の浪漫ですねぇ。Kと言う女性の美しさは男が思い描いた想像の産物。こんな女性はまず存在しない気がしました。なので男たちが金や浪漫にドタバタしていても、女であるKは佇まいも凛としているのです。そこまで普通の女は腹を括れないと思いながら読んでいました。こういう女性がいるのであれば私だって恋をしてしまいます。それほどに芯が強く楚々として美しかった・・・。夢ですネェ。
『Kの日々』 2006.11.10. 大沢在昌 双葉社
| 2006年11月19日(日) |
『ゆれる』 西川美和 |
タケルは母の法事に田舎に戻ってきた。カメラマンになったタケルはぼさぼさ風情も垢抜けていて父親が経営するガソリンスタンドにフォードのステーションワゴンで乗りつけ給油される様もカッコよさげ。窓を拭く女の揺れる胸元を見ていたタケルは胸の持ち主が幼馴染の智恵子であることに気づき動揺する。法事に遅れたタケルを父はやはり快く思わずもめるのだが、兄ミノルが優しく納めようとしてくれる。兄のミノルは田舎や家族を捨てて出て行った弟タケルを責めることもなく、全てを静かに引き受けてきていた。ガソリンスタンドで働く智恵子は兄にべったりで、その昔、智恵子を捨てたくせになんとなく面白くないタケル。そして気軽に智恵子を抱いて、翌日、三人で吊り橋のある蓮美渓谷へドライブに行き、三人の人生と関係が大きく大きく揺れてしまうのだが・・・!?
映画『ゆ れ る』の評判がものすごく良く、主演のオダギリジョーを観たかったのですが、結局映画館に行けなかったので原作を読んでみました。これは読んでその背筋に寒い怖さに唸りましたっ!!! これってホラーだわ。激しくホラーだった・・・(唖然)。映画ではどのようなカタチなのかわからないのですケレドモ、小説では登場人物ひとりひとりからの視点からの語り形式となっています。だから事件の浮き彫りようがハッキリクッキリで人間の心の闇がずぼっと浮き上がってくるのです。この語りようが怖い。関わった人間の感情がそれぞれに主観を変えるために恐ろしいまでに怖さを煽るのです。中でも悲劇のヒロイン智恵子のズルさ汚さ哀れさに共感できてしまって、それゆえにトンデモナイ最期を迎えてしまって・・・ホラーのヒロインは一番怖い目に遭うものなのですよねぇナンテ納得してしまったくらいです。来年の2月にDVD発売とのことなので待ち遠しいです。おそらく映像で観たらまた違う角度から心を揺さぶられてしまう気がします。この西川美和さんってスゴイ人なのじゃないかしら。これから注目していきたい女性であります。オススメ。
けれど全てが頼りなく、はかなく流れる中でただ一つ、危うくも確かにかかっていたか細い架け橋の板を踏み外してしまったのは、俺だったのだ。
『ゆれる』 2006.6.13. 西川美和 ポプラ社
| 2006年11月18日(土) |
『イヴの夜』 小川勝己 |
光司は、人数合わせで参加させられたコンパで麻由子と会った。麻由子も渋々参加の口らしく、引っ込み思案な光司はなんとなく惹かれるものを感じた。不器用ながら付き合いはじめた二人。なのに麻由子が惨殺されて、マスコミはいかにも光司が犯人であるかのような報道合戦を仕掛けてくる。周囲の人から不審の視線を浴びるうちに付き合っていたことが自分の妄想ではないかと思い始める光司だった・・・。
身につまされるような悲しい物語であります。ううううう(泣)。好きな人が殺されて、犯人であるかのような報道をされ、親にすら疑われてしまうなんて。行き場のなくなった主人公の胸のうちを思うと痛くて痛くて。光司と交互に登場するヒロインのデリヘリ嬢のひとみも生き辛いタイプの人で・・・交互に出てくる主人公が交互に痛くて、クロスしたと思ったらこれまたますます痛すぎて。なんだかなぁ。でもこういうの描かせると小川勝己さんってうまいと思います。閉塞的な絶望感に人間不信。最後に救いがあるのかどうか、そこは読んでみてくださいませ。大手を振ってススメはできませんケレドモ。痛いの覚悟で。
自分たちは、他者を憎み、恨み、妬み、嫉み、蔑み、貶め、拒絶し、愚弄し、嘲笑し、騙し、裏切り、傷つけてきた。心のなかで − ときには態度や言葉で、あるいは行動で。そしてそれらは、たいてい自分の脳内で都合よく変換され、捏造も加えられ、自己にとって肯定的なものへと変化してゆく。自分の心理的立場を被害者のそれへと変えてゆくことすらある。
『イヴの夜』 2006.10.25. 小川勝己 光文社
| 2006年11月17日(金) |
『東京公園』 小路幸也 |
圭司は北海道から東京に出てきている大学生。爽やかな佇まいのイケメン・ヒロと一軒家で同居生活中。圭司は家族写真を撮ることをライフワークとしていて公園で撮影することが多い。ある日、素敵なお母さんと娘のショットを捉えたところで声をかけられた。その人は女性のご主人で後日、圭司に妙な依頼をしてきた。「尾行して写真を撮ってほしいんだ」・・・奥さんと娘さんを?
