The color of empty sky
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昔は側に他人がいると眠れなかったような気がする。 今はそうではないけれど、音に過敏になっていて耳栓をしないと眠れない時期もあったりして、そんな時はなるべく人の側では眠ることにならないよう気を使って暮らしていた。 この頃は少し慣れたのか、たまに友人などと飲んだくれて折り重なって眠ることがある。 (相手が異性であろうと同性であろうと、性的な関係に陥る可能性がない相手に限る) 以前は苦手だった、人の体温や寝息をいとおしく思ったり、その存在に安心したりもできる様になった。
そういえば人との距離のとり方も、少し無防備にさらけ出してみたり、人の良いところや悪いところも自分なりに理解して愛してみたり、というのが出来るようになってきた。 人は怖いけど、相手だって同じように私のことを怖がっているのかもしれない。 そこを乗り越えるのが、信頼ってやつの力なんだろうな。
この年になって今更分かったんだな自分は、と少し反省。
気力がみなぎり前向きで活動的になる時期と、半ば強迫観念のようなものに急かされて落ち着きなく何か行動をする時期とは、ちょっと似ているような気がする。 そんな訳で、上のどちらに当てはまるのかは分からないけれど、今は旅に出たくて仕方がなく、しかも流氷が見たくて見たくて仕方がない病。
中学校の行き帰りに回り道して通った橋は、海の近くで割と広い幅の川に架かっていて、今頃の時期になると、氷や雪の塊も流れていた。 テレビで見る流氷にちょっと似ていなくもないな、と学校帰りぼんやり眺めながら、私はそこにいろいろなものを投げ捨てた。 テストの答案や学校行事のプリント類、美術の授業で作った隣の席の人の頭部のブロンズ像、食べ残したお弁当。 あと、自分の感情とか、ね。
何かを見たくて旅に出て、また同じ場所に戻ってきて生活に戻る。 旅で得たものはなんだろう、と思い返し考えているうちに、生活に押し流されて少しずつ記憶が薄れて、また次の旅に出たくなる。 そんなことの繰り返しで年をとっていくみたいな日々。
届く頃にはバレンタインを過ぎているけれど、バレンタインにかこつけて、贈り物をしてみたくなった。
人に贈るもののことを考えるとき、相手の喜ぶ顔を考える、顔じゃなくても言葉とか、いろいろ。 その人に喜んで欲しいと思う気持ちは、多分純粋な好意だと思う。 なんだかうきうきと仕事を切り上げて、存分に迷うことを楽しみつつ品物を選び、さらに包装紙や可愛いシール、グリーティングカードなども買い込んでみたりして。 なんだかとても穏やかな気持ちに満たされてゆく。
子供の頃からそういえば、包装したりとかカード作ったり、何故か好きだったなぁ。 などと昔を振り返り、喜ばれなかった贈り物や喜んであげられなかった贈り物のことも思い出して、胸の奥がちくり。
それでもやっぱり、ちょっと疲れているときや寂しいときは、人に贈り物をすることを考えようと思う。 贈る相手がいてくれる幸せ、そして、普段は忘れがちな、自分がその人に感謝しているということを、思い出して確かめるために。
2007年02月12日(月) |
生まれかわるところが |
例えば美味しいものを食べ、友人知人と笑いあうひと時でも、私の心はやっぱり張りつめていて。 またねと手を振る笑顔を、帰り道へ踵を返しながらどこかにしまいこむときに、ああ疲れた、とつぶやいてしまう。 それは相手のせいではなく自分のせい、笑顔を作れば作るほど、心の隙間に猜疑心が増殖してゆくような、どす黒い血が広がるような。
国家試験が終わり、歯の矯正が終わる頃には、私がこの街にいる理由が本当になくなってしまうなぁ、とふと思った。 そんなときに、こっちに来て一緒に暮らす?なんて言われたら、そりゃ心がぐらりともする。
自分を変えることが出来るなら、どこにいても自分の存在意義を疑うことなく、人の事も信じられるようになるだろうか。 誰か一人だけ信じられる人がいたら、その人だけを信じて生きてゆけるだろうか。
この頃は、もう随分前にジャケ買いした羅針盤「らご」を聞いてます。 近所に出来たレンタルショップ、廃盤になっているものも結構充実していて、うっかりうろうろしてしまいます。 読んでも読んでも読みつくせないぐらいにたくさん面白い本があり、聞いても聞いても尽きないくらいにたくさん素敵な音楽があります。 そしてそれらが拡散する宇宙のように、これからもずっと増え続けてゆくのでしょう。 ・・・などと考えて仰向けにベッドに倒れて目をつむれば、ひと時脳裏には真っ黒い闇とそこに浮かぶ明るい星たちが見えるようです。
探し物をしていたらCDが出てきた。 「リアルサウンド〜風のリグレット〜」のサウンドトラック。
リアルサウンドといえば、画面真っ黒の音声だけのゲームということで話題になった(評価されていたかはちょっと憶えていない、あえて忘れておく)。 そして思い出すのがあの時代の寵児、あのデブ、飯野賢治。 あのゲームをプレイしようと思ったのは、音楽を鈴木慶一氏が担当していたからという単純な理由なのだけど、サウンドトラックを再生してみると、ゲームのひとこまひとこま、脳裏で描いたあの光景や声優として出演していた篠原涼子の声やらがふと蘇ってきた。
昔を思い出して、ああと溜息をつくことが多くなってしまったなぁ。 それにしてもこんな沢山の記憶が一体どこにしまってあるんだろう、普段は思い出しもしないってのにね。 それにしても篠原涼子、いい女になったよなぁ、とか思ったり。
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