[ 天河砂粒-Diary? ]

2004年04月29日(木) (負け犬お題スタート)

ここ直すのすっかりわすれてた……。
負け犬お題『尖塔より愛を込めて』は、こちらからご覧になれます。



2004年04月19日(月) 「負け犬に30のお題」

「負け犬に30のお題」が、高月さんのサイトで公開になりました。

(ルール)
・ 46のお題同様、長編に複数の台詞を組み込むこと、長台詞に組み込むこと、語尾などの微妙な改変も可。
  また、「僕」→「私」など一人称や二人称の変更も可とします。
・ 期限は当初の規定に従って一ヶ月以内。〆切は5月19日とします。



1 「It's showtime!」 (※「さあ、ゲームを始めようじゃないか」も可)

2 「あはは、私を捕まえてごらんなさい」「まてまて、こいつぅ〜」 
3 「犬とお呼び下さい」
4 「イヤー! 両生類はイヤー!?」
5 「お前が好きだ! お前が欲しい!」
6 「隠し味はそこのホイホイに入ってたヤツよ」
7 「キスしてくれたら許してあげる」
8 「君の瞳に乾杯」
9 「くそ、まさか水溶性だとは思ってなかったぞ」
10 「この人、解剖させてください!」
11 「さあ、僕の顔をお食べ」
12 「さよならだけが人生だ」
13 「志村、後ろ、後ろ!」
14 「素敵だね」
15 「それだけは勘弁してください。イヤですよ。いい年こいて三輪車なんて」
16 「それで醤油を一升飲んだのか?」
17 「だって、もう夏は来ないんだから」
18 「たとえこの世界の果てにいても、会いに行くよ……僕の舞姫」
19 「地と海とは不幸である」
20 「なんて情熱的なタンゴなんだ」
21 「西の空をピンクのカバさんが飛んでいます」
22 「一月前に、埋めたのよ」
23 「ふう、たまにはヘソ踊りというのもいいものだな」
24 「変・身!」
25 「三つ数えて振り返れ」
26 「め、目からビームだとっ!?」
27 「友情パワー!」
28 「よりによってバニーかよ」
29 「私は帰ってきたのだよ! 再び浜松町をわが手中に!」

30 「ゴール!」

……そんなわけで、締め切りまで、私はこれを、死ぬ気でがんばります。
それに伴い、『天使と術師と探偵と』は、一時休止かも!?
(自分の執筆ペースにうんざりしつつ、今日はここまで)



2004年04月18日(日) 『天使と術師と探偵と』No4(バトル終了コメントつき)

