2日前の風邪からすっかり体調は良くなっていた。
「ただいま〜」と言う声の後、私は白い階段を下りて玄関へと足を鳴らせていた。トントンという木の音の合間に、「病院に一応いかなくっちゃね」という声がボソッと聞こえた。
階段を左手に降りた10畳近いスペースに、母の後ろ影と奥にコートを脱ぐ父の姿が見えた。
「何言ってんの、俺はもう平気だよこの通り」と両手を上げてみせた。母の床を見る視線も左のコート掛けを見る顔も動かなかった。ちょっとイラついて一歩前へ進むと妹の肩に右手の甲しかかかっておらず、床に全身が崩(くずれ)れ落ちている弟の姿が目に入った。びっくりしたのは弟の髪の毛だ。髪の毛の9割9分が無くなっていて、平原に2,3箇所だけ、申し訳程度のススキが生えているだけだった。私が一歩すすめても、弟が肩で息をしているだけで父も母も妹も何も反応はしない。
体調が悪くなかった家族4人が家族旅行に行ったのだ。そして次に入院する時には「もう最後」という覚悟をしてください、と言われていたのだった。けれど、この姿を見たら、最後であるのは明々白々(めいめいはくはく)の事実のように思えた。
夢から4人を覚まさせたのは父だった。何故か金槌を持って周りにある陶器や小物、さっきおいたネクタイピンや額縁を壊し始めたのだ。
「やめろ!」
私は叫んだ。私だけが叫んだ。私だけが動いた。
「直ぐにお医者様が来るからね」と母や変わらず視線の先に声を優しく掛けた。
「やめろ!」と続けた。
「いつもそうだ。いや前よりも変わった。俺が小さい時はもっと誇りを持っていたし、皆に迎合(げいごう)なんてことはしなかった」
「なに!」と父は向きになった。
「お前は俺の言うことを聞いていればいいんだ。親の言うことを聞け。いちいち煩(うるさ)くするな。」と反論した。
2人は2人が非難されるのを待っているかのように大きな声を上げていった。2人はそれぞれ2人が傷つけられるのを許すように大きな声を上げていった。けれど、2人を止めるものや言動はついに現れなかった。
病院の一室にいる。
私は学校を休むことにした。
カプセル状の全身を包むベットは足からずーっと細く伸びていて、最後に下にちょっと曲がっている。そこに棒が横に刺してあり、2本の指で容易に回せるようになっている。椅子に座っている私の視線上にカプセルの凸上のアーチが見える。そして細く伸びた真っ白な部分は、曲がった箇所しか見えない。私はずーっと棒を右手の親指と人差し指で回すことを決めた。誰に何を言われても記憶にならないボーっとした頭で定まったのはそれだけだった。医者が「疲れたら変わっていいからね」、両親が「じゃあちょっと色々用意してくるよ」と言った語彙は、一瞬だけ留まったけれど、何処かに飛んでいってしまった。
クルクル クルクル
クルクル クルクル
私は前後にカプセルを揺らしだした。
カプセルの曲がった部分が縦に七色の干渉縞を作り出した。シャボン玉やCDに出来る干渉縞をギュッと縦に集めたように見えたのだ。そうしてると、干渉縞の上に曲がった部分の100分の1にも満たない透明の正方形が左右に揺れているのに気がついた。
クルっとすると、右に行き、左に行く。
力を強めたり弱めたりすると、七色の縞の上を右に行ったり、左に来たりした。
落ちそうになったりするので、落さないようにと左右に揺れる微細な正方形を見続けた。
七宝縞の下に横断歩道があるのか、人間と人間の間が10cmもないようにびっしりと詰まって、灰色に近い茶色で透明な人々の群れが左から右へとゆっくりと流れていく。
丁度カプセルのラインには透明で灰色で濃茶色の車が並んで人と同じペースでタイヤを動かさず流れていく。
私は彼に謝った。
「 ごめんよごめんよごめんよごめんよ 」と。
私だけが私だけが私だけが、とわびながら。
