愚痴日記

2003年01月30日(木) あまりの寒さに


  あまりの寒さにガスが凍結してお湯が出ない
 
 今 社員が長休できのうは夜、9時まで働かされた
 寒い中を帰ってきてお風呂にお湯を入れようとしたら
 ガスが凍結していてお湯が出ない
 ガス会社に電話したら
 今夜は回りきれないくらいなんですが
 お宅は会社のすぐそばですネ、10分くらいで行きますわ
 あぁ なんとありがたい!
 5分くらいで若いお兄ちゃんが来てくれてお湯がでるようにしてくれた
 お昼ころはお湯、出てたのに夜になってまた冷え込んだのだろう
 
 私 だいたいが10時から16時のシフトでパート始めたのに
 いつの間にかいろいろなシフトが組まれてる
 もちろん私だけではなくて
 パートみんながうまいこと使われてるんだけれども
 みんな陰ではいろいろ愚痴っているけれど
 どうしても我慢できない人はポツポツと辞めていく
 パートにも社員にも有休があるけれども
 パートは月に1日か2日とか計画的に休みなさい と言ってるが
 社員は最低でも1週間、売り場が回るのなら10日間の連続休暇を取らす
 そのために我々パートが遅いシフトを強いられている
 これっておかしくない?
 なんで社員の休みのためにパートが夜9時まで働かされるの?
 社員さん、長い休みで暖かいオーストラリアに行ってるらしい
 日本人が働き過ぎでゆとりの奨励できちんと休みを取らせるのは
 いいことだと思うけれど、それならパートにも連続休暇認めてよ
 親の介護の時も骨折した時も1日も有休を認めてくれなくて
 私 別の意味での長休だったわ
 給料だって20日〆で
 社員はその月の25日払いだのに、パートは翌月の5日払い
 あぁ それにしても正社員とパートの差別
 悲しいネ・・・



2003年01月27日(月) 消化試合


ある人がこのエンピツで
 私の人生は消化試合のようなもの と書いておられた
 
 私もつくづくそう思う
 
 ただ死ぬのを待っているだけのような・・・

 こういうことを言うと露骨にイヤな顔をする人がいる
 −よう死なんくせにー

 
 人の気持ちほど難しいものはない・・・
 



2003年01月24日(金) ある新聞記事 

  とても気になる新聞記事を読んだ.

20代後半、それまで自分にかけられた養育費を計算し、その全額を両親
に返した。それ以来、両親とは会っていない。
考え抜いた末に選んだ「大人のなり方」だった。
「この話をするとみんないやな顔をする。年をとれば親のありがたさが分かるという人もいるが、40歳になってもまだ分からない」
親との関係を客観的にことばにすれば「共感できる接し方をされなかった」ということになる。
「家族とうまくやっていける人はそれでいい。しかし、どうしてもいい関
係が作れないときは、親なんだ、子なんだとこだわって無理に合わせる
必要はない。むしろ自分が選んだ友人や恋人、仕事の仲間こそが本当の家族だと思う」
家族に愛情があるのは当然、従うのは当たり前、見えない檻のように作用
するそんなモラルや制度をいったんゼロに戻す。
「現実」と呼ばれるものは相対的なものでしかない。そう体感できた世代
こその価値観だった。

 どんなお金の返し方をしたのか、この人のご両親がどんな方なのか
 何も分からないけれども、私にはこの人のやり方が理解できない
 お金を返して親との関係も維持しているのなら大人だろう
 でも 10年も親と合わない生活が何を意味するのか
 一方的な「大人のなり方」を選んで、親の気持ちはどうなるのか
 今でいう虐待のようなものがあったのか
 新聞記事だけで 軽々しく私見を言うのは私にも思慮がないのか
 後味の悪い記事だった



2003年01月22日(水) 夢と一遍上人

夢は真実のこころか
 それとも願望か 
 それとも何の意味もないのか
 ただ疲れているからだけなのか
 睡眠が浅いのか いやむしろ深いのか
 夢判断という本もあるけれど
 家を出た娘の夢はないわけで・・・

 娘が夢の中で
 「おかん やっぱり一緒に住もうや」  と言ってくれた
 私が あんたのことを案じてるけれどもそれは出来ないと言ったら
 さして気落ちした風でもなく 怒った様子もなく
 「やっぱりな・・」 と一言だけ言った
 夢の中の娘は家にいたころよりはほっそりして
 すこし大人びて見えた
 ただ食生活が荒れているのか 睡眠不足なのか
 前から気にしていたニキビが少し目立った
 あ〜ぁ 夢ではなく本物の娘に逢いたい!