お題No.4 「似合わない顔すんなって」

 後方から、楽しそうな笑い声とおしゃべりが響いてくる。
 キッチンでオムライスの皿洗いをしていたヤヒロは、今、事務所で繰り広げられているだろう光景を想像して、小さく唸った。
「……すみません」
 心中を察してか、隣でぬか漬けの床を混ぜていたイザリが、申し訳なさそうに呟く。
「いや」
 短く答えて首を振る。イザリは悪くない。
 満腹だ、退屈だと言いながら、勝手に事務所の書棚を眺めだしたキタも、悪いとは言い難い。並んで書棚を眺めていたキリエが、どこからか将棋のセットを見つけだしてきたのも、悪い事ではない。なぜヤヒロの事務所にそんなものがあったのか、ヤヒロ自身も思い出せないことではあるのだが。あったものはあったのだ。「これ、何?」と、興味深げに箱を開けてみたキリエを責める理由もないし、「それはね、並べて倒して遊ぶものだよ」と、本来とは全然違う遊び方の説明をしたキタも、どうかとは思うが責める理由にはならい。
 イザリが謝ることではないし、俺が怒ることでもない。と、ヤヒロは思う。
 ただ。そう、ただ。「探偵事務所」で「将棋倒し」という組み合わせが、ヤヒロの心に言い難い悲しみを満たすのだった。
 ハードボイルドは精神論。ハードボイルドは精神論。何度心で唱えてみたところで、あれのどの辺がハードボイルドか。と、まざまざと現実を見せつけられている気分になれる。
 事務所でさえ無ければいいのだ。その証拠に、事務所から十数歩出ただけのキッチンで、ぬか漬けを作っているという事実に対しては、特になにも思わない。事務所で食べようと言われると、お願いだからやめてくれ。と言いたくはなるだろうが。
 食器を洗い終えて顔を上げると、イザリはまだ、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
「気にするな。ちょっと現実の厳しさというものを実感しているだけだから」
 ぬかのついた手を洗えるように、流しを明け渡しながらヤヒロが苦笑う。
「そんなことよりも、俺としては、キリエのことを聞かせて欲しい」
「……」
「お前が連れてきたってことは、ネツァフがらみなんだろう?」
 無言で手を洗い続けるイザリの横顔を見つめながら、ヤヒロは言葉を続ける。
「お前の時みたいに、色々と込み入った事情があるんだろうってことで、今まで深くは考えないようにしてたけどな。やっぱり、そろそろマズイだろう。学校のこととか。男ならまだ適当になんとかなるかもしれんが、キリエは女の子だ」
 将来のことなどを考えるなら、もう少しまともな対応をしなければいけない。……今更ではあるが。
「追い出すんですか?」
 洗い終わった手をやや荒っぽく拭きながら、イザリが言う。穏やかな口調ではあったが、手元を見つめたままの表情には、穏やかとは言い難い固さがあった。
「いや、そういうことじゃなく」
「学校とか、将来とか、一般的な未来のことは問題ありません」
 真っ直ぐにヤヒロを見つめて。
「ヤヒロさんには、本当にご迷惑をかけていると思っています。でも、もう少しだけ、何も聞かずにいてもらえませんか。何事もなく終われるなら、それが一番良いんです」
 イザリは苦しそうに言葉を紡ぐ。
「キリエにとって、おそらく、今が一番幸せな時間だと思うから」
 ゆっくりと目をそらして、語れない言葉を隠すように目を閉じる。
 薄暗いキッチンに、無言の時だけが満ちる。
「わかった」
 深く、ひとつ息を吐き出して、吹っ切ったようにヤヒロが言った。
「お前がそう言うなら、もう少しだけ何も聞かないでおく。だからそんな、似合わない顔すんなって。キリエが見たら心配するだろう?」
「……すみません」
 頭を垂れるイザリの頭を、わしわしと撫でながら「気にするな」と、ヤヒロは笑う。
 イザリは、ネツァフの特別幹部だった少年だ。教団が女神と呼んで崇める「天使」の側に、創始者以外で唯一立ち入ることのできた、教団にとっては要とも言うべき存在の一人。その彼が連れてきたという時点で、キリエに何かしら大きな事情があることくらいは、ヤヒロ自身もわかっていたことなのだ。「何事」かが起きる可能性があるらしい。それさえ忘れずにおけば、それなりの対応はできるだろう。
「将棋倒しの行方も気になるし。事務所に戻るか」
 わずかに自虐気味なセリフを吐き出すと、ヤヒロはイザリの背中を押してキッチンを出た。「学校とか、将来とか、一般的な未来のことは問題ありません」というイザリの言葉の、その意味を考えながら……。

No.5 「ホントは、好き」へ続く

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……一週間以内で勝敗が決まるとは思っていましたが。
まさか、4日で決まるとは。さすがです。高月さん。
ありがとう、高月さん! おめでとう、高月さん!
今、橘さんが一番、衝撃を受けているに違いありません。

人生、何があるかわからないものですね(笑)

そんなわけで、お題バトルの勝者は高月さんです。
二位以下は全員が、追加お題。というペナルティですから、
橘さん、秋乃さん、えあさん、私の4人が、追加ですね。

そういう事情により、バトル自体は終了いたしましたが、
目指せ日記連載のまま、『天使と術師と探偵と』は続行予定です。
既に行き当たりバッタリ加減で四苦八苦していたりもしますが。
最後までおつき合いいただければ幸いです。



