宿題

目次(最近)目次(一覧)pastnext

2003年01月31日(金) オールウェイズ/手島いさむ
退屈さ 死にそうなくらい 

嬉しいね 起きててくれて

なぜか今 声が聞きたくて そのうちに 別の街から


無愛想な大きな部屋 今日もまた 1人で眠る

ざわめきが 光の渦が 

夢のように 夜に消えて行く

明日の朝 同じ顔して笑い声 ここを出て行く

くり返す 季節も恋も 最初から 忘れたままで

ため息が 噂話が

いつまでもバスに揺られてく


楽しいさ 死にそうなくらい 

夜明けまで 捜し続ける

酔いどれて 一人呟く そのうちに 別の街なら

退屈さ 死にそうなくらい 

嬉しいね 起きててくれて

なぜか今 声が聞きたくて そのうちに 別の街から


★オールウェイズ/手島いさむ★

2003年01月30日(木) 開店休業/阿部義晴
猫の手さえも貸したいくらい 人は大変忙しいのに

僕のまわりは誘惑だらけ うれしいね

今日も朝からテレビとビール 君はそれをプー太郎と言うけど

いつもそばにいるだけ 君を愛してるよ

言葉は大切だね

仲直りの情事 君は特にきれいさ 

今日はとっても天気がいいよね おまけに鳥も泣きじゃくりだし

そんな日には午後から そうね熱海にでも 

たまには休まなきゃね

退屈の向うで出るものは出るのさ 

大きな雲が流れて行くよ

小さな声の虫も 死んでゆく

いつもそばにいるだけ だけど愛してるよ

とっても天気はいいけど 朝から君は泣きじゃくりだし

そんな日には2人で そうね熱海にでも 

僕のまわりは誘惑だらけ うれしいね


★開店休業/阿部義晴★

2003年01月29日(水) 「麦秋」という映画/吉田浩美
昔の日本映画だけを見て暮せたら、どんなにいいかと思う。

その中でも小津安二郎監督の「麦秋」という映画。

この映画をもう何度見ただろうか。

特に好きなのは、原節子さんが銀座で買ってきたショートケーキを、

夜更けに大人たちだけで食べるシーンだ。

夜更けに訪ねて来た客人と食べるケーキのなんとおいしそうなこと。

他にも、夜中に帰宅した原さんが残り物のコロッケをおかずにして、

ひとり台所でお茶漬けを食べるシーン。

あああ、また見たい。そう思うのはなぜなのか。

自分が生まれる前の時代。映画の中にたびたび出てくる夜おそくのシーン。

夜更けに何かを食べ、夜更けにお客さんが来る。

この「麦秋」という映画には「夜おそく」が詰まっている。


★「麦秋」という映画/吉田浩美★ 

2003年01月28日(火) a piece of cake/吉田浩美
ひらがなの「と」である。

正しくは「ま」で主人公がピンク色の血液に秘められた謎を知る場面で、

「まさか……」と絶句するシーン。

これが「とさか……」になってしまった。

これでは、なんなのかさっぱり分からない。


★a piece of cake◇誤字標本箱/吉田浩美★

2003年01月27日(月) 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲/原恵一
ちきしょう。

なんだってここはこんなに懐かしいんだ?!

おい、出口はどこだ!

早く出ねぇと、懐かしくて頭おかしくなりそうなんだよ!


★嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲/原恵一★

2003年01月26日(日) 山の郵便配達/フォ・ジェンチイ
郵便の道は、車の道とは違う。


★山の郵便配達/フォ・ジェンチイ★

2003年01月25日(土) 20世紀ノスタルジア/原将人
宇宙人は音と光を食べるんだ


★20世紀ノスタルジア/原将人★

2003年01月24日(金) 千と千尋の神隠し/宮崎駿
ファンタジーを作るということは、普段開けない自分の脳味噌の蓋を開けることなんですよ。

それを作っている時は、どこか自分の生活よりもその世界の方がリアリティを持ってきます。

今回この作品を作るにあたっては、自分にとって開けてはいけない蓋を開けてしまったみたいなんですよ。

ものごとの表面と内側、自分が本当に考えていることのギャップみたいなものが何かの形でひっくり返ったりしてね。

だんだん映画の中の世界が現実のような錯覚を受けてしまうんです。

でもだからこそ、この映画は僕にとって極めて現実的な、今の世界なんです。


嘘はつかなかったと僕は思っています。

それがこの映画を作っての僕のほこりです。


★千と千尋の神隠し◇パンフレットより/宮崎駿★

2003年01月23日(木) ムーミンパパの家出/斎藤博
「ママ」

「なんですか」

「しっ!ママに秘密の相談が」

「他にだれもいませんよ」

「私は決めた、家出をするぞ」

「そうですか」

「冒険を求めて旅に出るんだ」

「遠くにですか」

「行き先がわからないという、たえがたい不安と緊張がうずまく旅なんだよ、行こう、ママ」

「いいですよ、パパ。子供たちも連れて行きましょう。きっと喜ぶわ」

「ちがう、ちがうんだよ、ママ。それじゃこの退屈な生活を、また持って行くことになる」

「じゃあ、どうしたらいいんですか」

「私は若い頃の冒険家にかえる。君は冒険家の妻だ。

いや、冒険家の恋人になる。二人はあてどのない旅に出るのだ」

「子供たちを置いていくのは気になるわ」

「もっともだ。しかしママのその不安は、私たちの旅をよりスリリングなものにしてくれるはずだよ。

ほらごらん、ドキドキしてきた」


「さあ、行こう!ママ」

「あ、ちょっと待って、パパ」

「なんだい、また忘れものかい?」

「ええ、そうよ。お砂糖のあり場所を書いておくのを忘れたわ」

「そんなもの勝手に探し出すよ、子供たちは」

「もし見つからなかったら、お茶も飲めないし、ホットケーキも作れないわ。えーと、どこに置こうかしら」

「やはり冒険は一人でやるべきだ。私はどうしてママを誘ったのだろう。

いやいや、一人でやる冒険は、私には寂しすぎる」


★ムーミンパパの家出/斉藤博★



■アニメの方のムーミンから。

2003年01月22日(水) ジャイアント・ピーチ/ティム・バートン
そりゃ始めは夢だったけど

何でもそうだ

このビルもネオンも 街全体も

誰かが夢に見たから出来たんだ



★ジャイアント・ピーチ/ティム・バートン★

2003年01月21日(火) スイッチ/谷川俊太郎
一回路 ニ接点というのがもっとも単純なスイッチである

上に上げると電気が点いて下に下ろすと電気が切れた

オンは赤オフは黒 二者択一のスナップ・スイッチ

ラジオの組み立てに夢中だったころの話だ


高周波一段のオールウェーブ・スーパーヘテロダインともなると

スイッチも六回路四接点などと複雑化して

だんだん経験の浅い少年の手には負えなくなった

それだけスイッチも人生の現実に近づいたということか


年を経るにつれてスイッチはますます洗練の一途をたどり

今ではオンオフだけですむスイッチは枕元のスタンドくらい

本に飽きてパチンと切って懐かしい暗闇に身をゆだねると

夢の迷路では無数のスイッチがせわしなく現実を明滅させる


切ってしまいたいと思う関係は一つ二つにとどまらない

だがつなげていきたいと願う関係はもっと多い

精妙な脳の回路ではすべてが何兆というスイッチの仕業なのか

迷いも選択も出会いも別れもどんなに果敢な決断さえも


二本の線路が地平を望む幸せな時代はいつか過ぎ去り

錆びついた転轍機の上を軽やかにツバメたちが舞っている

ぼくら人類最後のスイッチだけは押すまいと

きりのないネットワークをここからどこかへと右往左往している


★スイッチ◇SWITCH vol.21/谷川俊太郎★

2003年01月20日(月) ナビィの恋/中江裕司
「おじいはどうするの?!」

「おじいは若いから大丈夫」


★ナビィの恋/中江裕司★



■映画館でも観たのに、100円レンタルの度に借りてる気が。

他に、
●山の郵便配達
●20世紀ノスタルジア
●クレヨンしんちゃん(オトナ帝国)
●ジャイアント・ピーチ
●タイムボカン
●クリィミーマミ
●ムーミン×2
とか借りてみました。

2003年01月19日(日) サバの秋の夜長/大島弓子
これしかいないのかな

これしかいないのかな

これしか?

これだけ?