亡くなった大事な人の夢を見て腑抜けた状態で読んだのですが・・・心にするすると入り込んできてポカポカと温かな陽だまりにいるような思いに包まれました。本当に小路幸也さんの物語は心に優しく染み入るわー。物語に登場する人たちがいい人ばかりで、だから夢のように優しく温かいのかもしれませんね。圭司がファインダー越しに恋をする奥さんと娘さん。あれって奥さんだけに恋したのではなくって奥さんと娘さんの柔らかな愛情そのものに恋したんじゃないかしら。こんなふうにファインダー越しにすら伝わる愛情、そういうもので世界があふれていたならば、きっとこの世は素晴らしいはずなのに、ね。オススメですv
「誰かのために生きるためには、その誰かさんが必要なんだろうな。二人ともそういう人を求めていたのかもしれない。それは、単に好きとか恋とか愛なんていう言葉じゃ括られないものだろう」
『東京公園』 2006.10.30. 小路幸也 新潮社
| 2006年11月15日(水) |
DVD『私がこわされるとき』 |
教会でピアノをひくキャサリンを見初めたイレーニは、息子のジョンと引き合わせる。結婚式から新居まで至れり尽くせりで幸せの絶頂のキャサリンだったが、義母となったイレーニの激しい干渉にうんざりしてくる。ジョンを通じて干渉をやめさせるように仕向けたキャサリンに対してイレーニは態度を豹変させる。息子マシューが生まれ、離婚騒動をきっかけに母親と距離を置こうとしたジョンだったが・・・。「キャサリン、マシューはポダラスの子よ」
実話を基に作られた映画だそうですが、いやホント怖かったです。息子を溺愛するあまり異常な執着を見せるイレーニが素晴らしく(演技的に)怖かったのであります。ううううう。こう言う嫁VS姑の戦いを見るにつけ感じるのは、夫であり息子である男が毅然とした態度で自分の立場を明確にすべきだと言うことです。自分がどちらと人生を歩んでいくかをハッキリさせて、どっちつかずはやめないとダメ。どうして母親って息子を自分のものだと錯覚するのだろう。自分が産んだから? うーん、私にはワカラナイ感覚だわ・・・。こんなラストが現実に起こったなんて本当に恐ろしいです。ジョンも気づきのが遅すぎるのよね・・・。馬鹿だ。
| 2006年11月14日(火) |
『ヴェサリウスの棺』 麻見和史 |
国立大学東都大学の建物は大正末期から昭和初期に造られたものが多い。医学部本館も古い建物で解剖学教室もここにある。教授の園部のもとで働く千紗都は園部に特別な想いを抱いていた。ある解剖の時、遺体からチューブが摘出された。そのチューブの中には園部を告発する文章が書かれた紙が仕込まれていた。不気味な告発文に恐怖を抱く千紗都は予想もつかない復讐に巻き込まれていく・・・!?