2004年04月17日(土) 『天使と術師と探偵と』No3

No.3 「春なんだよ、頭が」

 泣いているキリエの頭を何度も何度も撫でながら、ヤヒロが事務所の奧、住居へと続く入り口に目を向けると、いつからか黙って様子をうかがってたらしきイザリと目があった。
 言葉無く苦笑してみせると、一瞬だけ申し訳なさそうに眉を下げ、控えめに口を開く。
「お昼御飯、オムライスでいいですか?」
 その言葉に、ソファーに沈み込んで、意味もなく体をゆらゆらさせていたキタが勢いよく背を伸ばす。
「キタさんも、食べますよね? オムライス」
「あ、良いの? 悪いなぁ」
 ちっとも悪びれずに答えるキタを軽く睨みながら、
「頼む。実は腹減って死にそうだったんだ」
 ヤヒロは思い出してそう言った。頷いて奧へと姿を消すイザリを見送ってから、キリエにそっとソファーを勧めて、その隣に座る。できるものなら、料理の手伝いくらいしたいような気もするが。正直なところ、不慣れなヤヒロが中途半端に手を出すよりも、イザリが一人で準備した方が、無駄なく早く終わるのだ。
 しばらく無言で、時をやり過ごす。泣きやんだキリエは、気恥ずかしそうに下を向いたまま、足をゆらゆらと揺らしている。そう言えば、泣いているキリエを見るのは初めてかも知れない。と、ヤヒロはぼんやり思った。
 キタは相変わらずのマイペースで、怠そうにソファーに沈み込んで、勧めても居ないうちから当たり前のように紅茶を口に運んでいる。
 ヤヒロは、キリエに聞こえない程度に小さくため息をついて、ソファーもたれた。
 ここで、煙草の一本でもふかせば、あるいはハードボイルドっぽくなるのかもしれないが。不幸にもというべきか。キタもヤヒロも、煙草とは縁のない生活を送っていた。ヤヒロの場合は、単に煙草が旨いと思えなかったからであり、キタの場合は、情報収集のためにどこかに潜伏する際、匂いで存在がばれると困るからである。
 ハードボイルドは精神論。思わず、キリエの言葉で自分を慰めてしまっている自分に気づき、ヤヒロは内心でもさらにため息をついた。
「お待たせしました」
 鼻をくすぐる美味しそうな香りとともに、イザリが一気に四つお皿にのったオムライスを両手で運んでくる。ふんわりと艶やかで柔らかな黄色い卵に上に、真っ赤なケチャップでそれぞれの名前が書いてある。「ヤヒロ」「キタさん」「キリエ」……。
「……お前だけ、ぼく。なのか」
「自分で自分の名前を書くというのも、どうかと思ったものですから……」
 名前の主の前に並べながら、イザリが笑う。目の前に置かれるなり、スプーンで名前を崩しに掛かるキタの手を素早くはたいて止まらせ、イザリが席に着くのを確認してから、ヤヒロは手を合わせていただきますをする。キリエも続いて、小さな声でいただきますと言った。
「学校給食を思い出すよなぁ……」
 はたかれた手を恨めしげに眺めながら、キタがぼやく。
「礼儀は大事だって、何度も言ってるだろうが。お前は一度、小学校から礼儀を学び直してきたらどうだ?」
「大きなお世話だよ。それに俺だって、礼儀が必要な場所ではきちんと礼儀通してる」
 甚だ信じがたい言い訳をして、キタはオムライスを口に運ぶ。キリエもすっかり元気な様子でオムライスを美味しそうに食べていた。
「ところでさぁ、イザリ君。そろそろ何か、ネタ、ないのかなぁ?」
 あっという間にオムライスを平らげて、ティッシュで口のまわりを拭きながらキタが言った。
「何かって、何ですか?」
 視線をオムライスに向けたままで、イザリが答える。
「嫌だなぁ、とぼけちゃって。ネツァフのことに決まってるじゃないか。堕天使なんだろう? イザリ君」
 ネツァフ。キタが今一番興味を抱いているカルト集団であり、今、巷で一番話題の宗教組織である。所属している信者を「天使」と称し、そこから抜けた人間を「堕天使」と呼ぶ。天使でありながら、崇める神もまた天使であるという、ちょっと理論的におかしな組織なのだが。どういう訳だか、十代から二十代にかけての少年少女に絶大な支持を受けているという。
「違いますよ」
 穏やかな笑顔で、しかし、そっけなく答えるイザリをまじまじと見つめながら。
「そう? そうかなぁ。すっごく、天使の香りがするのになぁ」
 キタは真面目な顔でそんなことを言った。
「……香り?」
 不思議そうな顔で、キリエが問い返す。
「そう。香り。ミステリアス。かつ、幽かに官能的な香りだね。天使特有だよ」
 わかるかい? 信仰はいつだって、香りを伴うものでね。俺はその香りが好きで好きで好きで好きで好きで好きだから、ついうっかり追いかけちゃう訳なんだけど。
 どこか遠くを見つめながら、まるで愛を歌うように語るキタ。
 その様子を驚いたように目を見開いて見つめているキリエに。
「まともに聞く必要はないぞ」
 ヤヒロはそっと耳打ちした。
「そうなの? 大丈夫なの? キタさん、目が遠く見てるけど」
「気にするな。春なんだよ、頭が」
 いつものことさ。そう続けながら。ヤヒロは最後の一口となったオムライスを、名残惜しそうに食べきった。

