きよこの日記

2006年05月31日(水) 山田宗樹『嫌われ松子の一生』

タイトルから想像したのは、嫌われ者だけどでもほほえましい、コミカルな松子の物語。

だけど、読んでみたら全然違って、打ちのめされました。
どこまでいっても、救われるところがないどころか、どんどん不幸に向かってまっしぐら。
これでもか、これでもか、と突きつけられる不幸物語。
私はふとんの中で、ちょっとフィクションの世界に遊んで、まぶたが重くなったら夢の世界へトリップしようと思っていたのに、いつまでたっても、どこまで読んでも暗澹たる不幸に包まれるばかりで、眠れなくなってしまいました。

このままでは、悪夢を見てしまう、と、私はなんとか不幸に歯止めがかかるところまで読み進めずにはおられませんでした。
まったく、とんだ誤算でした。

とくに、私を打ちのめしたのは、松子が転落していくきっかけになった教師時代のあの事件。
もう、だめな女教師の典型的な感じ。
よーくわかるから、わがことのように痛々しい。苦しい。
息苦しい。

「龍君、夕食のとき、トイレに立ったわね」
 龍洋一が、首を傾げた。
「ずいぶん時間がかかってたけど……」
「なに言ってんの、先生」
「あのね…」
 わたしは、深く息を吸った。
「旅館の売店から、お金が盗まれたの。ちょうど、夕食の時間に」
 龍洋一が、目を見開いた。強ばった笑みを浮かべる。
「俺がやったって?」
「わたしは信じてる。でも、ほかの先生が疑っているのよ。だから、龍君の口から聞きたい。お金を取ったのは、龍君なの?」
龍洋一の顔から、笑みが消えた。
「それは……信じてるって言わないんじゃ、ないですか」
「え」
「信じてるのなら、そんなこと、聞くわけない」
 わたしは、言葉を返せなかった。
「先生も、俺がやったって思ってるんだ」
 わたしは、座布団から身体を浮かせて、龍洋一に詰め寄った。
「でもね、食事中に席を立ったのは、龍君だけなのよ。先生にだけは教えて。あなたがやったの?」 
 龍洋一が横を向いた。
「なんなの、その態度は。これ以上、先生に恥をかかせるつもりなのっ!」
 龍洋一は答えない。


美しくて、努力家で、幸せになる力があるのに、幸せをつかみかけても決まって幸せの直前でどん底に落ちていく松子。
幸せをつかむ才能って、客観的な能力とは別のものなんだよな、ってなんか思い知らされます。

平凡な、普通の幸せをつかむことの難しさ。




2006年05月13日(土) 藤本ひとみ『逆光のメディチ』

このタイトルがいかしていると思いません?
イタリアルネサンスの中心地フィレンツェの名家メディチ家に興味津々。
ずっと前からタイトルにひかれて読みたいと思い続けていた本です。

作者は少女向けの小説家だと思っていたので、こういうモチーフで作品を著すということにも興味津々。
「ほんとに書けるの?」なんて意地悪な思いもあったのですが、史実に基づきながら物語としても一気に読ませる一冊でした。

主人公はレオナルド・ダ・ヴィンチ。
死の床にある彼が少女に仮託して、それまでかたくなに口を閉ざしてきたフィレンツェでの16年間について語ります。
メディチ家当主をとりまく策略と陰謀、そして、芸術と恋。
話は教会の堕落やイタリア統一の流れまでも描き出します。
よく下調べしてあるなあ。
それでいて独創的だなあ。
想像をはるかに超えて骨太な物語でした。

そして、美しい主人公達の劇的な恋愛絵巻は、読み終えてじわじわとその魅力が浸透してくる気がします。
なんかね、日常のどこかに『逆光のメディチ』の空気を知らず知らずさがしている感じがします。あれが結末でなく、続編があったらいいのに・・・と悔やまれてなりません。

「あの図を印刷のために版に起こすとなれば、すべてを裏返しに彫らねばなりません。そのためには、何度にもわたる転写が必要です。精密な図の数々を正確に写すだけでも難しいのに、それを何度も繰り返していけば、必ず細部が不明瞭になります。ひとりでは、とても無理です」
 レオナルドは、寄せる歳月が引き下した口角にわずかな笑みを滲ませた。
「私の描いた図は、すでに裏返しになっている」
 フランチェスコは胸を突かれ、一瞬、言葉を失った。彼の脳裏でその時、見慣れたはずの数々のレオナルドの素描画が、大きな音とともに逆転したのだった。
 レオナルドは微笑を広げながら、さえた瞳に諌めるような光を瞬かせた。
「初めから版のことを考えて、左右を逆に描いてきた。それをはっきりと知らしめるために、文字もまた、逆に書いた。すべてを忠実に写し取りさえすれば、そのまま版になるようにだ。おまえは、私が酔狂で逆文字を使ってきたとでも思っていたのか」
 

はい。思っていました!
『ダヴィンチ・コード』でもトリックに用いられた、あの逆文字は、ダ・ヴィンチがそのあふれる才能をもてあましての戯れだと思っていました。
ことの真偽はわかりませんが、なるほど!とうならされてしまいました。


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