解剖学教室を舞台にした不気味な事件。ヒロインの千紗都は事件に巻き込まれてトンデモナイ状況に落とされるのですが、そのシーンは本当に怖かったです。千紗都が慕う教授の危機を救おうと奔走していただけにあまりにもかわいそうでした。ホラー映画のような展開で面白かったのですケレドモ、途中からトーンダウンしたように感じました。あと少々あれやこれやと詰め込みすぎている感がありました。もう少し削ぎ落としてもよかったのではないかしらん。鮎川哲也賞と言うよりも江戸川乱歩賞ちっくなのではないかと思って読んでいたら巻末で審査員の先生がしっかりと危惧されていました。読み手としては面白ければそれでいいと思っていたのですケレドモ、賞の特色と言うかカラーみたいなものは守られた方がいいように思いました。
周囲と関わり合い、生きていく中で、どうしても無視することのできない出会いがある。そこでどのような選択をしたかによって、人の生き方は変わるのだ。
『ヴェサリウスの棺』 2006.9.29. 麻見和史 東京創元社
| 2006年11月13日(月) |
『つばき、時跳び』 梶尾真治 |
親の反対を押し切って作家になったわたしは、熊本市郊外にある家に管理かたがた住むこととなった。さまざまな椿が咲き誇る通称“百椿庵”には女の幽霊が出ることで有名だった。わたしの母も女の幽霊を見たことがあると言う。ある日、わたしは美しく清楚な女が忽然と現れたのを目撃し、魅せられてしまう。その女は「つばき」と名乗り、150年の時のかなたから現れたのだ。わたしとつばきの時を越えた恋がはじまって・・・
ああ、もうたまらないです! カジシンさん最高です。タイトルから内容バレでカジシンさんだからタイムスリップものだとわかりながら読んでいても魅了されます。間違いナシですっ(自信満々鼻息荒らし)。不器用で清々しい恋に酔わされてしまいました。このふたりの恋の行方を見守りたい想いでラストまで駆け抜けてしまいました。言いたいケレドモ言っちゃいけない衝撃のラスト・シーン! いやはや本当にすごかったです。ものすごくオススメなのです。
それを考えると、何がきっかけになり、何が結果だということの境界が、だんだんとあやふやに思えてくる。いや、こう思えばいいのか。 すべてが時の輪の中で定められていたことなのだと。
『つばき、時跳び』 2006.10.18. 梶尾真治 平凡社
| 2006年11月11日(土) |
DVD『QUIZ』 ※内容に触れますので御注意ください。 |
高野生と言う少年が誘拐された。Eメールで届く犯行声明には必ずQUIZが盛り込まれていた。誘拐・拉致事件を専門とする警視庁特別捜査班SITから桐子カヲルが捜査を担当。心に傷を負ったカヲルの型破りな捜査に刑事たちは翻弄されるが、次第にカヲルを信頼するようになっていき・・・!?
たまにあのドラマってどうだったかしら、と細部を観たくなるドラマがあります。この『QUIZ』もそのひとつ、しかし、いつもレンタルされていて根強い人気を窺わせました。ラストの犯人たちの意外さは覚えていましたが、観直しても賛否両論は当然だろうなぁと思います。あ、犯人があの子たちと言うことに違和感ではなく、幸せな家族の構図のエンディングが受け入れられなかったし、今でもおかしいなぁと。文字で犯人たちが社会的制裁を受けていることを説明されていたケレドモ(あれって当時もあったかしらん)、あれでは甘いと思いますね。実際に死んだ人、殺された人もいただけに。でもまぁそんなことを言い出したらキリがないか。観直して得たものは生瀬さんの演技の巧さした。あまり好物ではない役者さんだったのですケレドモ、『トリック』でのヅラ刑事があまりにも魅力的で(笑)微妙に取り込まれているところです(大笑)。この『QUIZ』でも生瀬さん演じる緒沢在昌は最高でした! この役名からして笑えますよね。大沢在昌を茶化しているとしか思えないものー。桐子とぶつかり合って殴り合っていたのに最後では桐子への恋心をのぞかせてしまうお茶目な刑事。うーんこれがことのほかよかったです。うふふ。どちらが先かわからないのですが、撮影は24方式で役者さんたちもラストまで犯人がわからず、ラスト近い回では生瀬さんや内藤さんが自分を犯人に!って風情で演技されていらしたとか(大笑)。そういう企みの新鮮さはDVDでも感じることができます。6年前でも面白いと思えたことは嬉しかったです。カヲルと薫についてはもう少し突っ込んで描いて欲しかったことと、犯人たちへの罰が甘かったこと。そのふたつだけが残念なのでありました。なんにしても天才子役の神木隆之介くんのラブリィさには参ります。おそろしい子役だ!(今はずいぶん大きくなっちゃった)
