ものかき部

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ものかき部 次回作のお知らせ
2002年05月27日(月)

みなさま、ものかき部をご愛読いただきありがとうございます。

ものかき部次回作が決まりましたので、お知らせいたします。

前作は恋愛小説をリレー形式でお送りしましたが、
次作は、テーマに沿った形での短編(一話完結)をお送りしたいと思います。

テーマは、

  「主人公が大切なものをなくして、最後に取り戻す」  です。



サブタイトルを【タイセツナモノ】とし、各短編のタイトルがその前にくる形でお届けします。

掲載開始は、今月下旬から来月上旬の予定です。どうぞお楽しみに。



また、この短編と平行して、前作リレー小説の「番外編」をお届けする予定です。

登場回数の少なかった人物の日常が詳細に語られたり、
過去の意外ないきさつなどが紹介されるのではないかと、
私も楽しみにしております。


そこで、ものかき部読者のみなさまにお願いがあるのですが、
「あとがき」でも書きましたように、このリレー小説にはタイトルがありません(^-^;

全編通してご覧頂いたみなさまに、タイトルを付けて頂けたら、こんな幸せなことはございません。

ふさわしいタイトルが思いついた方は、お手数でもBBSまたはえんぴつメールでご連絡頂ければ幸いです。
その他、今後のものかき部の創作活動についてのご意見・ご希望もお寄せいただけるとありがたいです。

それでは、次回作をお楽しみに。
今後も、ものかき部をどうぞよろしくお願いいたします。

                                     ものかき部

第1回リレー小説 あとがき
2002年05月21日(火)

 ものかき部をご覧になってくださってる皆様いつもありがとうございます。
 この度なんとかリレー小説が一巡致しました。皆様からのご指摘ご意見色々頂きながらの執筆で、しかも統一タイトルもついていない体たらくで終わったというのも憚られる現状ではありますが。
 そこで読者の皆様からのご意見で多かった、「この回の執筆者はだれ?!」という要望にもお応えする意味を込めまして各回の執筆者からのコメントを掲載して、あとがきに代えさせていただきたいと思います。
 尚、次からの執筆予定については近日中ほんっとに近日中にお知らせできると思います。
 どうか期待してお待ち下さい。



■第1話「冷たい シーツ」担当: ベンジャミン

こういった形の共同作業に関わる事ができてよかったですよ。
トップバッターだったので書きたいままに好き勝手書いただけですが
とても楽しかったです。
自分で作った橘チガヤというキャラクターに情がわいてみたり。
他の人がそれを動かしてくれるのがすごく嬉しかったですね。
いい経験です。はい。


■第2話「桜咲く?」担当、執筆者・ぺち

頭の中だけのストーリー作りから一歩進んで、
文字として表現するのは初めてのこと。
より多くの登場人物をと思いましたが、なかなかうまくいかず、
リレー小説のおもしろさと難しさを味わいました。
もっと生き生きと人物を描けるように、勉強したいと思います。


■第3話「夜桜」担当・ヴェカンヴェ

実は、このキャラは僕が設定しました.
自分で設定したキャラを自分で書いたわけです.
他のキャラと連動したつもりだったのですが、その伏線が生きてて嬉しかったです.
さて、僕の設定したキャラなんですが、メールで提出した名前と自分でUPした時の名前が異なっていました.
ボケました.
次回の目標は名前を間違えない事です.


■第4話「奇妙な指名/白い傷跡」担当、執筆者・ケンタロウ(執筆時より改名)

締め切りの日にやばっ!やばっ!と大急ぎで
仕事の合間に二時間くらいで書きました。。。と書くと、印象悪いですかね(笑)
でも小手先で書いたつもりはないですよ^^
最近全然書いてなかったんで、今回のリレー小説は書くいいきっかけになったし、
書いていてとても面白かったです。どうもありがとうございました。お疲れ様でした。

また、今回のテーマは「ライトな恋愛」ものと後で知り。。。
あらら。という感じです(ちゃんと通達は読みましょうオレ)
それならそれで書き方変えたのにと、独り後悔。
えっ、一順したら終わっちゃうの?で呆然。
これもまた話を聞かない男と言われてしまいます(ちなみに地図も読めません)
作中について言うと、自分で作った伏線を未消化のまま
リレー小説が終わってしまったので、おそらく石沢君物語だけ
続きは自分のHPに連載するかも。
薬学部出身という設定が活きてなかったし。このように様々な方面に
“ものかき部効果?”が波及していくのも面白いのではないでしょうか。
とりあえず一度飲みましょう、皆さん。