No.4 「似合わない顔すんなって」へ続く



2004年04月16日(金) 『天使と術師と探偵と』No2

お題No.2 「論点が違うー」

「ところで、葉書なんか、何に使うんだ?」
 ふと気になって、ヤヒロがたずねる。
「何にって。困るなぁ、ヤヒロ。俺は情報屋だよ? 情報屋がそうそう、情報を口にするわけがないじゃないか」
 大げさに肩をすくめられて、ヤヒロは思わず心の中だけで舌打ちをする。
 聞くんじゃなかった。と、後悔したところでもう遅い。そんなヤヒロの心境も知らず、キタは事務所内をぐるりと見渡すと、納得したようにうなずいて言った。 
「なるほど。なーんか気が利かないなぁと思ったら、そうか」
「何だ?」
「イザリ君が居ないんだな」
 ソファーの上であぐらをかきながら、「どうりで茶の一杯も出ないはずだ」などと、勝手なことを言っている。
「うちは喫茶店じゃないんだ。依頼人でもないお前に、何で茶など出すものか」
「嫌だねぇ。そんなんだから、二週間も依頼が来なかったりするんだよ。まったく。道楽ってのはこれだから……」
 なんで二週間という具体的な期間を知っているのだ。とやはり心の中だけでツッコミながら、ヤヒロのはキタの言葉を聞き流す。
 キリエも、あえてお茶をいれる気にはならないようで、ただ、楽しそうにキタの言動を眺めている。時々、もしかしてキタのことが好きなのでは無かろうかと心配になってしまうほど、熱心な眺めようである。
「少しは俺を見習ってだなぁ、」
 キタがソファーの上で独演会を開きかけたその時、事務所の入り口が、カラリンと音を立てて開いた。その軽やかな音色に、無意識にもヤヒロの眉間に皺が寄る。
「ただいま……」
 落ち着いた、穏やかな声とともに、細身の少年が事務所に顔を出した。
「おお。お帰り、イザリ君。久しぶり」
 顔だけで扉の方を向き、キタがへらりと笑う。
「あ、キタさん。いらっしゃいませ。お久しぶりです」
 イザリと呼ばれた少年は、静かにほほえむと、「食材しまってきますね」とだけヤヒロに告げて、事務所の奧へと消えていく。途中、思い出したように振り返って、
「お茶出すの手伝ってもらえる?」
 小さくキリエを手招きした。
「やー。もう、すっかりここの住人だねぇ」
 二人の後ろ姿を見送りながら、キタがしみじみと呟いた。
「キリエちゃんもすっかり馴染んだみたいだし」
 その言葉に、ヤヒロは少々渋い顔をした。
「馴染んで貰っても、困るんだが」
「でも、ご両親はいないんだろう? 養護施設に入るってのも、色々大変だろうし。どうせ金は余ってるんだ。親子三人、仲良く暮らすのが良いよ」
 のんびりとしたキタの口調に、ヤヒロはさらに渋い顔をする。
「誰と誰が、親子なんだ」
 イザリもキリエも、ともに、別々の時期にヤヒロの事務所に転がり込んでいた他人である。イザリに関しては、ヤヒロの私有地内で倒れているところを保護して連れてきた。色々とごたごたした事件を乗り越えて、やっと落ち着いてきたと思った頃、今度はイザリがキリエを連れてきたのだ。
「賑やかなのはいいよなぁ」
 キタは呑気にそんな事を言う。