| 2006年11月10日(金) |
『春の魔法のおすそわけ』 西澤保彦 |
親愛なる西澤保彦さま。『春の魔法のおすそわけ』を拝読しましたわ。ううう、痛い。なんて痛いの。ううううう。なんと申しましょうか、西澤先生の屈折した持ち味のひとつがいい具合に爆裂しておりまして、痛いよ、痛いよ、とわーわか騒ぎながらあっと言う間に読んでしまったと言う感じにございました。それでもほんわかテイストに紛れさされているあたり、姑息な技ありなところに笑えましたわ(褒めてますのよ)v 四捨五入すると50と言う中年女性作家の人生と性。酒にまみれてやさぐれて美青年を買おうとする流れには、あまりにも西澤テイスト満載で可笑しくてたまりませんでしたわー(スキスキ大好き)。この酒まみれっぷりたるや西澤保彦ならではで酒の匂いがぷんぷくしてきたのには驚いてしまいましたのでございますわよ。ホホホホホ。人生が半ば過ぎ、自分になにがあるのかとふと考えた時、小夜子さんみたいなトンデモナイ行動に出れたなら幸せかもしれませんわね。きっとそうしてまた寂しさや心許なさや色んなものを乗り越えて生きていくのでありましょう。小夜子さんは西澤先生のお姿なのでしょうねぇ。ホロリ。そんな貴方を愛してやみませんことよ。ええ、ほんとに。いついつまでも。
要するにあたし、寂しいんだ、と。
『春の魔法のおすそわけ』 2006.10.25. 西澤保彦 中央公論社
省吾は北大合格間違いナシと自信を持っていただけに落ちて我を見失ってしまった。浪人するかどうか悩みながらも偏差値の低い私立大学、通称グロ大(道央学院グローバル大学)に通い始める。が、しかし、そこでも周りは馬鹿ばっかりで馴染めず、人を見下す自分にも疑問を感じ、ますます落ち込みの迷宮に入り込む。そんなある日、グロダッチ(同じグロ大の子)がヤクザにぼこぼこにされ、おまわりさんが見て見ぬふりをしているところに出くわした。省吾は思わずグロダッチを助けようと行動をし、一躍ヒーローとなってしまい・・・?
ススキノ、ハーフボイルドの省吾君が再登場。若者は挫折して悩みに悩んでおります。ああ、わかるよ。その悩みっぷり・・・くらいにきっちり悩みあがく省吾君はトンデモナイ騒動に巻き込まれていきます。その騒動は過去から連綿と続いているもので、なんだか怖かったですね。過去の亡霊と言うか。知らないことで済むかもしれなかったことを知ってしまった省吾君の後姿を見ながら、知らなかったことに唖然としたのであります。東さんって人は変わらず道警に闘いを挑んでらしてかなり心配。しかし、ケラーが出てきて便利屋さんが活躍(?)するのは嬉しい限り。ある作家さんをずっと読んでいるとこういう関わり方みたいなものが嬉しいですネ。ケラーはものすごく呑みに行ってみたいバーなのです。便利屋さんに会えるかもしれないし(笑)。
「ま、人間はな。誰だって、傷を負って、それを乗り越えて生きてるんだ。・・・・・・傷にも色々あるけどな」 「色々、ですか?」 「ああ。向こう傷、とかな。後ろ傷とか。かすり傷、深手、すっかり治る傷もあれば、後遺症の残る傷もある」 「・・・・・・」
『後ろ傷』 2006.10.25. 東直己 双葉社
| 2006年11月08日(水) |
『新宿鮫�宗]飢屐戞‖臑�在昌 |
一時期はまってドップリだった新宿鮫の新作が出ました。この新作のために一人読み返しフェアを開催していましたケレドモ、惜しくも�擦悩胆泙鬚掘紛貍弌法↓爾鯑匹瀛屬気覆い泙泙某刑遶宗�狼花』を読みました。なんだかずいぶんと雰囲気が変わったような気がします。変わらないのは素敵なオジサマ桃井さんだけかもしれないなぁ。鮫も晶も鮫と晶の永遠と思った関係すらも変化が見えました。いろんなことがあれば当然なのかしら。あ、晶を取り巻く状況は変化したものの晶そのものは変わっていないのかもしれない。逃げ腰な鮫が悪いのよぅ。自分のやらかした弱みに自分で挫けて逃げるんじゃないわよっ、鮫っ(怒)x 鮫のライバル香田さんも変わってしまったし、仙田(ロベルト村上)は年老いた・・・。うーん、これが円熟というものなのでしょうか。私は熱かった頃に熱中したので少し違う気がする。読み手はつくづく我侭だ。しかし、大沢さんのサイン会に当選していたのに行かなかったことはずっとずっと悔やむ気がします(涙)。京極夏彦さんまで漏れなくついてきてたのに。うう。私の馬鹿。