■第5話「月灯」担当 しょぉ

基本的に「音楽」「文学」「芸術」が好きな人間なので
自分も表現できる何かに挑戦したくて参加させて頂きました。
やってみるとなかなか大変で、でもとてもサラッと書けました。
他の部員様と見比べて自分の未熟さが恥ずかしかったりしましたが、
これからも頑張ります。


■第6話「始まりの終わり、終わりの始まり」担当者:いおり

□□いおりの怠慢発覚!□□
ものかき部はいおりの主宰資質について独自かつ内密に調査を進めていたが、この度調査結果が報告された。いおりは2日でアップすると言う暴挙を行ったが、実は順番もへったくれもなく原稿を既に完成させていたらしい。かかった2日という日数は追加設定設定である人物フルネームが出揃うのにかかった日数が2日というだけで あったようだ。この調査内容が正しいならばいおりはリレー小説を行っていなかったということであり、忌々しき問題であるといえる。いおりは初手から既に書きたくないとほざいており、今回の件についていおりのコメントは取れてないものの内容には信憑性があり今後の展望が期待される。


■第7話「身を焦がす恋」担当、執筆者・あにタ

起承転結でいえば、そろそろ「転」がきてもいいかなという頃でしたので、
大波を起こす起爆剤となるよう書いてみようと思いました。
その点、続きをうまく引き継いでくれたノスケさんに感謝です。
反省点はスタイルが硬かったかなというところです。
次回、もっとくだけたスタイルで読みやすいものを書きたいと思います。


■第8話「変化」執筆者ノスケ

わりと後半の担当だったにもかかわらず
まだまだ選択肢がたくさん残されていたので
やりやすかった反面迷っちゃって困りました。
ゼイタク言うな!ってカンジですね、ヒヒ。


■最終話「女たち」担当: 東

反省すべき点ばかりで、みなさまが書かれた素敵な超絶文章陣のなか、
私の打ち込んだものはひどく稚拙でお目汚しも夥しいですが
次のせもしさんが美しくまとめ上げてくださって歓喜の目眩です。

共同作業は初めてでしたが嬉しい経験になりました。
これからも皆様の足を引っ張らないよう、
幽霊部員として参加させていただこうかと。


■エピローグ「とっておきの詩」担当:せもし

僕は途中からの参加だったんで、苦労しましたよ。
ほんまに難しかったで〜。まあ、なんとかなったような気でいますが・・・。
次はもっと楽な役がいいです・・・・。自分の実力と相談したいと思います。
僕はきっと7番バッタータイプです。トルシエジャパンではサミアコーチタイプです。
決して、松井や中田にはなれないんですよ〜〜。セボン♪

とっておきの詩/エピローグ
2002年05月18日(土)

俺は窓際に座って詩を考えている。
爽やかな春風が吹き付ける。
こんなボロアパートでも晴れた日は気持ちが良い。
今日はバイトも約束も何もない日。
遅い昼食を終えて俺の久しぶりのからっぽの時間がはじまろうとしていた。

俺は適当にペンを走らせる。
誰にも話したことはないが、俺には詩人になるという夢がある。
鼻歌を唄う。
そのメロディはいつか誰かが弾いたような旋律であったけど
俺はそれが誰のものだかわからないまま勝手に手を動かし
勝手な唄を歌い続けた。
はじまりも終わりも知らない、ありふれたメロディの断片。
それは風に波打つカーテンを揺らし、ベランダを離れ、
小春日和の空へと流れて行く。








ぼ〜っとする時間もいいな・・・。
昼寝でもしようかな・・・。
・・・・・・・・・・・・・。

ピリリリリ!!!