このまま微細な正方形を七色縞から落さなければ、ず〜っと弟が生きてくれるような気がしていた。
もう弟は彼であって、流れていく人々であって、私も同じであることに気がついたのは、大学に入ってから大分たった、深夜の花見会でだった。
今振り返ると、干渉が出来るために必要な3つの媒質というのは世代間の幻想だったのかもしれない。私はそんなどうでも良い当たり前に気がつくのに、いつもはどうでも良かった居るのが当たり前の弟を失って気がついたのだった。
執筆者:藤崎 道雪 (校正H16.1.20)
だから、無人島に行くことも初めて考えた。仲の良い親やおじいちゃんおばあちゃん、時に喧嘩するおねえと離れるのを初めて。
無人島に行ったら、という考えは直ぐにイメージが出来た。『サバイバル』という漫画を読んでいたからだった。大地震で1人になってしまい、無人島で暮らし船を作って東京に戻って来て、ずーっと両親と姉を探しに行くフィクションに思えないほど精巧な作りの作品だった。もう1度、3歳上のおねえの彼氏の家に行って読ませてもらった。
スポーツ万能で勉強も良く出来た彼氏だったが、優しい方のタイプだった。もう1つは嫌味でえばるために頑張るようなタイプだのだけれど。当時は、ちょっとおとうに似ていると、俺に似ている、なんて自負心もあった。かぶりつくように何度も何度も1〜3巻のネズミとの闘いを読んでいたら、15,6巻もある漫画を、ポンと貸してくれた。10回も読んだ後に、お母さんに渡されたお礼のお茶菓子と共に返しに行く時、1つ聞いてみた。
「やっぱり、人は1人では生きていけないのかな? 朋久さん。」
「そうだね。生きてはいけれるけれど、それは普通に使っている「人間」という言葉に当てはまらないかもしれないね。」
「う〜ん、うん?」と生返事をした。
「君には両親や親戚がいるだろう? 色々と苦しくなったら、助けてもらうだろう? その苦しさも1人で何とかしなきゃならなくなるんだよ。食べ物も着る物なんかは判りやすいかな。1人で生きるとしたら、自分で全部作らなきゃならない。でも、僕たちを見てみたら分かるよね。肉を育てちゃいないし、着る物作ってない。この学生カバンだってそうさ。」
と言って大分ヘタってきた高校生用のカバンを見せてくれた。
こんな田舎でも高校3年生になれば、学校指定のバックでなくても先生や周りは目をつぶってくれるのに、「何となくもったいないんだよ」と言ってそのまま使っているのだ。姉も「そんな所が好きなの」と母にのろけているのを台所の外で聞いたっけ。
「これらを自分で全部作らなきゃいけないんだよ。そんなのとっても無理だよね。食料を確保するだけで1日が終わっちゃうよね。だから今より低俗な生活レベルになるね。これは精神も同じこと言えるんじゃないかな。そういいう人を普通の意味の「人間」とは言わないよね。言ってること分かるかい?」
と優しく教えてくれた。
「有り難う御座います。有り難う御座いました。」と深々とお礼をして、稲穂が香る闇夜に走り出していった。
そのまま軽くなった両腕を振りながら、朋久さんの言葉を何度も反芻(はんすう)した。
「人間らしい生活をするには他人が必要か。気がついてはいないけれど。確かにそうだよな。毎日食べてるご飯は、俺や両親が作っている訳じゃないもんな。そうやって分担して人間が生きているんだよな。この横のお米だってそうだ。」
額から汗を垂らしながら、消えていく人間不信とでもいうものに換わり、そんな言葉が心の中に入っていった。それから、私は社会の中で生きていこうと、ならより自分を発揮する方向で生きていこうと、一層勉強をし出した。とはいってもそんな思いは誰にも語らなかったけれど。だって、朋久さんが心から語ってくれた言葉が嬉しくて、男同士の秘密のようだったからだ。
バタン!!