「二階には人を入れたくないと長いこと思ってきた。もちろん感傷もあるが、それ以上に、もう二度とはとり戻せない世界が、人が入ることによってそれだけ早く色あせてしまうような気がしてしかたがなかった。誰に迷惑をかけるわけじゃない。私が、私の失ったしまった世界のかけらを大切にとっておくのは、責められるようなことではない筈だ」
『新宿鮫�宗]飢屐戞�2006.9.25. 大沢在昌 光文社
| 2006年11月06日(月) |
『四度目の氷河期』 荻原浩 |
ワタルは人と同じように出来ない。むずむずして叫びだして走り出してしまう。他の幼稚園の子供達と色彩感覚がまるで違う。そしてワタルは外見も体型も人とは違うようだ。小学五年の夏、ワタルはすべてを理解した。ぼくはクロマニヨン人の子どもだ、と・・・
遺伝子の研究をしているシングル・マザーの子供であるワタルは人と違うことに差別され、苦しみながら成長していきます。落ち着きがなく叫びだしたり、走り出したりするワタルを小児科クリニックはADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断されるも、母はワタルと向き合い話し合い、ADHDではなくワタルの個性だと教える・・・そこがワタルの軸となったような気がします。こういう母だからこそ、ワタルのあの成長があったのでしょうね。小さな頃にキチンと向き合って認めて信じてくれる存在があることの大切さをしみじみと感じました。
いい、ワタル。これはあなたの個性なの。少し個性が強すぎるだけ。母さんもあなたのいまの『個性』の強さを、いい方向に持っていくやり方を考える。
『四度目の氷河期』 2006.9.30. 荻原浩 新潮社
| 2006年11月05日(日) |
『マニキュア』 松村比呂美 |
真依子は高校時代の担任の訃報を受け取り、お悔やみとお花代を送った。友人の亜里沙には放っておけと言われたのだが。後日、担任の夫からマニキュアが送られてきた。可愛らしい清楚な桜色、それは真依子のような色だった。そしてそれより遅れて何もしなかった亜里沙にもマニキュアが送られてきた。色は真紅。香典返しとも思えないマニキュアは二人の女の運命に何を彩ろうと言うのだろうか・・・?
新風舎文庫大賞を受賞された5人の作家さんが描かれた“2人”の物語の短編アンソロジー『ふたり。』に収められた松村比呂美さんの物語は・・・トテモ怖いものでした。この方は女が底に持つどろどろしたものをクッキリと表現されるので何だかドキリとさせられてしまいます。人間は清濁併せ持つ生き物ですから・・・。うう、怖かった(涙)。エンディングを飾られた松村比呂美さんの『マニキュア』が一番面白かったですケレドモ、北沢志貴さんの『みにくいおんなのこ』も良かったです。読んだことのなかった作家さんの物語を読めて新しい発見があることがアンソロジーの良さですね。
『ふたり。』新風舎文庫大賞短編アンソロジー 2006.11.5. 新風舎
| 2006年11月04日(土) |
『僕たちの戦争』 荻原浩 |
2001年9月12日、その映像に世界中が震えた。世界貿易センタービルに旅客機が突っ込むテロ。テレビはその衝撃の映像一色だった。その翌日、19歳の尾島健太はテレビにもニュースにも興味を示さずにサーフィンに出かけた。夢を持ちながらも現状に甘え、親や恋人のミナミにハッパをかけられてムシャクシャするばかり。そして健太は大波に呑まれ、目が覚めると、1944年だった・・・。健太は飛行術練習生の石庭吾一とうりふたつ。練習中に海に落ち、行方不明となっている吾一と間違えられて1944年を生きることとなる。そして海に落ちた石庭吾一は目覚めると2001年だった・・・!?