 佐江 衆一の 「わが屍は野に捨てよ 一遍遊行 」  と
 瀬戸内 寂聴の 「花に問え」 を読んだ
 共に 一遍上人のことを書いている
 感想は容易には出せない・・・
 思ったことは 図書館で借りた本だったので
 自身で買おうかなぁ と
 
 一遍上人語録の中より
 「生ぜしもひとりなり、死するも独りなり。
 されば、人と共に住するも独りなり。
 そひはつべき人なり故なり」

 インターネットで電子写経をした
 入門と初級だけだけれど
 送信したら ○本願寺からミニ念珠が送られてきた







 



2003年01月19日(日) 消費税


 また消費税値上げの話が浮上してきた
 
 私 時々、お客さんに消費税のことで叱られる
 配達料とか古い家具やカーペットの引き取り料金にも消費税がかかる
 なんでこんなものにも消費税かけるんや!
 国に収めるまでの間、いったいなんぼ儲けとるんや!
 ちゃんと国に払っとるんか!
 お願いだから私にそんなこと言わないで
 そんなに言いたいのなら店長に言ってよ
 5万円の商品を買ったら消費税は2500円
 10万円だと5000円
 わからなくはないけれど私に言わないで
 そんなに払うのがイヤなら議員にでもなって議論してよ
 私らパートに言わんといて
 男の社員には言わないでしょ
 ただ言ってるだけかもしれないけれども・・・
 みんな今の暮らしに何がしかの不満があるから
 ちょっと吐き出してるだけだろうけれど私にはそんな器量はない
 でもさぁ、消費税値上げの必要性を言ってる議員とか
 経済界の重鎮の人とかは少々消費税が上がっても動じないのよネ
 それくらいの額は平気なのよネ
 それにしてもそもそも消費税をいちばん始めに導入するとき
 将来の高齢者対策に使うって言ってなかった
 そのうち、それでも足りないからって介護保険を導入したよネ
 そして今回は将来の年金の財源が足りないからって・・
 日本の国家予算が80兆円で半分の40兆円が国債の借金
 国民一人当たり約530万円の借金をかかえてるらしい
 そんな認識はたぶん普段ほとんどの国民にはないと思う
 そんな状況のなかで安易に消費税を上げていいのだろうか
 我が家は1円も国債を買ってはいないけれども・・
 そりゃ 将来、年金はちゃんと欲しいけれどもねぇ・・
 なんか いい方法はないものでしょうか?



2003年01月17日(金) 歯並び


前にも書いたが私には歯をかむくせがある
 いろいろな場面で無意識に奥歯をかみ締めている
 顎関節症にもなった(まだ直っていない)
 昼間はずいぶんと気をつけているけれども
 睡眠中はどうしようもない
 かならず夜中に目が覚めるけれど
 そのとき必ず決まった歯の痛みを感じる
 歯並びも悪くて、前歯の一本が伸びてきた
 毎月 歯医者さんにみてもらっているが
 次回の予約日がくるまでに痛みだす
 変な奥歯のかみ締めのために歯周病になっているらしい
 以前 TVで歯は万病のもとだと言っていた
 虫歯菌や歯周病菌が体内に入ってわるさをするらしい
 糖尿病や心筋梗塞の誘発もあるらしい
 虫歯はないのに歯医者ばっかり行っている
 歯並びの悪いのもいろいろな悪影響が出るらしい
 身体のゆがみや、頭痛、肩こり、腰痛も歯並びの悪いことから起きる
 50を過ぎても歯の矯正をしたほうがいいのだろうか
 テンプレートとかバイオプレートとか、費用はどのくらいかかるのか
 たかが歯並び、されど歯並び・・・
 憂鬱な日々・・・



2003年01月15日(水) 私の死生観

 
 ひとは必ず死ぬ
 ただ
 早いか 
 遅いか
 楽か
 苦しむか

 以前 たぶん新聞で読んだと思うのだが
 ある老人の施設で七夕の飾りを作ったとき
 短冊に願いを書き入れるのだけれど
 「早く 死にたい」
 「楽に死にたい」
 「ぽっくり 死にたい」 ばっかりだったそうだ
 ある意味 異様だったと書いてあった
 日本は世界一の長寿国らしいけれど
 元気でなければ何の意味もない

 いきかた上手とか死に下手とか言うけれど
 ひとは死ぬのが怖いのではなくて
 死に至るプロセスが辛いのだと思う
 それと向こうの世界がわからないから
 でも 誰でも安らかに苦痛なく死にたいはずだ
 いま 延命を望む人は減ってきている
 ムダな医療行為も確かにあると思う
 ただ 奇跡を信じて医療にすがるのもまた真実だろう
 だから身体も頭も確かなときに
 自分はどうしてほしいのかしっかり考えておくことだ
 そしてその考えを文字にするとか
 家族にしっかり伝えておくとかしておくべきだ
 私は3年まえに日本尊厳死協会に入会した
 かなり以前からの私の思いをはっきりさせるために
 そしてその意志の変わっていないことの証明に
 きのう一年分の会費を振り込んできた

 きょうは母の3回めの祥月命日
 午後からお墓参りにでかけます
 
 



2003年01月12日(日) 宅急便

 インターネットって便利!