ん?
ああ、携帯が鳴ってるのか。
誰かな?
それにしても俺の着信音は味気ないな。
まあ、いいか・・・。




「はい、もしもし」
「おお、オレだよ。石沢だよ。高志、今何やってた?」
「いや、別にめずらしく暇してたけど・・・」
「そっか・・、じゃあちょっと話を聞いてくれないか?」
「おお、いいよ」
「この前、奈緒さんと話してたの聞いてたろ?」
「・・・ああ。聞いてたよ」
「オレ、好きな子が出来たって言ったよな?」
「ああ、守ってあげたいとか言ってたな」
「その子にさ・・、今から会いにいこうと思うんだよ」
「おお、いいじゃん」
「でも、仕事でしか会ったことなくて、会う約束もしてないんだよ」
「うん」
「緊張してたからさ、お前に聞いてもらおうとおもって電話したんだ」
「そうか。楽になったか?(笑)」
「ああ、男の声でもたまには楽になるな(笑)」
「頑張ってこいよ!!」
「おお!!振られたら愚痴でも聞いてくれよな」
「自慢話なら聞いてやるぞ」
「追い込みやがったな・・・。まあいいよ、自信ないけど頑張るよ」
「おお、成功で終わったら連絡くれよな」
「ありがとうな、高志。じゃあ行ってくる」




楓志も思い切るよなあ・・。
いつもと考え方が変わったよな。
・・・・・・・・・・・。




ぽろろろろん♪


ん?今度はメールか。

『こんにちは、かなです。この前は助けていただいてありがとうございました。上野さんは話しやすくて、とても落ち着きました。私は人と話すことが苦手だったんですよ。でも、上野さんと話が出来て、なんかちょっと変われた気がします♪私、何言ってるんでしょうね(笑)。ありがとうございました〜』


ああ、あの子かぁ・・・・。
こんなに元気な子だったけ?
うん、俺のおかげってか?
悪い気はしないな。





・・・・・・・・・・・。

ぽろろろろろん♪


またメールか。忙しいな今日は。



「先輩、今度の土曜の夜のバイト休ませてくれませんか?
この前話したメル友の女の子が会おうって言ってきたんですよ。
僕、なんかわからないんですけど、ここが勝負だと思うんです。
恋愛とかそういうんじゃなくて、今までの自分を壊せるんじゃないかなって。
本当の自分を出せると思うんです。時間がないんです。お願いします、思いっきり私用ですけど、僕にチャンスを下さい。迷惑かけてすみません。では。」



太郎か・・・。
あいつも何かいつもと違うな・・。
仕方ない。
ちょっとしんどいけど、休ませてやるか。
感謝しろよ、太郎。
愚痴なら聞いてやるからな。






・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・ん・・・・・・。
ああ、いつのまにか眠ってたのか・・。


ふと、俺の横顔を西陽が差した。
もうこんな時間か。
結局、ひとつも詩が書けなかったな。


俺はまた窓際に座り、考え事をしている。
俺の頭の中には
『変わりたい』
そんなフレーズがぐるぐると回っている。
あいつらのせいだ。
そろいもそろって節目を迎えている。
俺は、俺は、俺は。
いや、やめよう。自己嫌悪に陥りたくはない。
そんなことを考えてる自分が情けなかった。


俺はまた鼻歌を歌っている。
カーテンが外の方に優しそうに膨らんでは
また内側に戻るようにゆったりと全体を包み込んでいった。
下手くそな鼻歌は風に乗って
行くあてのない風船のように天に向かって流れていった。
まぶたに残るあの幻の赤い風船は薄い空に映えて
ずっとずっと高く上っていき、消えていった。
今だけは何も考えなくていい、いいんだ。


ピリリリリリ!!

あいかわらずの着信音が俺の耳をつんざく。
電話はあまり好きな方ではないが
今日はまったく嫌な気がしなかった。



「もしもし、奈緒です」
「はい、どうしたんすか?」
「今日、会えない?」
「え、もちろん大丈夫ですよ」
「うん、よかった、聞いて欲しいことがあるの。」
「また愚痴ですか?」
「違うよ!私は変わったの」
「(奈緒さんも変わったって言ってる・・・)・・・」
「ん?どうしたの?」
「いや、何もないです」
「私ね、チガヤに言われて思ったの。」
「・・・・・・・・はい。」
「人と向き合ってみようって。自分と向き合ってみようって。
自分の気持ちを見つめなおしてみたいの。」
「はい、そうですか。それなら喜んで聞きますよ」
「うん、ありがとう。良いお店見つけたからそこに行こう〜」
「はい、いいですよ」
「じゃあ、いつものところで!!」
「はい、またあとで会いましょう」
「バイバイ!!」



奈緒さん・・・、変わった。
周りの人間がどんどん変わっていく。
自分を見つめなおしている。
俺は、俺は、俺は。
いや、やめてはいけない。
俺も変わりたい・・・。
変わりたいのか?
でも、どうやって?