 なぜそんなに呑気でいられるのだろうかと、ヤヒロは思う。
 イザリはもともと、あまり自分のことを話したがらない性格だったが、キリエを連れてきた背景に関しては、ことさらに口を閉ざす。両親は居ない。警察に届けるのはまずい。学校には行ってないから問題ない。迷惑はかけないから、住まわせてくれ。いつかきっと、お礼はするから。それが、イザリの言葉だった。
 十二歳と言えば、小学生、あるいは中学生だ。普通に考えれば義務教育だ。行ってないから問題ないと言われて、納得できたものではない。
 しかし、ヤヒロは深く問いただせないまま、かれこれ二ヶ月ばかり、三人で暮らしていたりする。実際、今ではすっかり、三人での生活にも馴染んできた。
「色々と、問題があるだろう。主に、俺に」
 大人としての責任というか、なんというか。人として。と、ヤヒロがぼやく。
「あんまり深く気にすることないって。だいたいお前、道楽で探偵やってるような、存在自体が非常識なやつがだよ? 責任とかなんとかって。なんつーの? ギャグ?」
 俺、笑っちゃうよ。と、既に散々笑いながら言う。
 キタの言うことは、さらさら話にならないが。イザリが連れてきた。という時点で、ヤヒロにとってはもう、そうするより仕方がないと思えてしまっているのは事実だった。
 今更悩んでもなぁと、正直思わなくはない。責任とか、常識とか、そういうことを言うならば、イザリを拾ってきた時点まで遡って考えなければならない話なのだ。
「私、やっぱり迷惑?」
 ふと後ろからした小さな声にヤヒロが振り返ると、小さなお盆にティーカップを二つのせて、キリエが立っていた。
「やっぱり、こういうのって、非常識?」
 真剣な表情でそう問われて、ヤヒロは返答に困る。
 非常識かと言われれば、非常識だろう。主に、ヤヒロ自身の行動が。
「ずっと不安だったの。聞かなかったけど。イザリは、ヤヒロはいい人だから、絶対に追い出したりしないし、いざって時は守ってくれるからって、言ってくれたけど。ねえ、ヤヒロ。ヤヒロにとっては、やっぱり、迷惑?」
 ティーカップの中で、琥珀色の紅茶が小さなさざ波を立てている。
「迷惑ということは、ない」
 不安定に揺れるお盆を、そっと受け取りながら、ヤヒロが答える。
「本当に?」
「本当だ」
 しいて言うことがあるとすれば、事務所の扉に鐘をつけないでもらいたいということくらいだ。
 ただ、迷惑ではないのと、30歳を過ぎた大人の行動としてどうか、というのはまた、別の問題で。その辺で、ヤヒロとしては悩むのである。
「……キタさんは、どう思う?」
 不安げに、言葉を投げるキリエに。
「良いんじゃない? 女の子がいる方が、事務所も華やぐし、俺もうれしーし?」
 どこまでも呑気な口調で、キタはへらりと笑って答えた。
 呆れて立ちつくすだけのヤヒロの隣で、キリエが涙目になって笑っている。
「もう。キタさんってば、やっぱりおかしい。本当にもう。全然、論点が違うー」
 笑って、でも片手で涙をぬぐうキリエの頭をそっと撫でながら。
 ヤヒロは、今更常識とか責任とかってのも、ないよなぁと。やっぱり心の中だけで、こっそりと言い訳のように呟いた。