★サバの秋の夜長/大島弓子★



■大島さんの家に来たばかりのサバ(猫)の気持ちを
大島さんが想像して描いたもの。

うちに今いる猫もそんな顔して私を見てる気がして、
ごめんねーとか思いつつ、外に出さなくなって2週間。

「本気で外に出たい猫はガラスも突き破る」という噂に怯えつつ。

2003年01月18日(土) 月光密造通信/クラフト・エヴィング商會
食堂は、十字路の角にぽつんとひとつ灯りをともしていた。

私がこの町に越してきてからずっとそのようにしてあり、今もそのようにしてある。

十字路には、東西南北あちらこちらから風が吹きつのるので、

いつでもつむじ風がひとつ、くるりと廻っていた。

くるりと廻って、都会の隅に吹きだまる砂粒を舞い上げ、

そいつをまた、鋭くはじき返すようにして食堂の暖簾がはためいていた。



★月光密造通信/クラフト・エヴィング商會★



■「月光密造通信」に載っていた『つむじ風食堂の夜』の中の一節から。
これは吉田篤弘さん一人名義の作品みたいです。
で、吉田浩美さん一人名義で『a piece of cake』という作品が。

どちらかと言うと私は吉田篤弘さんのファンだったのかなぁとか、気付きつつ、
でも紀伊國屋画廊での『a piece of cake』の展覧会は楽しみにしていたり。

2003年01月17日(金) 私の屋根に雪つもりつ/大島弓子
大叔母はきっと 

わたしのプレッシャーを感じ取り

あわれに思ったのかもしれない

と思うのであります


―カオはわるいし アタマはわるいし 

ほんとにこの先たいへんだろうなー―


★私の屋根に雪つもりつ/大島弓子★

2003年01月16日(木) 言い訳/関根美有
あれは僕の服だ。もう、

帰れない。

帰る気もなかったし、

本気で忘れていたのだけれど

帰れないと判ったとたん、

涙が出てきた。

今はとても幸せだし、

家内やおとうさんも大好きだ。

だから、

「映画を見て、感動して泣いたんだ」と

言おうと思ったのに、上映中の映画は、

ドタバタの笑えもしない

アクションコメディだった。


★言い訳/関根美有★

2003年01月15日(水) 悪童日記(1月10日)/水道橋博士
帰宅後、ひょんなことから、

あの……タモリさんが落とされた財布を、俺が発掘。

免許証やら、クレジットカードが入っていたブツである。

なんとか、本人に連絡をつける。

そして、あのタモリさんから直接、自宅に電話をいただき、感謝される。

テレホン・ショッキングとはこのことか。

まさに、これは世にも奇妙な物語である。


★悪童日記(1月10日)/水道橋博士★

2003年01月14日(火) 友部正人30周年記念コンサートに寄せて/井上陽水 谷川俊太郎 矢野顕子 鈴木翁ニ 比嘉栄昇
友部へ

三十年になるらしいね。

一緒にツアーで全国をまわってた頃を想い出すよ。

この前、テレビで、君の顔を久しぶりに見た。

相変らず二枚目だね〜。

―井上陽水


30年と一口に言うけれど、その中身は複雑怪奇だろう。

だがその複雑怪奇から生まれてくる友部さんの歌は、驚くほど一貫している。

古い歌は歌われるたびに新しく、新しい歌はもうどこか懐かしい。

友部さんは一本の樹のようにぼくらの前に立ち、

葉っぱと枝と幹と根と梢と年毎によみがえる花でぼくらに触れてくる。

―谷川俊太郎


彼はスナフキンみたいにしてるが、きっと怒るとこわいんだろうなあ。

わたしはにこにこしてる方が好き。それと歌っているとき。

―矢野顕子


友部正人に”転校生”を見るのはわたしだけではないだろう。

その転校生が最上の親愛感を表明してくれたのは、ぐわらん堂の人達と居流れた居酒屋でだった。

深夜の吉祥寺には、まだ数えるくらいの店しか開いてはいなかった時代である。

ひっそりした寂しさが共通する気分だった筈だ。

「とびます。」

友部正人はそう呼ぶと、卓上に腹這って、出そろったばかりの御馳走カイメツさせてくれた。

「あ〜ああ」という皆の溜息が聞えてくるようだ。

この”間の悪さ”は、その後、何度も路上で聞かせてもらった友部の唄声とはかけ離れている。

そこに”転校生”を覚える。

つまり、ひとつじっくりと、生い立ちについて尋ねたい気持ちになる。

―鈴木翁ニ


友部さんはお箸を使うみたいにギターを弾いて

ご飯を食べるみたいに歌を唄います。

僕は包丁を使うみたいにギターを弾いて

料理を作るみたいに歌を唄います

だから最近お腹が空いて沖縄に引っ越しました

どんとさんもそうだったかも?