まただ。また俺は1人で悩んでいる。
どうして誰にも言えないんだ?
いつも外面を気にしている。
内面を人に見せない自分を時々嫌に思う。
誰かに聞いて欲しいんだろう。
誰に?






何気なく外を見る。
小学生が公園でサッカーをしているのが見える。
女の子も混じっているようだ。
ほんと楽しそうに遊んでいる。
俺にもあんな頃があったんだなぁ。
いつから変わってしまったんだろう?
無邪気に遊ぶ姿。


その時、ひとりの女の子がこんなことを言っているのが聴こえた。


「わたしね〜、わたしのおばちゃんみたいにセンセーになるの!!」


大声で、恥ずかしがらずに話している。
俺も昔は言えたはずなんだ。
自分の夢が恥ずかしいだなんて思っていなかった。
でも、今は誰にも言えないでいる。


あの頃のように夢を語れたら・・・、そう思った。
あの頃のように・・・・・。
あの頃に戻りたい・・・・。


そうだ。
俺が初めて書いた詩はなんだっけ?
まだ純粋だった頃の詩は?

俺は創作ノートを作っている。
12年前からの習慣で、もう20冊以上になっている。
机の引出しから、『創作ノート その1』を取り出した。
日付は12年前。
これがきっかけで俺は変われるかもしれない。
これがきっかけで俺は戻れるかもしれない。


ゆっくりと1ページ目を開いた。

そこにはたった一行の詩が書かれていた。







―――ぼくは詩人になるんだ―――





俺は大声を出して笑った。
な〜んだ。
何も変わっちゃないじゃないか。
俺は今でも詩人になりたいと思っている。
そうか、俺はずっと変わっていなかったんだ。

生きる上で知識が付いてしまっただけだ。
深い部分は何も変わっていなかった。
僕は俺だ。
自分は変わらない、周りを変えればいい。
そう思うと少し気が楽になった。




俺はまた鼻声を唄いはじめた。
昔好きだったあのメロディの断片を不器用に、
確かめるようにもう一度なぞっていく。
何度も親しんだあのメロディが今、新しいもののように
自分のために流れ出す。


不安定に震える俺の歌声はたよりなく部屋に漂い
それでも自分の両耳を突き抜けて
夕暮れの街へと降りていった。




―――いつまでも変わらないから・・・―――



そっとつぶやき、俺は家を出る。
いつものように、いつもの街を歩く。
そしていつもの待ち合わせ場所へ向かう。
奈緒さんもいつものようにそこに立っている。



「お〜い、こっちだよ〜」
「こんばんは」
「じゃあ、行こうか」
「あ、その前に・・・」
「ん?何?」
「奈緒さん・・、今日は・・・」
「うん。」






「俺の夢を聞いてくれませんか?」








女たち
2002年05月13日(月)

――その男が私の首を切り落とす。


夢で私を切り離すその男はよく知っている。
12年間も耐えたのに、もう一秒だって我慢がならないという風に、
オマエガ老イテユクノニ耐エラレナイ、そう言ってその男は去った。


彼が去ってから 私は容赦なく陽が差し込む時間に男と会わない。
うすく刻まれはじめた細い皺の一本だって男たちには見せてやらない。
自分の爪先も、男たちの顔も見えないような暗い部屋の中でだけ
私は切迫した臭いを放つ男たちのつるりとした背中に腕をまわす。
かつての恋人に復讐を果たしているみたいだ。


でも、もうずっと。 私はそうやって過ごしてきたんだし。
スプーン一杯の涙も流さないこの状況に満足しているもの。


アルコールがとろとろと注ぎ込まれたグラスをぼんやり見つめていると
電話が鳴り出す。
「春田センセー、千香だよ!」
受話機越しに茶化すような元気な声が聞こえて、
そうして姪はとりとめのない話を次から次へと繰り出す。