ドアを閉める音が聞こえて、ハッとした。
彼女は何時もハッとさせてくれる、と思っていると、「日本茶でいいよね?」と白肌にスカイブルーの釉薬(ゆうやく)がのった手のひらサイズの湯呑(ゆのみ)を濃茶のコタツの上に差し出してくれた。
「うん、有り難う」と私は、ベットから腰を下ろしてコタツの中に入った。
ズズズ…ッ…
2人がすする音がコダマするように重奏を重ねた。
彼女が、またちょっと驚いてこっちを見ている。
多分、あっちを見たら、「フフフ」と楽しげな声の重層がかさなりあうだろう。
フフフ…フッ…
この奇跡のように嬉しい感情も、数年内に、ただの日常的な雑音に代わっていくのだな。そしてそれを幸福と思えるようなればいいんだろうな。
彼女が照れて、下を向いたので私もまねをして下を向いてみた。
見えてきたのは、コタツの蒲団カバーだった。はっきりしているのは、これから手に入れるだろう個人的な彼女の体も社会の中で生かされているってことだ。婚姻関係や所有権や占有権といった法律のレベルで縛ったとしても、遺伝子のような生体レベルで解析したとしても捉えられない人間の全体構造の中で生きている。
何もそんなに難しいことじゃない。「人は社会的な動物だ」という諺通りなだけだ。ただ、「だからって両親の期待にそむいちゃいけない」とか「反社会的な行動をしちゃいけない」ってことでもない。「人の中でしか生きれない」っていう否定的な理由でしかないのだ。
彼女が銀行の時と同じように、ちらっと視線を上げて耳を真っ赤にしている。
私は彼女へと口を近づけるのも出来るし、このまま家から無言で出て行くのも出来る。窓を開けて水着を嗅ぐような行動も出来る。否定的な理由しかないからこそ生まれる自由なんだなぁ、と茶を少しすすった。
彼女もすかさず、お茶をすすって合唱してくれた。
ズ…ズズズズ…ズー
飲みやすいお茶を入れられる女は三成にならないだろうか? と考えて彼女の赤らめた頬を見た。
あの人間の心が解らなかった時の癖は私の一部になった。相手が笑って欲しい時が解るのだ。そして今はそうして上げることに何の苦痛も感じない。むしろ、「相手の本当に望むことをしてあげる」という理論武装で正当化している。私は1人では生きていないのだから、自分が苦しいという視野、自分だけの喜怒哀楽で判断しない、という視野を与えてもらった。
「ねえ?」
「うん?なに?」
と私は眉間だけを上にして、大振りな唇を左右に広げた。
「ねえねぇ・・・」
「なに? ん?」
彼女はキスがしたいのだろう。彼女はべたべたしたいのだろう。彼女は… 解っている、解りきっている世界に生きていくのは苦しいと思っていたけれど、今はそうは思わない。私の自由というのもそこにしかないからだ。純粋知や純粋愛などを探求するのは、1人で生きるサバイバルのようなものだからだ。 朋久さんは、そうやって姉からも故郷からも離れていった。だから、例えあの人の腐乱死体を目撃しても。私の心では永遠に死なくなってしまった。
さっと腰を浮かせて、さらに左へと腰と重心を落として、さらさらなヘタ紫なすを包み込むように手を回した。窓から差し込む夕暮れのような日光が、彼女の瞳孔を一層大きく魅(み)せてくれた。
執筆者:藤崎 道雪 (校正H16.6.9)
「あおぬま ひろこさ〜ん」という感情の無い女性の声が、眠気を振り払った。
ザワザワとした人ごみの静けさと暖房のぬくもりが、北陸の駅の待合に似て、ゆったりとしていた。
耳の後から目が追いついてきて、ゆっくりと左右に首を振ると、右隅にある何とも座りにくい真四角でベージュの銀行ソファーから、すらっとした両足と小ぶりな紺の制服が立ち上がった。