No.3 「春なんだよ、頭が」へ続く



2004年04月15日(木) 『天使と術師と探偵と』No1

※初めて読まれる方は、<プロローグ>からお読みください。

お題No.1 「一円玉で五十円ってのは酷じゃないか?」

 カラリンと、軽やかな鐘の音をさせながら事務所の扉が開いた。
「いつの間に……」
 そのハードボイルドとはほど遠い音に、ヤヒロが呆然と呟きを漏らす。
 つい先日まで、扉にあんな鐘はついていなかったはずだ。探偵事務所の扉を鳴らすのはノックの音であるべきで。決してあんな、喫茶店のような音であってはならない。
 苦い顔で隣を見下ろすと、キリエは得意げに「いい音でしょ?」とほほえんだ。
 ドアのてっぺんで、くすんだ金色の鐘がゆらゆらと揺れている。あの高さに、キリエが自力で鐘をつけたとも考えにくく、ヤヒロは取り付けの手伝いをしたであろう同居人の顔を思い描いて、心の中でため息をついた。
「よお、道楽探偵。どうした、渋い顔しちゃって」
 にやりとした笑みを浮かべながら、軽い挨拶とともに、男が一人顔を見せる。
 短い髪をほとんど金色に近い茶髪に染め上げているその男は、勝手知ったる足取りでヤヒロの前を横切ると、遠慮無くソファーに座り、手際よく靴を脱いで、当然とばかりにテーブルに足をのせる。
「キタ。お前は少し、行儀というものを身につけたらどうだ」
 あまりにも傍若無人な客人の振る舞いに、ヤヒロが思わずたしなめる。
「細かいこと言うなよ。靴、脱いでるだろ」
 キタと呼ばれた男はそう言って、沈むようにソファーにもたれたまま、ショッキングピンクの靴下に包まれた指先を動かして見せた。その様子に、キリエが「キタさんって、相変わらずね」と笑う。
「で。何のようだ。カルトマニア」
 靴下の色は見なかったことにして、ヤヒロが正面のソファーに腰を下ろす。その隣に、キリエもちょこんと座った。
「残念だけど、依頼じゃぁないんだな」
「そんなことはわかってる」
「おや。なぜ?」
「なぜ、だって?」
 意外そうに体を起こすキタに、深く深くため息をつきながら。
「お前がまともな依頼を持ってきた事なんて、一度もないからに決まってるだろう!」
 ヤヒロは半ば自棄になって言い切った。
「だいたいお前、情報屋だろう。情報屋が探偵に何かを依頼してどうする」
「情報屋は情報屋であって、探偵じゃないからなぁ」
 へらりと笑いながら、ヤヒロの言葉をすりぬける。
 キタはヤヒロの友人であり、そこそこ腕の良い情報屋であった。ただ、情報に少々偏りがあったり、本人の興味の幅がかなり限定されていたりするため、ヤヒロにとっては「情報屋」というよりは「カルトマニア」という認識の方が強い。
 そう。キタにとって情報屋は、趣味であるカルト教団調査の副産物にすぎないのだ。趣味と実益という言葉は、この男のためにあるのだと、ヤヒロは思っている。
「あらかじめ言っておくが。ネツァフの情報なら俺は持ってないぞ」
「あー、大丈夫。期待してないから」
 ひらひらと手を振って見せながら、やる気なさげに答えるキタに、
「じゃあ何のようだ」
 我ながらよくこんなマイペースな男と友人関係を保っていられるものだと、ヤヒロは自分の寛容さに関心する。
「はがきをね。売って欲しいのよ」
「葉書?」
「そう。はがき。往復じゃなくて、普通のね。五十円のやつ。金なら払うから」
 言いながら、テーブルから足を降ろすと、ポケットから裸銭を取り出して、ちゃりちゃりとテーブルの上に小銭を広げた。
「……葉書を売るのは構わないが。一円玉で五十円ってのは酷じゃないか?」
 十枚ずつの山にしながら、ヤヒロが静かに抗議する。
「それっきゃないのよ。細かいこと言うな」
「しかしなぁ。一円玉ばかり五十枚も、使いようがないだろう」
 しぶしぶと受け取って、黙って座っているキリエに葉書を持ってきて貰うよう頼みながら、ヤヒロは今日何度目かのため息をつく。
「何言ってんの。一円玉を笑うものは、一円玉に泣くって言うだろう?」
 まったく気に留めてない様子で、微妙に間違ったことを言う。その様子をやっぱり笑って眺めながら、キリエが葉書を取って戻ってきた。
「ありがとな。ほれ、葉書だ」
「サーンキュー」
 嬉しそうに受け取って懐にしまうキタに、それまで黙っていたキリエが口を開いた。
「ねえ、キタさん」
「何かな?」
「目の前に郵便局あるのに、どうしてヤヒロに頼むの?」
 その言葉に、ヤヒロがそう言えば、とキタを見る。
 言われてみれば、この事務所の目の前には確かに、小さいな郵便局があった。郵便窓口は土日も営業しているはずであり、葉書が欲しいのならば、そちらに行けば済むことである。
 何か意図があるのだろうか。探偵のサガで、興味深げにキタを見つめるヤヒロに、
「そーんなの!」
 キタは満面の笑みを浮かべると、
「一円玉五十枚で買い物なんて、恥ずかしいからに決まってるだろ!」
 鮮やかに言い切って、ヤヒロを深く落胆させたのだった。 