憧れよりも今は感謝を込めて三十周年おめでとうございます

―比嘉栄昇


★友部正人30周年記念コンサートに寄せて★

2003年01月13日(月) おみやげの山(1月13日)/友部正人
一年以上も前から話のあった鎌倉芸術館でのぼくの30周年記念コンサートが昨日ありました。

30年30曲、という考えは、鎌倉芸術館の青澤くんの中にはじめからあったものです。

その30曲を元に「30年詩集」を作り、聞きにきてくれたお客さんたちに配布するということも。


準備にかかった時間は長かったけど、はじめにあった考えは見事に全部実現されたことになります。

基本的にはぼくが一人で歌うということも。


とはいっても、ロケット・マツをはじめとして、

たくさんのぼくの古くからの友人たちが演奏をしてくれました。

知久寿焼くん、水谷紹くん、武川雅寛くん、横沢龍太郎くん、関島岳郎くん、安藤健二郎くんたちです。

また、谷川俊太郎さんと小室等さんがゲストとして、

ステージでぼくの詩を朗読してくれたり、ぼくの歌を歌ってくれたりしました。

とてもしあわせでした。


演奏中何度も、どうしてこんなに素敵なことになったんだろう、と考えました。

一参加者としてぼくもあの場にいられたのは、

コンサートの母体となった人たちが明確な発想を持っていたからだと思いました。

友部正人という人が作った30曲を中心にしたコンサートだということ。

だからぼくもあの場では一人の演奏者だったのです。

すでにいろんな人たちからの感想がこのホームページにも寄せられてきています。

通常のコンサートの2時間というわくを超えた瞬間から、あのコンサートは特別な領域に入ったと思います。

遠くから来た人もその距離を忘れ、ぼくにおみやげとして残していきました。

今ぼくとユミのいるこの場所は、まさにそんな形のないおみやげの山に満ちています。


★おみやげの山/友部正人★

2003年01月12日(日) 30周年記念コンサート「あれからどのくらい」/友部正人
君がインドにいるのと同じように

ぼくは東京にいる

君がインドで丘の上の大木を見上げているのと同じように

ぼくは東京で庭の木を見上げている

君はインドで赤い袈裟を着てお祈りしているという

ぼくは東京でコーヒー飲みながらお祈りしているよ

そしてぼくも君も東京とインドで

湯気をたてて晩御飯の支度をしている

――遠来


知らないことでまんなるなのに

知ると欠けてしまうものがある

――六月の雨の夜、チルチルミチルは


何をするのもおっくうで

かといって眠るのもおしいような夜

――ふあ先生


ぼくは今地平線に立っている

太陽はもうとっくに消えてしまった

この暗闇の中でこんど光に出会ったら

ぼくはそいつを自分の鏡にしよう

――水門


世界中の時計を一時間戻し

あなたはベッドにもぐりこむ

――こわれてしまった一日


映画館からお気に入りのシーンを万引きしよう

――少年とライオン


おかまいなしの音楽を

ぼくも地下鉄の中で口ずさむ

すると十駅は五駅になって

五駅はマイナス一駅になる

そのままもう少し乗っていればよかったなと

一日のうちはみ出た部分に

音楽がいつまでも残っていて

その人にいつまでも話し続ける

――地下鉄の音楽


ぼくたちはだぶだぶの服を着て

心を適当に隠してる

体の形は心の形と

体にはりついた薄いシャツたちよ

――夜中の鳩


鎌倉がどこにあるかは

鎌倉に向かう靴が知っている

鎌倉になにがあるかは

君の目と心に聞くがよい

――鎌倉に向かう靴


★30周年記念コンサート「あれからどのくらい」/友部正人★



■鎌倉芸術館 小ホール

全員に「友部正人30年詩集」がもらえたり、
谷川俊太郎さんがゲストとしてふらりとやってきたり。

トイピアノのカンカン鳴る音や、ビヨンビヨンする口琴の音とか、
やっぱり好きだなぁと思いつつ、終わってみたら5時間(予定は4時間)。

なのに退屈するどころか本当にすごくすごく良いライブで、
その良さはうまく書けないけども、友部さんの顔のかっこ良さは伝えやすい、
とか思って写真を貼ってみました。

2003年01月11日(土) 「旺文社文庫」刊行のことば/赤尾好夫
いかなる時代においても、書物は人間最大の喜びであり、最高の救いである。

若い日読んだ書物は、人間の生涯にわたって影響をあたえ、第二の天性となり、人格となるであろう。

かかる観点から旺文社は、若き世代のための出版社としての使命感にたって、

ここに旺文社文庫を刊行する。

内容は、洋の東西にわたり、時代の古今をつらぬき、文学、科学、伝記、随筆、思想、万般におよび、

いやいくも知識人たらんとする者が、生涯の教養の基盤として、

若い日一読すべき価値のあるものを可及的に多く刊行せんとするものである。

読むに価値あるものを、でき得るだけ楽しく、消化しやすく、読みやすく提供することは、

出版社の義務である。

出版道義を強く信奉せんとしているわが社は、この目的にひたむきに献身するものである。

あえてわが社の志を理解され支援あらんことを。


★「旺文社文庫」刊行のことば/赤尾好夫★



■これで全文。
なんだかすごすぎてちょっとかわいい。

2003年01月10日(金) 0号 no.03/松尾スズキ
神話的な普遍的な話をやりたいと思っていることには昔から変わりはないのですが、

それを表現する方法が人と違ったわけです。

僕は流行とかそういうことより隠そうとしても隠せない恥部みたいなほうに

普遍性があるんじゃないかと思ってきたので。

――03年の展望は?

『御破産』だけ。あとはホントにない。ロフトプラスワンとかでやっていきたい。


★0号 no.03/松尾スズキ★

2003年01月09日(木) 10th Anniversary performance/ベターポーヅ
我輩は毛皮である。名前はまだない。猫なんだか熊なんだかわからない。