あせって小またになるわけでもなく、女性特有の苛立(いらだ)ちが足に現れるでもなく、丁度、素敵な速さで小尻をゆらした。
生まれ育った豪雪地帯で、雪は人の心を見透(みす)かすように焦(あせ)っている人間を、コッン、と転がせる。
18で、憬(あこが)れた有名大学に出てきてから、私は「暗い」と言われるようになった。
決して小尻では無いけれど、ゆったりとした故郷の女性の動作は、雪と溶け合ったように私たちの小さい村を、穏やかにそして暖かく包み込んでくれていたのだから。
視界がはっきりして来る前に、小尻は同じベージュ色の背もたれのある銀行チェアに隠れてしまった。
鼻の斜め左下に垂れ下がるラインが見えてくると、肩下セミロングのストレートでヘタ紫なすのように彼女の髪の黒光りがはっきりしてきた。制服は今時珍しく上下で、紺色のベストに白いシャツを着ていた。
5�辰藁イ譴討い襪里鉾狃�の声が聞こえてくる。
「…ですね。そういうことなら、この口座では無理ということなんですね。なぜ…」
ピントがぼけてしまって相手の顔はよく分からないが、彼女の唇が上下に動くのと同時に、教科書を読んだ時のようなはっきりとした東京弁と、それでいておでんの源助大根のような微(かす)かな甘い声が聞こえてくる。
小津さんの「戸田家の兄弟」の主人公のような静かな怒りが発せられた。
こういう時はあぶない。とてもあぶない。母や姉を見てきているから分かっている。いつもは仲がいいのに隣近所とぶつかるのは、いつもこんな声だった。結果はといえば、父と私がご近所に謝りにいく。いや、「相手の気持ちを聞きにいくんだ」と父は帰り道に言っていた。私はいつも父のその一言を聞くためについていくのだった。その後、2,3日もしない内にいつものような母とおばさんたちは井戸端会議をするのだ。
彼女が、サッ! と立ち上がった。
くるりと銀行員に小尻を向けて一瞬立ち止まったように見えた。明らかにさっきとは違う苛立ちで足を速めていた。
私も、サッ! と立ち上がり、6年間培(つちか)ってきた社会技術で歩調を大きくして小走りを大またにした。
銀行を出て3�辰盥圓�ない間に「あの…」と声を掛けていた。
彼女は凄い形相で睨(にら)み返してきた。フワッとまいた髪から、ぬか漬けの匂いがした。
その匂いで私は謝りに行く時の作った笑顔が自然とほころんだ。
彼女も私の顔を見て、先ほどの銀行員ではない、と解ったのだろう、「あれ?!」と小声で発した。
「あ、ごめんなさい」と少し顔を赤らめて下げた後、ちらっと私の顔を覗(のぞ)きみた。
「あの〜良かったら、ちょっと座りませんか? あ、でも寒いからそこのドトールでも」
私は、「ちょっと…」から何だか東京もんのナンパみたいだなぁ、と思った。そして生まれて初めてのナンパにも驚いた。
「…ぇ…ええ…」
それから私たちは、何回かお茶をしてから食事に行った。2ヶ月も経った新入社員の季節に、彼女の家に行くことになったのだった。
私は何だか、「有名大学出身、一流企業、エリートコースの人間」として半分、「優しくて暖かく、そして弱さをもった人間」として半分、受け入れられているんじゃないか、という気持ちになった。両方とも私の一部ではあるが私ではなかった。彼らは所詮、守護天使のように後天的に周りの人が望んだ私でしかなったのだ。
そんな風にわだかまっている私が、彼女の部屋に入っていいものか、と迷って立派なマンションの廊下でコツコツと足を行ったり来たりさせていた。そんな私に気がついたのか、彼女が、カチャリと優しくドアを開けて、「入りなよ」と声を掛けてくれた。