千香は算数と体育が苦手、でも国語と社会の成績はいいんだよ。
友達がね、おばさんの授業は楽しくて好きって言ってる。


姪の些細な話を聞くともなしに聞いていて私は癒される。
彼女が、私がずっと昔に放棄した人生に積極的に関わる、
ということを代わりにやってくれているような気になって。


「千香? ちょっと待って。 シュザンヌが外に出たがってるから」
しわしわの声で鳴くシュザンヌを出してやろうとベランダを開けると、
どこからか温かい食卓の匂いが漂ってくるのと一緒になって
ふんわりと夜の空気が忍び込んで部屋に充満する。
私は幸せだし不足してるものなんてない。 そう思った。



――窓から歩道を見下ろすとつやつやと輝く女の子がふたり。


「奈緒、さっきは泣かせちゃってごめんね?」
「ホントにねー、どうせだったら男に泣かされたいけど」
ふたりは歩きながら秘密を共有した者同士のようにくつくつ笑う。


「で、石沢君と高志君はどうするの?」
「わかんない...今は何も考えられないし考えたくないよ」
「でもいつかは結論を出さなくちゃいけないんだよ」
「んもう、さっきからあたしのことばっかり、チガヤこそどうよ?」
チガヤは曖昧にふっつり微笑んで答えない。


携帯を持ち始めて、髪型だって変えてきれいになったチガヤ。
なんだか眩しいチガヤ。 あたしが知らないチガヤ。
こんなに近くにいて、彼女が変わっていく過程に気が付かなかった。
奈緒はそんなことを考えてどうしようもなく寂しい気持ちになる。
あたしは、あたしを思ってくれるひとたちを蔑ろにしすぎじゃない?


「ねえチガヤ? 本当のあたしって良くわからないけど、
でも本当のあたしを知ってるとしたら、チガヤしかいないと思う」
「なぁに、奈緒ったら急に気持ち悪いよ」
「でもホントにそう思うし。 男なんかどうでもよくなってきた」
「ひどいなぁ、石沢君と高志君に失礼じゃない?」
「そうだけど、考えるのは後でもできるしね」


奈緒はチガヤの腕を取ってすこし揺さぶるようにする。
「時間まだ大丈夫でしょ? もう一軒、飲みに行かない?」
「あ、あたし近くのいいところ知ってる、奈緒も好きかも。
このあいだ同僚と一緒に来たんだけどね、安くて雰囲気もいいし」
「じゃあそこにしよう、あたしが奢るから。 ね?」
奈緒は自分で提案した計画に心から楽しくなってしまう。
「今日は男のことなんて忘れて飲もう!」
チガヤもすこし高揚して話し込むのに夢中で、
前方から携帯を手にした女の子が歩いてくるのに気が付かなかった。
彼女たちは俯き加減で歩いてきた華奢な女の子とすれ違う。


――上野さん、いいひとだったな。


かなは駅まで送ってくれた上野のことばかり考えている。


上野さんといっぱい話しちゃった。
送ってくれたお礼のメールを送ってもいいかな?
メールアドレスは教えてくれたけど、本当に送ったら迷惑かな?
上野さん、メールは苦手って言ってたけど...短かったらいいかな?
お礼のメールだもんね、きっとすごく嫌がられたりはしないよね?
べつに上野さんとどうこうなりたい訳じゃないんだし。


そういえば、自分からメールアドレスを聞いたことなんてなかった。
男の人と話すのがあんなに楽しかったのも初めてかもしれないな。
あたしはいつも遠巻きに見てるだけで関わるのが怖いから――
でも、あたしが外に出てけばみんな普通に良くしてくれるし
バイク便の石沢さんとも普通に話せた。


かなは携帯の画面を睨みながら圧倒的な事実に思い当たった。


あたしは、きっとメールやネットに依存しすぎなんだ。
モニタを通してひととやり取りをすることに慣れすぎちゃった。
<たろ>さんはそんなこと思わないのかな? あたしだけかな?
<たろ>さんと話してるのが本当はいちばん落ち着く。
<たろ>さんて本当はどんなひとなんだろう?