これは本当に素晴らしい小説です。戦時下の19歳の若者と現代の19歳の若者が時空を越えて入れ替わってしまう。面白くて皮肉で悲しいのですよ。なんだかすごく考えさせられてしまったわ(ホロリ)。これは山本未來クン主演でドラマ化されたものを観て本を読まなければ!と思わされたのでした。せっかく映像化されたなら最低でもそこまで思わさなければなりませんよね。現代のポジティブ根無し草な健太と戦時下にお国のために必至な吾一、この全く違って見えるふたりを山本未來クンは見事に演じていました。人間というのは周りに左右される生き物なのだと思います。健太も吾一も変わらないものを持っていましたから。そこに涙しましたよ・・・。妙に笑える場面もてんこもりで重苦しいものではありません。文庫化されていますし、ものすごくオススメですv と言うか、読んで心になにかを残して欲しい小説なのです。読んで読んで。
五十年後の日本は、多すぎる物質と欲と音と光と色の世界だった。誰もが自分の姿を見ろ、自分の声を聞けとわめき散らしている。謙虚も羞恥も謙譲も規範も安息もない。 これが、自分たちが命を捨てて守ろうとしている国の五十年後の姿なのか?
『僕たちの戦争』 2006.8.20. 荻原浩 双葉文庫
| 2006年11月03日(金) |
『バカラ』 服部真澄 |
志貴大希は、美しきキャリアな妻・柘和子からマンション購入を持ち出され、内心でうろたえる。出版社に勤める志貴とバイヤーとして自立する柘和子は夫婦と言えども経済生活は別々。仕入れで海外を飛び回る柘和子は知らないはずだ。志貴には多大な《借》(しゃく)があることを・・・。有能な記者である志貴は違法賭博バカラにはまり、会社の金を流用し借金返済に当てる始末だった。ずぶずぶと泥沼に引きずり込まれそうになりながら、カジノ合法化に巡るきなくさいスクープの臭いを嗅ぎつける志貴。自己破産か、一発逆転か。志貴の人生を賭けた大博打がはじまった・・・!
同じ物語を読んでも読む人間によって視点が違い、感想が違うと言うことがよくあります。先日も友人とあるアニメの主人公が誰かと言う点で視点が大きく違っていたことがあり驚いたものでした。正解は作者だけが知りうることですケレドモ、作者の手を離れ、読み手だけの正解の数があるのかもしれませんね。そんなことを思ったのは、この原作を映像化したドラマを観て、その主人公が全く違う視点で描かれていて、しかも私には面白くなくて吃驚したからでした。あのドラマの主人公に据えた女は、物語の脇役で、それはそれで結構ダーティな女で、だからこそステキだと思っていたのですケレドモ・・・。彼女が主人公となり、主人公のはずの志貴が脇に廻され、しかも魅力がかなりなくなり・・・こうなるともう感性の違いとしか言いようがなかろうともバカヤローといっぱい罵倒してしまいました。原作が好きで映像化がガッカリだと本当に残念。まぁたった2時間弱にこれだけの物語を纏めようとすることに無理があったのでしょうねぇ。それにしても主人公は絶対に志貴であるべきだ!!!
この女のバランスは狂ってる、と思った。だが、なぜか、ちっとも不思議ではなかった。いずれ色褪せていく情報を、まだ足りない、もっと欲しいと懸命に集めている自分と、どこが違うのか。 無意味と思いながらも、癖のように生きた証拠を積み上げていく。虚構の城を築いていく。幸せの目盛りがずれていることには気づいていても、修正のしようがわからない。
『バカラ』 2002.5.15. 服部真澄 文藝春秋
| 2006年11月02日(木) |
『芥子の花 金春屋ゴメス』 西條奈加 |
日本で鎖国をしている国・江戸国。江戸から阿片が流れ出したとされて、長崎奉行馬込播磨守=ゴメスが調査に出張る。辰次郎はゴメスの新しい子分・女剣士朱緒にほのかな恋心を抱きつつ奔走する。江戸の窮地を救えるか!?
怪物ゴメス親分(♀)ものの2作目であります。日本の中で独立しかも鎖国をしている江戸はまるでテーマパークのようで面白いです。でも残念ながら鎖国をしているので気軽に出入りできる場所ではない・・・うーん、行ってみたい。意表をついた設定とゴメス親分の異様さが物語の魅力だと思います。難を言えば文章のつながりがなめらかではなく、読み進めるのがちょっとタイヘンだったことでした。これは前作もそうでした。文章との相性なのかしら。どうかなぁ・・・。それでも内容が面白いのでエンディングにたどり着けました。なのでどうやら次につながりそうな置き土産があったので期待して待っています。
「どうあっても並みに生きられぬというのは、ひどく難儀なことではないのかの」
『芥子の花 金春屋ゴメス』 2006.9.20. 西條奈加 新潮社
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