部屋は1DKで、清潔にしてあった。ベージュが基調の壁紙に濃茶のタンスや勉強机が良く似合っていた。同色のコタツのカバーが壁紙と中間の彩度や明度だったので、木のかごに入った蜜柑が美しかった。柔らかい日差しの方を見ると、靴下の中にオレンジとファッションピンクが脇腹に縦に入った紺色が揺れていた。「これは?」と窓を開けて手に取ると、緑茶を入れてくれていた彼女が、パタパタと寄って来て、「…ェっと〜、毎週スイミングをしてるんだ。」と水着の方へ視線を投げかけていた。私が水着を離し窓を閉めると2人の距離は、蜜柑10個分も無くなっていた。彼女はそのことにハッとして、より体を丸めた後に、両手で私の体と両腕を包むように回してきた。サラサラの頭を臍(へそ)の上辺りにくっつけてきて、おでこや鼻の膏(あぶら)を灰色のせーターにこすりつけるような仕草をした。
何秒か、何十秒かの後で、「ピーッーーーー!」と、けたたましく、やかんが2人を裂いてしまった。
パタパタとスリッパを鳴らしながら、小尻がキッチンの方へ走っていった。10畳はある縦長の部屋の南東にベランダ有り、そこから見て左手の壁沿いにベット、先にはタンスと姿見が、右手から順にTV、コタツ、鏡台、と台所へ続くドアが開けっ放しになっている。あの時とは丁度逆の鼻のラインと唇が紫なすに見え隠れしていた。
ポフッ、っと私はベットにへたり込んだ。
あの時と逆のように視界がぼけだして、耳も感度を下げていった。それに連れて心は饒舌(じょうぜつ)になってきた。
「ぬか漬けはつけているの?」というアルタ近くの地下のレストランで、コースを頼んだ後に何気なく始まった会話だった。
「え? …なんで知ってるの?」と2回目の取り乱しを彼女はした。
「最初に会った時に髪から香ったんだ。」
「そっかーじゃー言われたことないけど匂うのかもね…」
「ううん、そんなことないよ。あれは小さい頃から食べてないと気がつかない匂いなんだよね。だから平気さ。」
「…そか。そっかー。そうだよね。月島さんも小さい頃から食べてたんだね(笑)」
「そうだよ。田舎はどこなの?」
「えーっと、山形。山形の米沢よ。」
「そっか・・・」
「ね、今度私の家に来ない? 東京で食べてくれる人いなくて美味しいかどうか判らなくて」
そんな会話で、家に行くことになったのだった。
その日から彼女は、取り乱した後に見せる安心感を電話でもメールでも表に出すようになった。まるでご近所と喧嘩した後の母親の顔のような。
彼女とこのまま続いていけば、取り乱しは日々日常になって、何がしかの夫婦の絆(きずな)みたいなものを見つけていくのだろう。そして、「山形」と聞いた時、「食べに来ない?」と聞いた時に感じた殺意をスパイスにしていくのだろう。
私は一時期、人間の心というのが感じられなくなった時期があった。こんな話をした2人の友人は、「トラウマか?」と聞いてきたがそんなものは一切なかった。立派で正義感の強く酒に弱くてすぐに寝てしまう父親に、わがままで可愛らしいしっかりした母親や、すっかり大人しくなったのだというちょっと遠くに住むじいちゃんに、丸めがねのよく似合うばーちゃんはじーちゃんに惚れている。家族が本当に仲が良いと知ったのは、高校時代で、本当に嬉しかった。だからより一層勉強に打ち込めるようになったのだ。好きだった野球も止めて半年がたった2年の始め頃だった。私は一時期、人間の心というのが感じられなくなったのだった。
その時に逆に色々と感情に邪魔されずに考えられた。「感情はどこからくるんだろう」「人と出会わないようにするには」「人を殺してしまったら」「良心って何だろう」などと。
執筆者:藤崎 道雪 (校正H16.1.7)