あたしは<たろ>さんの何だろう?
<たろ>さんはあたしにとって何?
胸の奥で蝶が羽ばたいたようなくすぐったい感触。


生温かい風が優しく吹き付けて、
かなも、奈緒も、チガヤもしずかな夜空を見上げる。


一斉に咲いた夜桜の、花びらの隙間から藍色の空が広がり、
黄色い月が薄ぼんやりと浮かんで女たちを照らす。


春の透明な空気が女たちの側をそっと通り抜けていった。



※次回の更新は5月23日頃です

変化
2002年05月08日(水)

「これ、よかったらどうぞ」


差し出された水を受けとった。
彼、彼は確かあたしを崩れた缶詰の山から助けてくれた人だ。
今は簡易ベッドの向こうにある事務机のイスに座って雑誌を読んでいる。
色白で、線が細くて、切れ長の目。


まだ眩暈の余韻が残っているし、頭痛もするけど・・・。


薄汚れたロッカーに黄ばんだ壁紙、壁一面に貼られたシフト表や特売のチラシ。
更衣室兼仮眠室、といったところだろうか。
お世辞にも居心地がいいとは言えなかった。


「あの、あたし、帰ります」


彼が雑誌から顔をあげた。


「もう大丈夫なんですか?」
「はい、あの、いろいろとごめんなさい」
「じゃ、俺バイト終わりだし、外まで送りますよ」


一人でいいのに、そう思ったけれど
彼の意外に長い睫毛に気をとられて断るタイミングを逃してしまった。
胸に名札がついている・・・上野さん、か。


「本当に大丈夫ですか?家まで送りましょうか?」
「いえ、あのほんとに大丈夫です」
「だったらいいんですけど・・・」
「ごめんなさい、あの後、大変だったでしょう?」
「え?あ、ああ、でも意外と軽かったし、全然平気でしたよ」
「・・・意外と?」
「いや、あの、軽かったです」
「えっと、缶詰のコトじゃなくて?」
「え、あ、俺てっきりあなたを運んだ時の話かと」


フッ。
2人同時に軽く笑った。
従業員専用の入り口を抜け、スーパー裏手の駐車場へ出た。
そろそろ西日が差し始めた空。


「意外と軽かった、ってどうゆうイミですか?」
「や、ほんとに軽かった、です。めちゃくちゃ」
「嘘ばっかり。あーあ、ダイエットしなくっちゃ」
「そんな必要ないですよ、そのままでいいって」
「いいもん、フォローしてくれなくたって」
「フォローじゃないってば、かわいいって、ちゃんと」
「ちゃんとぉ!?・・・あれ」
「・・・え?あ、メールだ」


かなは気づいた。
突然、彼との会話を楽しんでいる自分に気づいた。
ポケットから携帯を取り出し、無表情にメールを読んでいる彼。
線の細い彼の横顔、今は伏せられた切れ長の目と長い睫毛。
いつのまにか頭痛も治まり、体中に暖かさが戻っている。


「・・・メール?」
「あ、うん。俺、夜居酒屋でバイトしてて、そこの仲間でね。
 やたらとメール送ってくる奴がいるんだ。大した用もないのにさ」
「上野さんのこと、好きなのかな?」
「え?あ、名札見たんだ?・・・あんまり好かれたくはないね、男だし」
「それに・・・メール自体、あまり好きじゃないんだ」


思いがけない言葉に、かなは言葉を失った。
今まさにメールアドレスを交換したい、と思っていたのに。


「えーと、本当にもう大丈夫ですか?」


彼の口調は、また敬語に戻ってしまった。お客さんと、従業員。
いや、おそらくバイトなのだろう。
これから居酒屋のバイトだろうか、それとも家に帰るのか、遊びに行くのか。


上野、名前は何ていうんだろう。
年はあたしより少し上かも知れない。
首元のくたびれたボーダー柄のシャツが、縦落ちのジーンズによく合っていた。
あのシャツ確か・・・


「あの、そのシャツって、ユニクロ?」
「え?これ?そうそう、俺ユニクロばっか買ってるからさ」
「安いし、かわいいのあるもんね。それ、色違い持ってる」
「あ、そうなの?・・・えーと、もう大丈夫そうだね?」
「・・・ううん、大丈夫じゃないかも」
「え?」
「送って、ください」