しかし見ていると撫でたくなる。そういうモノにわたしはなりたい。


★10th Anniversary performance◇チラシより/ベターポーヅ★

2003年01月08日(水) 波のうねうね(忘却論)/内田百間
そんなに度々試験をすれば、答案を調べるのが大変だろうと案じる事はない。

答案はろくろく見やしない。

ぺらぺらぺらとひるがえして、においを嗅げば大体わかる。


★波のうねうね(忘却論)/内田百間★



■『忘却論』の章から。

2003年01月07日(火) 波のうねうね(クルの通い路)/内田百間
三人の内、誰が云い出したか、はっきりしないが、三人がみんな鈴の音を聞いていて、

誰も姿を見た者がないとすれば、それはクルに違いない。

クルが帰ってきたくなって、通り馴れた屏際の支那鉢の所まで来たのでしょう、と云う事になった。

一昨年の夏、私共の手元で病死した猫が、死に切れないで迷って来た、などと、そんな風にはだれも感じていない。

そうではなく、ただうちに帰りたくなったのだろう。

クルが帰りたくなったのは自然で、当たり前のことである。

私共としても、いまだにまだ、しょっちゅう、クルのことを思いだし、話し合っている。


クルがいればいいのに。クルがいれば、今頃はあっちの部屋から出て来て、ここに坐っている時分だね。

クルがいればこれをやるのに。


こちらがこんな風だから、クルだって帰って来たくなるだろう。

庭の隅の地の底で、姿はもうなくなっているに違いないが、一たび生を享けたものに、その跡が遺こらぬ筈はない。

玄関前の、屏際の支那鉢のあたりで、猫の小鈴の音がするのは、クルや、お前か。

お前の鈴の音だろう。


★波のうねうね/内田百間★



■『クルの通い路』という章から。

2003年01月06日(月) 波のうねうね(おからとシャムパン)/内田百間
友人の家におめでたがあって、その披露宴に招待された。

出たくもあり、また出なければ済まぬとも思う。

しかし、午餐なので、私はその席に間に合う様に支度する事は困難である。

困難と云うよりは全然見込みはない。

なぜと云うに、皆さんが目出度く集まって来るその時刻には、年来の習慣で私はまだ寝ている。

時には起きるのが遅くなる日もあると云うのだったら、そう云う特別の場合は奮発してもいいが、

そうでなく堂々と平安に寝ているので、決して惰眠をむさぼっているのではなく、

つい寝過ごしているわけでもない。

だからそれを無理に起きたり、起されたりすれば、気分が悪くなり、

面白くなくなり、お目出度い席へ出て、お目出度い顔なぞしていられない。


★波のうねうね/内田百間★



■ずっと行きたかった「十二月文庫」で買いました。
『おからでシャムパン』という章から。

2003年01月05日(日) 青の歌/アジアンカンフージェネレイション
僕らを満たすより、君へと届くように


★青の歌/アジアンカンフージェネレイション★

2003年01月04日(土) YOKOO’sVision(1月1日)/横尾忠則
新年おめでとうございます。

今年は自分をガラッと変える年にしましょう。

去年の自分と違うぞ、という意識を世の中に反影させましょう。