No.2 「論点が違うー」へ続く



2004年04月14日(水) 「目指せ日記連載」開始のお知らせ

とある打ち上げの余韻が残る中、ふと我に返ってみると、
こんな企画の参加メンバーに名を連ねている自分がおりました。

今更後悔しても始まりませんけれども。
ただ、お詫びだけはせねばなるまい。
えあさん。ただ一人冷静に企画中止を訴えるその声も聞かず、
橘さんと秋乃さんのお題作品が読みたいばかりに「やりましょう!」と
話を進めてしまってごめんなさい。
今、マリアナ海溝よりも深く反省しております。
手に手を取って、地道に走って参りましょうね。
あの人に勝とうと思ったら、1週間くらい連続で会社を休んで、
尚かつその間ずっと、鬼コーチに見張られながら執筆する。
くらいのことをしないと、無理でございましょう。ええ。
あり得ない話ではありますが。私が勝者に君臨した暁には、
追加お題30は無し。という徳政令を発動したく思います。
参加者の皆様(超人橘さんは除く)、がんばってまいりましょう。

さて。上記の理由を踏まえまして。
《不定期連載》である『天使と術師と探偵と』は、本日より、《目指せ日記連載》に変更となります。
目指すだけかよ。という事態になることは、目に見えてはおりますが。
極力がんばっていく所存ですので、よろしくお願い申し上げます。

ああ。橘さんの高らかな笑い声が聞こえる……。



2004年04月02日(金) エイプリルフールでした。

昨日は、あんなネタを披露してしまって、申し訳ありません。
「だまされたー!」とか「バレバレですよ」とか。
色々と、反応ありがとうございました。
なんだか、すっごく楽しかったです(笑)

もう、二度とやらないと思いますが。
人生に一度は、エイプリルフール。
おつき合いくださいまして、ありがとうございました。

18禁サイトを裏で運営できる能力があったなら、
私はもうちょっと、メインのサイトの更新速度を上げたいです(涙)



2004年04月01日(木) 素直になろうと決意

そんなわけで。
新しい年度を迎えることですし。
こう、裏でこそこそしていた活動をですね。
おおっぴらにするのも良いのではないかと思いまして。

サイトを統合いたしました。
どんなサイトかは、右下から、トップページに飛んでいただければ、
わかっていただけると思います。

ええと。
こんなんやってました。
今まで、内緒にしていて申し訳ありません。
これからも、見捨てずよろしくお願いいたします。


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