 娘に荷物を送って配達状況がネットでわかる
 どこで働いているのか、いつが休みなのかわからないので
 適当に送っているけれど
 ご不在で持ち帰りました とか
 再度の配達のため持ち出し中  とか
 何時何分、配達完了  とか ネット上で表示される
 もちろん 娘からは何の連絡もないけれど
 荷物が届けられたというだけでなんとなく安心する
 ご不在の表示のときは胸がドキドキする
 だから届けられたという表示を見たときは
 あぁ あの子は元気なんだ と思う
 だから 少しのものでも宅急便を利用している
 ただ一方通行の自己満足かもしれないが・・



2003年01月10日(金) ーまなざしー      


 京都まで行ってきた
 
 「中島 潔 が描く金子みすゞ 」  を見るために

 ありきたりだけれどよかった!

 金子みすゞのさりげない言葉と
 中島潔の愛らしい子供の絵と

 こういう絵や詩のまえでは自分はあまりにもちっぽけ・・・



2003年01月07日(火) 日ごと・・・

 日ごと
 娘に遭いたい気持ちが募る
 
 住んでいる所も分かっていて
 獄に繋がれているわけでもなく(少し大げさか・・?)
 それなのに何故遭えない・・
 
 きのう 友達に言われた
 「ふうちゃん ちょっと母性が強すぎるんとちがう
 娘さんを信頼して2年でも3年でもほっといたら
 でも向こうがその気ならこっちもこっちでやるわ、って気になりよ」
 って言われた
 う〜ん・・

 遭う、遭わないは娘の気持ちひとつ
 ここは我慢のしどころか・・

 



2003年01月05日(日) 次男の嫁


明日からはまた通常の生活

 義父が存命中はお正月には4人の子供とその連れ合い、孫たちが集まって
 それなりに賑やかだった
 ただし いつもどこかの家族が欠けていた
 いつもいるのは長男の家族と義父と義母だけ
 長女、次女、そして我が次男の家族は時たま参加しなかった
 と言うのもいつもどこかの兄弟がもめていた
 たまに4家族が揃うこともあったけれど
 揃えば揃ったで、言った、言わないの揉め事がおきた
 私は次男で末っ子の嫁として
 目立たないように、でしゃばらないように勤めたつもりだけれど
 それでもたまに発した一言で打ちのめされたことが何回あっただろう
 血の通った兄弟どおしがもめてもいつのまにか
 長男の嫁、次男の嫁が悪い、いたらないでかたずいた
 そんな時、ダンナは末っ子がゆえに義姉たちのまえでは非力だった
 いま私がつくづく思うのは
 ダンナの最大の欠点は次男で末っ子だということ
 いちばん上の姉とは13も年が離れているので太刀打ちできないみたい
 それでも親の介護に介しては私は勘定に入れられている
 義母が2年前、病院からもう見れません!と言われた時
 パートを長期休暇してまで面倒見たのは私だよ
 2人の義姉も長男の嫁も仕事を口実に逃げたよネ
 結局は老健を経て特養に入所したけれど
 「私は嫁にこんなとこに入れられた」という言葉は聞きたくない
 義姉が弟の嫁にやっかいをかけて気兼ねしたくないから
 みんなで決めたことのはず・・・    
 次男の嫁の私に決定権なんてなかったはずでしょ!
 それでも私は息子がいる故に義母の姿は20年後くらいの我が姿だと思う
 あんまり 長生きしたくないなぁ



2003年01月02日(木) 私のお正月

寒さもほどほどのお正月

 自分で作ったそれなりの正月料理
 暖かい部屋とダンナと息子
 あるひとつの事を除けばまあまあのお正月
 訪ねていきたい気持ちをおさえて年賀状だけ出したお正月
 お雑煮は食べたのだろうか
 料理は出来る子だからおせちぐらいは作っただろうか
 転居通知を出したはずなのに紛れ込んだ2枚の娘あての年賀状

 元旦から配達忘れされた朝刊
 今年の我が家を暗示しているかのよう・・

 それにつけても思うのは母のこと
 3年前の1月2日
 大晦日から血圧が測定できないくらいに下がったので
 病院から家族が付き添うように言われて弟と交代して帰る電車の中で
 デパートの福袋をもった人を見てお正月を実感した
 あぁ 世間はいろいろだなぁ と・・

    意識なき 母の枕辺 かがみもち

    もういちど 食べたい母の あずき粥

    枯れ葉舞う 母のいのちと 重なりて

 
 
 


 < 過去  INDEX  未来 >


孫二人 [MAIL]

My追加