「あれ、去年のお前と違うじゃん」と相手に思わせましょう。

その為には想っている事をどんどん実践していくことじゃないかな。

実践しないと感性などいつまで待っても身に付かないものです。

先ず肉体的行動を起こす事。それが感性を生むわけだから。

本や映画やテレビだけでは感性などは磨かれませんよ。


★YOKOO’sVision(1月1日)/横尾忠則★

2003年01月03日(金) 新春!座長祭り/千葉雅子
●お詫び●

今回、出演を予定していた菅原永二は出演いたしておりません。

「正月は家族と過ごす」という風習を持つ菅原永二を説得できませんでした。

すみません。




★新春!座長祭り◇配布物より/千葉雅子★



■下北沢 ザ・スズナリ

2003年01月02日(木) 日日雑記/武田百合子
K駅のガード下をずっと行ったところに、アカデミ劇場という看板のポルノ映画館があって、

老人の日の前後にその前を通ったら、半紙に墨書きの貼紙があった。

『老人福祉習慣。証明書をお見せ下さい。半額』

この簡潔明瞭で温かい言葉。その貼紙を思い出す。

まあお客が少ないから、こんなことをしているのかもしれないけれど。

いいでしょ、この貼紙見て喜んで楽しみにして半額で入りにくる老人がいるのだから。

辛うじて残っているポルノ映画館、ゆらゆらと老人が自転車を漕いで一人でやってきて、

自転車をたけかけ、汚れた厚ぼったい黒いカーテンをまくって吸い込まれて行く。

三本立である。三本立いくらなのだろう。

本当のところ、どういう気持ちでやっているのかはわからないが、

老人を半額にしているのは、えらい。

証明書をお見せ下さい――、六十五歳以上が半額なのかしら。

ただ年をとっているように見えたからといって入れてはくれないのだ。

この厳格さ、年寄りだからといって矢鱈甘えさせないのも、えらい。


★日日雑記/武田百合子★

2003年01月01日(水) 日日雑記/武田百合子
食堂は満席。

しばらく待つ間、陳列棚に並べてある模食(蝋細工の見本料理)――

『五目セット』(五目御飯+清し汁+ところ天+アイスクリーム)、

『いなりきしめんセット』(きしめん+清まし汁+いなりずし二個+コーヒー)、

『おでんきしめんセット』(きしめん+おでん+三食団子+蜜豆)などなど、

さまざまな組合せで十種類ばかり――を、つくづくと眺めていたら

(なかでも鳥肌立つように煮くたれたおでんの大根は実によく出来ていた)、

突然、あの世って淋しいところなんだろうな。

あの世にはこういう賑やかさはないだろうな。

こういうものがごたごたとあるところで、もうしばらくは生きていたい!!

という気持ちが、お湯のようにこみ上げてきた。


やっと二つ席があいて腰かけると、Hはあたりを見まわして、

「わたし、どうしたんだろう。むらむらっとお正月気分が湧き上がってきた」と言った。

私は模食を眺めていたときの、いましがたの気持ちを話した。

「それこそがお正月気分というもんですね。お正月にぴったりですね」

とHは真面目な顔をして深く肯いた。


★日日雑記/武田百合子★

マリ |MAIL






















My追加