彼は少し笑って”じゃ、ちょっと待ってて”と答えて店内に消えた。
メールやチャットでしか男の人とマトモに話せなかったあたし、今日は違う。
そういえばこの前、バイク便の石沢さんって男の人とも話せたんだ、
だけどこんなに普通に、ううん積極的に、会話できたのは初めてかもしれない。
ああ上野さんが戻ってきた。


「お待たせしました、行きましょうか」





いつも待ち合わせに使うカフェの、いつもの窓際。
チガヤはいつものように先に来て、本を読んで待っていた。
ただ、いつもと違うのは―


「お待たせ、どうしたのその髪!?驚いた!」


もう長いこと変わることのなかったチガヤの真っ黒で長い長い髪。
今は少しピンクがかったブラウンに染められ、肩のラインで揺れていた。


「あ、奈緒。・・・あ、初めて会うんだっけ、髪切ってから」
「うん、すごく華やかでイイカンジ」
「そう?もう1ヶ月くらい前に切ったのよ」
「あれ、そんなに長いこと会ってなかったっけ?」


一瞬なにかいいたげな表情をしたチガヤは、けれども黙って本を閉じた。
今日の会社での他愛のない出来事などを話しながら、アイスコーヒーを注文する。
すぐに運ばれてきたそれを飲みながら、あらためてチガヤの姿を眺めた。


・・・なんか、キレイになった


「何?どうしたの?」
「ね、チガヤ何かあった?すごくキレイになった気がする」
「はぁ?何言ってるの奈緒ってば、コーヒーごちそうして欲しいワケ?」
「ううん、茶化さないで、絶対何かあったでしょ?」


何かって言われてもなぁ


苦笑するチガヤがよそよそしく感じられる。
何か、何かが違う。


違和感を拭いきれないまま行き付けのバーに場所を移し、昨日の出来事を話す。
楓志に好きな女ができたらしいこと、
高志の目の前で「彼氏なんかいない」と言ってしまったこと。


「あたし、石沢君が好きになったって女の子に嫉妬してるみたいで」
「え、高志君はどうするの?」
「・・・今は何も考えてない」
「ねえ奈緒、怒るかもしれないけど」
「え・・・?」
「あたし今日はちゃんと話をするね、奈緒。きっと奈緒のためになる思うから」


そうしてチガヤは話し始めた。


誰かに本当に愛されたいと思うのなら本当の自分を見せなくちゃダメ。
今の奈緒はイヤなこと面倒なことを嫌って自分の都合のいいように体裁を繕ってばかりじゃない。
石沢君が知っているのはサバサバとした大人の女の奈緒、
高志君が知っているのは自由奔放なかわいい奈緒、
あたしが知っているのは気まぐれだけど人なつっこい奈緒、
いったい本当の奈緒はどこにいるの?誰が本当の奈緒を知っているの?


視線が手もとのグラスから動かせない。
チガヤの言っていることは、きっと正しいんだろう。
誰にでも好かれたい、よくみられたいと思っているのは確かだ。
本当のあたしを知ってる人、そんな人いるだろうか?


どこか近くで携帯が鳴りはじめた、どこかとても近くで。


驚いたことにチガヤがバッグから携帯を取り出し、電話には出ずに切った。
チガヤ、携帯買ったんだ、知らなかった。


― 知らなかった


知らなかった、チガヤが髪を切ったこと。
知らなかった、石沢君に好きな子ができたなんて。
知らなかった、高志君があの居酒屋で働いていたなんて。
知らなかった、高志君があんな苦しそうな顔することがあるなんて。


高志君、嘘をついてたあたしに「自分のこと信用して話してくれ」ってメールくれたっけ。
あの時、あんな苦しそうな顔でメールを書いていたんだろうか。
あたし、高志君にあんな顔させたくなかった。
あたし、今初めて高志君のことを心から想っている。


「・・・チガヤ、ありがとう、ごめんね」
「うん、え、奈緒泣いてるの!?」
「うん、いいの気にしないで、チガヤ、ありがとね」
「・・・ごめんね」
「ううん、嬉しい、チガヤが友達でよかった」
「やだもう、お願いだから泣くのやめてよ奈緒」
「チガヤ、あたし、変わる。変わるから、だから、」


 嫌いにならないで ―







※次回の更新は5月18日頃です


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